夕日と唄う君

@shizu_s

第1話 唐突に

やや白がかかっているスカイブルーの空。不自然に横に伸びた雲。そしてそれらを照らす夏の夕日。


俺は夕日が好きだ。夕日を見ていると無性に何かを叫びたくなる。心の中にある、何かを。


夕日に照らされオレンジ色になっている雲。勿論照らされる雲もあれば影になっている場所もある。この世界の光と影をそのまま写したような夕日は見ていると切なく、虚しくなってくる。


その切なさを、虚しさを埋めようと、俺の心は叫ぼうとする。己の中にある、その愛を。



俺は成瀬京。鎌倉のとある町に住んでいる高校生だ。町と言えるほどでもない。村、と言ったほうが良いだろうか。


高校には今年入学したばかりで、最近になってようやく慣れてきたところだ。とはいえ中学校の頃からさほどメンバーは変わっていないので慣れることと言えば教師と学校行事や雰囲気、中学校の頃からガラッと変わった生活リズムくらいなのだが…。


高校生にもなれば本格的に色恋に興味も出てくるものだ。俺は中学生の頃に写真を撮ることにハマっていて色恋とは無縁だったのだ。高校生になったからには彼女の一人くらいは作りたい、と思っているが無理なんじゃないかとも思っている。


「キーンコーンカーンコーン

皆さん、総下校の時間です。速やかに部活動をやめ、帰宅してください。」


気付けば今日という1日も終わっている。

こうして毎日何もなく無駄に過ごす日々をただなんとなく過ごすだけの俺に、彼女ができる事なんて無いのだ。


ちなみにうちの学校は総下校は比較的早いほうで、5時半には学校はもう終わっているのだ。


「成瀬、一緒に帰ろうぜ。」


いつも俺に一緒に帰ろう、と誘ってくるのは親友のだ。

昔からいつも一緒に帰っているのだが、写真の趣味だけは共有できず俺が写真を撮るときだけは一緒に帰っていなかった。


高校に入ってからは写真の趣味もあまりなくなっていて、4月から8月上旬までで1度しか写真を撮りに行っていない。しかも撮ったのも割と普通な桜の写真だ。


「ああ、すまん。今日はちょっと用事があって…。」

「ん?どうしたんだ?用事って。」

「ああ、久しぶりに夕日でも見に行こうかと、ね。」


今日はなんだか夕日が見たくて、からの誘いは断わる事にした。


いつも太陽は俺たち人類を平等に照らしてくれる。


それは勿論物理的な意味もあるのだが心も照らしてくれるのではないか、と俺は思っている。悲しい時だって、悩んだ時だっていつも見守ってくれているのは太陽なのだ。


『彼は誰時』『黄昏時』


こういう言い回しがされる夕暮れ時には、先人達の多くの知恵と、また感謝の気持ちが籠もっているのではないか、と思うのだ。


3方向山に囲まれ、そしてもう一方は海である鎌倉の中でも俺の住んでいる村は山近くに位置している。


自然豊かで住宅街もかなり古くからあるらしい。その証拠に地図で見ると道がグネグネなのだ。


高校を出ると大通りが目の前にある。大通りを一本向こう側に行くと農道がある。そして農道を抜けた先には山がある。

山を少し登ると標高の真ん中あたりの地帯には展望台がある。俺の絶景スポットだ。


高校を出て大通りを走り、農道を走り、10分くらい走ったらそこにはつける。


俺は「はぁはぁ」と吐息を切らしながらも展望台で夕日を見るのだ。


最近は猛暑が続いている。この猛暑の原因は太陽だ。


しかし俺達人間に活力を与えてくれるのも太陽だ。


俺達から力を奪い、そして与える存在。なんだか神みたいだよな。



あれから30分は経っただろうか。日が山に沈もうとしていて、もう暗くなり始めている頃だった。このタイミングが1番綺麗なのだ。もう少しすれば月も出てくる。


俺は月にはあまり興味がないので今日は帰ることにした。とはいえ急いでいるわけではない。別にうちには門限がないしな。


というよりそもそも家族がいないのだ。俺の母親はシングルマザーだったのだが、2年前、自殺した。


その時の俺はどんな気持ちだったのだろう?


母親がいきなりいなくなって、パニックで、そこに気持ちなんてなくて。ようやくすべてを受け入れられた時に悲しくなってくる。


だから、死なないでほしかったんだ。まともに話すことが少なかったって、心の中では思ってるんだから。そういう気持ちに気付いてほしかった。でも今更、言ったって無駄なんだ。


夕日は、そういう気持ちを思い出させてくれる。『気持ち』の大切さを。


帰り道、偶然だが同級生に出会った。


名は雪水楓。恥ずかしながら俺の恋をしている人、俺の好きな人だ。丸くて大きい目、綺麗に整った鼻、淡いピンクの唇、丁寧に結ばれたツインテール。『少女』を思わせるその顔は学校一の美少女と言われるだけのことはある。合唱部に入っていて歌も上手い。体育の授業ではあの小さな体からは想像できない運動神経を見せ、勉強面でも実は一桁なのでは、という噂も。そんな完璧な彼女に俺は、恋をしてしまった。


彼女は農道に立ち止まり夕日を見ていた。それだけなら良かった。後ろからトラクターが来ている事に気づかない程に集中してみていた。


そして後ろから来るトラクターの運転手も気付かず、そのまま引くところだっただろう。


何故俺はこの時、その場へ飛び込み彼女を助けたのか、そのきっかけは分からない。考えるよりも先に行動に出るとはこういうことを言うのだろう。


無意識下で人が死ぬのをもう見たくなかったのかもしれない。


もしくはただただ彼女が好きで、救いたかったのかもしれない。


だがそんなことはどうでもいい。『助けた』という結果に変わりはないのだから。


俺は彼女にぶつかり、そのまま彼女を抱く形で、しかし俺が下になるように田んぼに飛び込んだ。幸い彼女は農道に座り、足湯状態になっていた。


俺はといえば泥水でびしょ濡れ。最悪の気分だ。


「おぉい、若いの。大丈夫さね?」

「あ、はい!大丈夫です。それより田んぼ、すいません。」


お前が絶対悪いだろ、ということを言いたいがそれは抑え、俺は純粋に田んぼを荒らしてしまったことに対して謝る。


「気にせんどいてええがさ。」


そう言ってトラクターの運転手(かなりのおじいちゃん)は先へ向かていった。


「楓、さん。大丈夫だった?」

「君、成瀬君だよね。助けてくれてありがとう。そんなびしょ濡れじゃ帰れないよね。良ければシャワーでも浴びてく?」


そういって彼女、雪水楓は俺に手を差し出す。


出会いのきっかけはいつも、唐突にやってくるのだ。

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