サイド非リア充:ぼっちを落とすのはチョロインよりも簡単

「あれ、君一人?」

「は、はい」


 体操着の菊池きくち優子ゆうこさんが、僕しかいない保健室に入室してきた。


「ふ~ん。そうなんだ」


 彼女は何も気にしていない様子で、保健室に入って来る。

 そして、当たり前のように、僕の隣に腰かけた。

 彼女が座った瞬間、ふわりとした甘い匂いのことを、僕は一生忘れないだろう。


「君、さっきのけが、大丈夫なの?」

「あ、はい。さっきまで、先生がいたので、応急処置してもらいました」

「ねぇ」


 そこで、彼女は僕の目を覗き込んでくる。

 や、やめて。そんなに見られたら恥ずかしさで死んじゃう。ただでさえ体育の時間に超恥ずかしい姿見られてるだろうに。


「同級生なんだから、敬語やめようよ」

「え?」


 僕は困惑する。


「敬語、やめて」

「え、はい……。……うん」


 いいのか!? 僕みたいなやつが、菊池さんにタメでいいのか!?


「君、名前は?」

「……和泉いずみ典之のりゆき

「へぇ、かっこいい名前じゃん。私は菊池優子」


 知っている。……というか、この学校で知らない人はいないんじゃないかってレベル。


「和泉君、なんか顔赤いよ。大丈夫?」


 多分顔が赤いのは、この夢のような状況に緊張しているから。

 菊池さんは自分のおでこと僕のおでこをくっつける。


「う~ん。ちょっと熱い……ような。でも、大丈夫そうかな」


 その瞬間、僕の顔は真っ赤に発熱していたことだろう。なんだよこの夢みたいな状況。僕は明日死ぬのか?


「あ、和泉君」

「はい?」

「腕」


 彼女は僕の腕を指差した。見ると、そこには軽い擦り傷があった。


「あれ、いつできたのかな……」


 僕が今日の体育のことを思い出していると、


「私ばんそうこう持ってるから、貼ってあげる」

「え? え?」

「ほら、腕出して」


 僕が腕を出すと、彼女は自前のばんそうこうをピタリと貼り付けた。


「あ、ありがとう」


 もじもじと、僕はお礼を言った。


「体育の時に出来ちゃったのかもねー」


 そこまで言うと、菊池さんは何かを思い出したかのように「あっ!」と可愛らしく声を上げ、


「和泉君、体育の時間、かっこよかったよ」

「え? え? え?」


 僕は困惑の声を上げる。僕が、かっこよかった? アレのどこが?


「かっこよかったのは、二星にぼし君の間違いでしょ」

「あぁ、まぁ、二星君も優しいなぁとは思ったけど、和泉君もかっこよかったよ」

「え? どこが?」


 女の子に褒められるのが嬉しくて、だけど信じられなくて、何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。僕の悪い癖だ。


「えっとね。一生懸命ボール蹴ってたところかな?」

「いやいや、ボール蹴ってないし」

「結果的にはね。でも、頑張ってたじゃん」

「頑張ってた? いやいや、僕が頑張ったのはあの場面だけで、それも自分からじゃないし、結局失敗したし。他の人たちのほうがよっぽど頑張ってたし、かっこよかったよ」


 菊池さんは苦笑いを浮かべ、


「もう、卑屈だなぁ。こういう時は、素直に褒められとけばいいんだよ」

「いや、いやいやいや、なんていうか、僕が言うのもなんだけど、そういう、『不良がたまにまともなことしたら一気に過大評価される』みたいなのって正直ムカつくし、自分がそれになりたくないって思う」

「ふふっ。それは面白い考えだね。自分が得する立場になるのが嫌なの?」


 笑った! 菊池さんが笑った!! めちゃくちゃ可愛いしなんかすげぇ!!


「いや、自分が得できるならそれは大歓迎だけど」

「ははは。そうなんだ。でも、じゃあなんでさっきのは嫌なの?」

「それは……、わからない。……でも、なんか、ヤダ」

「へぇ、そうなんだ。真面目だねぇ」

「いやいや全然!」

「真面目だよ、君は」


 真面目、か。でも、確かにそうなのかもしれない。というか、僕から真面目というのを取ったら、もう何も残らない気がする。


「なんか、和泉君がこんなに喋ってるの、初めて見たかも」

「………………」


 そして彼女は立ち上がり、軽く伸びをする。その時に僕が彼女の胸に視線をやってしまったことは、どうか許してほしい。


「それじゃ、いい暇つぶしになったし、戻ろうかな」

「え、保健室に用があったんじゃ?」

「用っていうか、私貧血だから、少し休みに来たの。でも、和泉君と話してたら、良くなってきた」

「そういうものなの……かな」

「うん。そうだよ」


 そして彼女は、僕に手を振りながら、


「また話せるの楽しみにしてる。じゃあね!」


 そう、たったこれだけ。

 きっと彼女にとっては、記憶にも残らないような些細な出来事。

 時間にすれば、きっと五分も話してない。

 だけど、そんな些細なことで、僕は彼女に、惚れてしまった。

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