サイドリア充:後輩女子は想っている

 生徒会室を出ると、ドアの隣に、後輩のるみが待ち伏せをしていた。

 まさかさっきの美佳子みかこ先輩とのやり取り、聞かれたか?


拓哉たくや先輩……」


 彼女は小さく、俺の名前を呼んだ。


「どうして、お前がここにいるんだ?」


 言い方が少し冷たくなってしまった。


「私、生徒会の役員なので……。生徒会室の鍵が開いていたので、何か仕事をしているなら手伝おうと思って……」


 そうだったのか……。それは初めて知った。普段は真面目なるみのことだから、生徒会に入っていることに違和感はなかった。


「少し、場所を変えて話しませんか?」

「……わかった」


 愛由あゆには、遅くなりそうだから先に帰っていてくれと、メールを送った。

 そして、俺たちは人気の少ない場所にてきとうに移動すると、


「先輩……、ごめんなさい。さっきの、中森なかもり先輩との会話、聞いちゃいました……」

「あぁ、それはもう、仕方ないよ」

「それで、一つ質問なんですけど……」

「なんだ……?」


 るみは覚悟を決めた様子で、俺に言った。


「先輩の好きな人って、誰ですか?」

「………………」


 咄嗟に言葉は出てこなかった。そうか、るみにとって、そこは重要なのか。


「私……ではなさそうですよね……。こんな、男遊びの激しい女、先輩は好きになってくれないですよね……」


 本当に……、本当にるみは、俺のことが本気で好きなのか? 男遊びの激しいるみが、俺のためにあっさりと男遊びをやめ、本気で俺のことを好きだっていうのか?

 なんだよそれ。そんな真面目な顔、るみがするなよ。お前にそれは似合わないっての……。


「先輩! 教えてください! 私、先輩の好みに近づけるように頑張りますから!」

「るみ、一つ教えてくれよ……」

「はい……」

「まだ出会って間もない俺の、どこを好きになったんだ?」


 今はまだ五月。高校一年生のるみはこの高校に入学したばかりで、俺と出会って間もない。それだっていうのに、なんで、俺のことをそんなにも好きになれるのか……。


「そっか……。そりゃ、覚えてないですよね……」

「え……?」


 俺が何かを言う前に、るみは俺の唇を、彼女の人差し指で押さえた。

 そして、俺の唇に触れさせたその人差し指を、自分の唇に持っていく。


「これくらいの間接キスなら、してもいいですよね?」

「え……」

「私は、先輩の! ちゃんと私を叱ってくれる、そんなところを、好きになったんですよ!」


 ちゃんと、叱る……? なんだよ、それ。そんな覚え、全然ないぞ?


「どんな男の人も、私が誘惑したらみんな私のことを好きになるのに、先輩はそうじゃなかった。だから、好きになったんです……」

「そんなの、周りがおかしいだけだ。お前を叱ってくれる人は、きっとこの世の中には俺以外にもたくさんいるだろ」

「でも、私の初めては、先輩だった。だから好きになった。それじゃあ、納得できませんか?」

「……いや、納得したよ」


 そうか。俺は、彼女の初めてになってしまったんだ。ならば、それなりの責任は、とらないといけないのかもしれない。


「先輩、好き! 超好きです。世界で一番好き! 好き! 好き! 好き‼」


 そう連呼する彼女に、どう責任を取ればいいのだろう。

 どうすれば、傷つけずに済むのだろう。


「先輩……。何か言ってよ……」


 もっとたくさん彼女のことを知り、たくさんの思い出があれば、あるいは……。俺は彼女を、好きになっていたのかもしれない。

 でも、彼女は俺の後輩で、俺は彼女に、るみに、それ以上の関係を見出すことはできない。


「なぁ……、るみ……」


 なら、この関係は終わらせよう。まだまだ関係の浅い俺たちの、この関係を、終わらせるんだ。


「はい、拓哉先輩……」

「俺と、友達になってくれ!」


 るみは驚いた顔をする。今更何を……、と思っているのかもしれない。


「先輩と後輩っていう、この関係を、終わらせるんだ。それで、友達になって、もっと楽しいことをしよう。映画を観に行ったり、買い物したり……。それで、俺たちは初めて、『愛』について語り合える土俵に立てると思うんだ。だから……」


 俺はるみに、右手を差し出して、握手を求める。


「俺と、友達になってくれ……」

「はい……」


 るみは俺の手を、右手で強く握った。


「じゃあ、これからは私、先輩のこと、拓哉君って呼びますね!」

「あぁ、そうしてくれ」

「それで、拓哉君ともっと仲良くなって、そしたらその時、改めて、ちゃんと私の想いを伝えます。その時は、拓哉君もちゃんと、返事をしてくださいね?」

「あぁ」


 俺は頷いた。これで、良かったのかな……。卑怯だって、言われないかな……。


「あ、それで、俺の好きな人のことだけど……」

「それは、やっぱり聞かないでおきます」

「え、どうして?」

「だって、最終的に拓哉君は私のことを好きになるんですから、今の拓哉君の好きな人なんて、関係ないでしょう?」

「………………」

「それから、私たちは友達なんですから、これからは敬語じゃなくていいですよね?」


 なんだかるみの事が可愛く見えてきて、俺は少しだけ言葉に詰まったが、


「ああ、もちろんだ!」


 そう自信を持って、るみに伝えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る