サイド非リア充:ぼっちはすぐに勘違いしそうになる

 おい、これはどういう状況だ……?


「ふぅ、なんとか座れたね」


 僕の隣人がそんなことを言ってくるけど、正直僕はそれどころじゃない。

 僕は放課後、駅のホームで学校のマドンナ、菊池きくち優子ゆうこさんとばったり出くわし、何故か彼女と世間話をすることになった。

 まあ、そこまでは百歩譲ってまだいいとしよう。問題はその後だ。

 駅に電車が到着し、僕はその電車に乗車したわけだが……。


 なんで、菊池さんが当たり前のように隣に座ってるんだぁああああああああああ!?


 おかげで僕の心臓はバクバクとさっきから鳴りやまないし、菊池さんからすごくいい匂いするし。全く落ち着かない。

 今は時間帯的には帰宅ラッシュとずれており、空席自体は割とあるんだけど……。だからこそ、菊池さんと僕がわざわざ隣り合わせで座る意味がわからない。

 菊池さんは僕と話していて楽しいのか?


「なんか、汗かいてきちゃった」


 菊池さんはそう言って、着用していたブレザーを脱いだ。そして、ブレザーの下に着ていたブラウスの襟元をパタパタとしている。

 僕はその一連の流れをなんとなく見てはいけないような気がして、目を逸らした。


「それじゃあ和泉いずみ君、さっきの話の続きしよっか?」


 なんでかよくわからないけど、菊池さんは僕との距離を詰めてくる。いや、あんた暑いんじゃなかったのかよ。僕に近づいたら余計暑いだろ。


「その、だから、僕に恋バナなんてものはないから……」

「へぇ、本当に? 片想いすらしたことないの?」


 その言葉に、僕はドキリとする。

 僕は今、絶賛片想い中だ。しかも、好きな人は今目の前にいる菊池さん。

 い、言えるわけねぇ……。


「あ、あるわけないよ! 片想いなんて!」


 うわ、しまった。少し動揺してしまった。これじゃあまるで片想いしてるみたいじゃないか! まあ、片想いしてるんだけど……。


「あれぇ? 今少し動揺してたような?」

「し、してないよ!」

「ほらほらぁ、素直になりなよ」


 菊池さんが肘で僕を小突いてくる。くそ、可愛いな。


「なんか僕ばっかり質問されてるけど、その、菊池さんは? 片想いとかしてるの?」


 これで片想いしてると言われたら、僕はどうするんだろう。

 この恋を諦めるのかな? 元々叶うはずもない恋なんだから、きっと、諦めるんだろうな……。


「あぁ、私はねぇ……」


 菊池さんは、少し曇った表情を見せた。


「残念ながら、してないんだ。片想い」

「そうなんだ……」


 良かったのかな? これは、僕にとって、良かったのかな?


「だから、私にそういう話がないぶん、和泉君からそういう話をたくさん聞きたいなぁ」

「いや、そう言われても、ホントに僕もないから……」


 菊池さんは「う~ん」と少し悩むような素振りを見せ、それから、何かを閃いたような顔をして、


「じゃあさ、クラスで一番可愛い女の子、教えてよ」


 無邪気な笑顔でそう訊いてくる菊池さん。あぁ、その笑顔が、世界一可愛いと僕は思う。


「え……。う~ん」

「いないの? さすがにいるよね?」


 僕が今考えているのは、正直に言うか、嘘を吐くかどうかだ。

 別に、菊池さんが一番可愛いといったところで、それがイコール好きになるってわけじゃないだろうしな。多分、大丈夫。言おう。菊池さんが一番可愛いって。

 言うんだ、僕。そのくらいは、できないとダメだ。


「僕が、クラスで一番可愛いと思うのは……」

「うんうん」


 菊池さんがすごく前のめりになって興味津々な様子だ。


「き……」

「きぃ?」

「き……」


 言え! 言うんだ! ここで言わなきゃ、きっと、僕は一生後悔する!


「き、き、き……」


 残りの二文字が、中々出てこない。


「き……って、もしかして、私?」


 菊池さんは、自分の事を指差しながら、随分とあっさり、そう言った。

 僕は反射的に頷いた。同時に、頬が赤くなるのを感じた。


「へぇ、そうなんだ?」


 悪戯っぽく、彼女は笑う。


「う、うん。これは、その、お世辞とかではなくて! ホントのことで……。その、うん。マジだから……」

「そんなに念押ししなくてもちゃんと信じてるよ。すごい嬉しい。正直に言ってくれてありがとう」


 菊池さんは満面の笑みで、そう言った。


「私も、和泉君のそういうところ、すごくかっこいいと思うよ」

「え……、はい……」


 僕はもう恥ずかしさとか照れとかで、信じられないくらい顔が熱い。


「ねぇ、和泉君。君はどこの駅で降りるの?」


 僕が心を落ち着かせるために深呼吸をしていると、菊池さんがそう訊いてきた。

 僕は自分がいつも降りている駅の名前を答える。

 すると、菊池さんは驚いたような顔をして、


「すごい、私もその駅で降りるの! 私たち、案外近所なのかもね?」

「え、ホントに?」

「ホントホント!」


 なんかこれ、すっごい運命っぽくない? やはり僕の運命の相手は菊池さんなのでは……。はい、すみません。調子乗りました。


「そうだ、ねぇねぇ、まだ外暗くないし、和泉君の家まで行っていい?」

「えぇ!? 僕はいいけど、菊池さんが男子の家に行くっていうのはまずいんじゃ? 変な噂とかになっても困るだろうし……」

「大丈夫、大丈夫。私はむしろ和泉君がどんな家に住んでるのか興味あるし、和泉君となら、例え噂になっても平気だよ?」


 え、それってどういう……? いや、まさかな……。勘違いするな、僕。


「それに和泉君、今日スマホ忘れてライン交換できなかったでしょ? ついでに交換したいなぁって。図々しいかな?」

「いやいや全然!! 図々しくなんかないよ! むしろ、嬉しいかもしれない……」

「そう、良かった! 実はちょっとだけ不安だったの。あんまり話したこともない男の子の家に、急にお邪魔したいだなんて、引かれないかなって」


 正直、困惑は隠しきれない。女の子が僕の家に……? そんなラノベみたいな現実感のない展開、僕の人生にあっていいのだろうか? なんか今日一日、色々と起こり過ぎじゃない? イベント詰め込み過ぎじゃない?

 これ、マジでドッキリとかじゃないよな? 本気で不安になってきたぞ……。

 すごく楽しそうな菊池さんを見て、もしかして本当に、僕と彼女は両想いなんじゃないかって、そんな身の程知らずな妄想ばかりが弾んでいた。

 そんなこと、あるわけないのに。それなのに、僕はいつだって、期待している。

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