サイドリア充:日常回があるとほっこりする

 俺はるみと別れ、生徒玄関へ向かって歩く。

 すると、こちらに歩いて向かってくるとある人を見て、俺は彼女に声をかけた。


「こんにちは、御手洗みたらいさん」


 御手洗さんは俺の声を聞いて、驚いたように目を見開いた。

 そして、ものすごく素敵な笑顔で俺に微笑み、


「こんにちは、二星にぼし君。今から帰りですか?」

「うん。そうなんだ。御手洗さんも?」

「はい。私も今から帰るところです」


 御手洗さんの手元を見ると、彼女は一冊の本を抱えていた。


「それ、図書室で借りたの?」

「はい。タイトルが気になって、少し読んでみたら、意外と面白くて……」

「へぇ、そうなんだ。それじゃあその本、読み終わったら貸してよ」

「いいですよ。二星君にも是非読んでもらいたいと思ってました」

「はは、そうなんだ」


 そういえば、御手洗さんと俺はクラスメートであるにも関わらず、俺と敬語で話している。でも、御手洗さんは誰に対してもそうだし、俺も特に違和感は感じていない。

 むしろ、御手洗さんとはこれでいいんだって確信できる。

 それは、彼女が放つ不思議なオーラが原因なんだろうか。


「そういえば二星君は、急がなくていいんですか?」

「急ぐって、何を?」


 俺が訊くと、御手洗さんは生徒玄関がある方向を指差して、


「先ほど、生徒玄関の前を通ったら、新島にいじまさんが誰かを待っている様子だったので、二星君かなと思ったのですが、違いましたか?」


 愛由あゆが俺のことを? 確か愛由には先に帰っていてくれとメールを送ったはずだし、俺を待っているはずはないと思うのだが……。


「今日の昼休みも、随分と仲が良い様子でしたので……。もしかして、お二人は付き合っているんですか?」

「いや、付き合ってはないよ。あいつはただの幼なじみだから」

「そうなんですか? 私はお似合いだと思ったのですが……」


 御手洗さんの質問内容に、俺は目新しさを感じる。


「珍しいね。御手洗さんがそんなこと聞くなんて。御手洗さんは恋愛とかに興味がないのかと思ってた」


 少し失礼かとも思ったが、どうしてもそれが気になってしまった。


「いえ、興味がないわけではないですよ? 読書をしていても、恋愛は必ずと言っていいほど物語に絡んできますし。ただ、私には縁がない話なので、あまりそういう話題を出さないだけです」

「そうなんだ。でも俺、御手洗さんはモテると思うけど」


 彼女の本を読んでいる姿はとても美しく、いつまでもその姿を眺めていたいと思えるし、彼女の透き通った肌は、多くの男子が魅了されることは間違いない。

 なにより俺は、彼女と話をしている、この時間が好きだった。

 彼女を中心に広がる優しく温かなこの空間が、雰囲気が、俺は好きだった。


「そんなことないですよ。私、男の子の友達は二星君くらいしかいないですし、化粧も、オシャレも、よくわからないですから」

「おそらく、飾り気のないその感じに、男子は惹かれると思うんだ」

「いえいえ、そんな……」

「案外、気づいてないだけかもよ?」


 俺がそう伝えると、御手洗さんは少し照れたように笑って、


「もしも本当にそうなら、素直に嬉しいです。でも私は、二星君の方がモテると思います」

「え、そうかな?」

「はい。だって私は、二星君のそういう、人のことを素直に褒められるところ、すごく素敵だと思いますし。二星君のそういうところに、惚れる女の子はいると思います」

「……ありがとう」

「いえ、私こそ、ありがとうございます」


 なんだが、御手洗さんに褒められると、すごく嬉しかった。


 そして俺と御手洗さんは別れて、俺は生徒玄関で内履きから上履きへと履き替える。


「もう! 遅いよたく


 御手洗さんが言った通り、愛由が俺の事を待っていた。


「お前、メール見てないのか? 先に帰ってていいって送っただろ」

「見たよ? でも、なんとなく拓のことが心配だったから、ここで待ってた」

「お前は俺の母親かよ……」

「か、勘違いしないでよね!? 別に拓と一緒に帰りたかったからとかじゃないんだからね!?」

「なんだそのわかりやすいツンデレは……」


 愛由のその言葉を聞いて、俺は自然に笑みがこぼれた。


「ふっ。ったく、一緒に帰りたいなら素直にそう言えよ」


 そう言って、俺は夕日を背に、愛由の前を歩き出す。

 すると、愛由が俺のことを追いかけてきて、


「そ、そんなんじゃないから!」

「照れるなって。モテモテな俺を取られたくないんだろ?」

「ち、違うわよ! あんたのことなんかこれっぽちも好きじゃないんだから」

「へぇ、でも俺、結構モテるらしいぜ? 御手洗さんに言われたから間違いない」

「なっ!? そんなのお世辞に決まってるでしょ? なにマジになってるのよ!」


 待ってくれている相手がいるっていうのは、すごくいいものだなって、俺は唐突に、そんなことを思う。

 この素晴らしさを知っている俺は、幸せ者だと心底思う。

 だけど、幸せを感じれば感じるほどに、俺は過去のトラウマを思い出す。

 こんなトラウマは、早く消えてほしいと思うけど、でも、トラウマが消えてしまったら、俺はまた同じ過ちを繰り返してしまうと思うから。

 今の幸せも、過去のトラウマも、どちらも等しく大切にしたいと、俺は思った。

 


 

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