サイド非リア充:リア充はぼっちにも優しい

 高校一年生の頃、とある体育の授業の時間。

 その日はサッカーをしていた。

 コートの隅でボールが回ってこないことを祈っていたら、僕みたいなやつにパスが回ってきてしまった。


「あ……」


 僕はなんとかそのパスを受け取り、困惑していると、


「シュートしていいぞ!」


 僕にパスをくれた張本人、二星にぼし拓哉たくや君が、遠くでそう叫んでいる。

 わかってない。わかってないよ。二星君は。

 こういう体育の時間、隅で時間が過ぎるのを待ってるだけのやつは、放っておけばいいんだよ。本人だってそれを望んでる。

 僕みたいなやつは、目立ちたくないんだよ。

 そう思いながらも、少し、二星君がパスを回してくれたことに嬉しくなっている自分もいた。

 僕はチームメートに迷惑をかけないように、慎重に足に力を込めて、ボール目掛けて足を振り下ろす。


「あれ?」


 結果は空振り。足は空を切り、勢い余って、僕は盛大にズッコケた。

 周りから上がる笑い声。別コートで試合をしている女子からも注目を集め、誰かが「だっさ」と呟いたのが聞こえた。

 僕は顔を真っ赤にして俯くことしかできない。

 今ので足をくじいて、まともに立つこともできない。


「すまん。大丈夫か!?」


 すぐに駆け寄ってきてくれたのは二星君。僕が立てるように手を差し出してくれている。

 チッ、露骨な好感度稼ぎかよ。と思ってしまう僕は心底性格が悪いと思う。

 相手の親切を素直に受け取れない自分が嫌いだ。


「ありがとう」


 僕は彼の手を取る。


「うわ、すっげぇ血ぃ出てるな。せんせーい! 俺、和泉を保健室連れてきます!」


 彼は先生にそう伝え、僕に肩を貸す。

 僕の名前、覚えてるんだ……。そんな些細なことで少し嬉しくなってしまう。

 僕は彼に肩を預け、足を引きずりながらもゆっくりと歩く。

 周りに誰もいなくなった辺りで、二星君は僕に切り出す。


「すまん。ああいうの、良くなかったか?」

「え? どうして?」

「いや、和泉みたいなタイプの人間は、あんまり目立ちたくないのかなって」

「えっと……」


 僕がどう答えるか考えあぐねていると、


「なんかいっつもつまらなそうに授業受けてるからさ。シュート決まれば楽しくなるかなって思って、良かれと思ってパスしたんだけど、迷惑だったか? 結果的に大恥かかせちゃったわけだし」


 今僕に優しくしても、二星君の好感度は上がらないのに、どうしてそんなにも優しくするんだろう。

 友達がたくさんいて、二星君の親切を広めてくれるような人なら、こういう優しさにもメリットはあるのかもしれない。

 でも、相手は僕だ。そんなメリットは存在しない。

 見返りを求めない優しさなんて、あるわけない。


「ううん。全然大丈夫。それより、二星君はいいの?」

「何が?」

「僕なんかに優しくして、逆に好感度下がるんじゃない?」

「は? なんの話だ?」


 まさか、本当に、見返りを求めていないのか? ありえない。絶対に何か、裏がある。


「お、保健室着いたな」


 二星君はそう言うと、保健室のドアをがらりと開ける。


「あ、先生! すみません、こいつ、ちょっと足にけがしちゃって。診てもらっていいですか?」

「あら、二星君じゃない。了解。先生に任せなさい」

「お願いします」


 二星君が一通り先生との会話を終えると、彼はこちらに振り向き、


「それじゃ、俺は授業戻るわ! 一応授業終わったら様子見に来るから、お大事にな!」


 その言葉を最後に、彼は走って去って行った。

 その後ろ姿が、妙にかっこよかったことを、今でもよく覚えている。


「大丈夫。歩ける?」


 保健室の先生が僕に近寄ってきて、そう訊いてくる。

 白衣を着た先生は妙にエロくて、なんかすっげーいい匂いもする。年齢はまだ二十代くらいで若そうに見える。

 つーか、なんでこの先生、こんな胸元の緩い服着てるの? 胸でかいし、谷間丸見えだし、ちょっとかがんだら見えちゃいけないとこまで見えちゃいそうだ。


「は、はい。大丈夫でふ」


 噛んだ。だっせぇ。

 僕はなんとか、保健室内のベッドに腰かける。


「えっと、君。クラスと名前は?」

「一年D組の和泉いずみ典之のりゆきです」


 そういえば、二星君はこの先生と顔見知りだったな。

 二星君ぐらいの人になれば、この人とやることやっちゃってるんだろうか。

 なんて、いけない妄想が頭の中で展開されていく。

 まあ、さすがにそんなわけないよね。

 僕が妄想をしているうちに、先生は一通り手当てを終わらせていた。


「とりあえず応急処置だけど、多分これで今日は大丈夫だと思う。今度ちゃんと病院行って、改めて診てもらってね?」

「はい、わかりました」

「とりあえず、今の授業が終わるまではここで安静にしてて。次の授業からは参加していいわよ」

「はい、ありがとうございます」

「それで、ごめん。先生今からちょっと出なくちゃいけなくて、一人にさせちゃうけど、大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「そっか。一応、近くに職員室あるから、何かあったら職員室の先生に言ってね。それじゃあ」

「はい」


 そのまま先生は保健室から出て行って、僕は保健室に一人、取り残された。

 五分ほど、窓の外の景色を眺めてボーっとしていると、


「失礼します」


 ドアが開く音と、聞き覚えのある女生徒の声に、僕は振り返った。

 見ると、そこにいたのは、学校のマドンナ的存在、菊池きくち優子ゆうこさんだった。

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