サイド非リア充:そして、歯車は動き出す

 学校のマドンナ、菊池きくち優子ゆうこさんと目が合った。


「ふふ。やっとこっち向いた」


 そんな言葉を優しく言われ、僕は即座に顔が真っ赤になる。

 ヤバい! やばいやばいやばい!! なんで!? どうして!? 菊池さんが僕のところに!?


「ねぇ、ペア組む人いないんでしょ?」


 彼女の目を見つめたまま、僕は頷く。


「私もいないんだ。一緒に組まない?」


 僕は周りを見渡した。

 菊池さんともあろう人にペアがいない? そんなことあるわけない。黙っていたって、誰かが寄ってきそうなものだが……。

 そ、そうか! これはドッキリだ!! 菊池さんは僕をからかう気なんだ!

 いや待てよ? だとしてもなんで僕? 僕にドッキリしたってなにも面白くないだろう。


「ダメ……?」


 菊池さんにそう訊かれ、僕は全力で首を横に振る。ダメなわけがない! 本当にペアを組めるならそれ以上の幸せはない!

 えぇい! もういいや。ドッキリでもなんでも、引っかかってやるさ! 束の間の幸せを、思いっ切り味わってやるさ!


「そっか。良かった」


 そして、菊池さんは教室全体を一瞥いちべつする。


「三人一組だから、後一人……。どうしようか?」


 菊池さんが僕の方を見てそう訊いてくる。


「えっと。えぇっと……」


 僕はもじもじと、どうしようかを考える。

 いっその事、二人でも……。なんて、菊池さんがかわいそうだな。


「君ら、二人?」


 その時、また誰かから声をかけられる。


「あっ……。二星にぼし君……」


 菊池さんが、驚いたような声を上げる。

 その先に見えたのは、二星にぼし拓哉たくや君の姿だった。


「俺も、組む相手いなくてさ……。いいかな?」


 菊池さんが僕に目配せをする。僕は無言で頷いた。


「うん、いいよ。よろしくね、二星君」

「あぁ、よろしく。菊池さん。それに……」


 二星君が僕の方に近寄ってきて、


和泉いずみも、よろしくな」


 二星君は僕に握手を求めてきた。

 僕は手を差し出そうとするけど、僕の手は震えておさまらない。

 二星君は震えている僕の手を、優しく掴み取る。


「よろしく」


 もう一度、彼はそう言った。

 はにかむ彼の顔は爽やかで、新島にいじまさんが惚れてしまうのもわかる気がした。


「……よろしく」


 僕も小さな声で、彼に伝えた。


「和泉君、私も!」

「え?」


 菊池さんがそう言って、握手を求めてきた。

 女の子と、……握手!?

 僕にとっては異次元過ぎる展開だった。

 女の子の手を握る機会なんて、僕のこれまでの人生で一回もなかった。

 女の子との初めての握手……。それも、相手は菊池さん。

 ただでさえ震えていた手が、さらに激しく震えだす。

 しかし、そんなことは気にしていない様子で、菊池さんは綺麗な両手で僕の右手を優しく包み込んだ。


「よろしくね」


 僕のためだけに向けられたその笑顔を見て、僕の心臓はバクバクと激しく脈を打ち出した。


「よぉし、一通りペアは決まったな。では、これから黒板に今日みんなで話し合ってもらうテーマを書き出すぞ~」


 先生がみんなに向けてそう言うのが聞こえた。

 菊池さんとの握手も程々に、僕たち三人は近くの席に座り、先生の指示を待った。

 僕は静かに右手を見つめる。

 二星君と菊池さんが触れた僕の手は、不思議といつもより輝いてみえる。

 まだ、心臓の音は鳴り止まない。

 どうして……。僕みたいなやつが、こんなにも……。


 ――幸せを、感じているのだろうか。 

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