第三章 白と黒と赤

何でこんな事になってるんだ!?

疑問を投げかけた音は青空と雲のある空間に響いた。この世界は雲と空だけで作られた国だ。人間はこの世界を天国という。けれども天国というには随分と非情な国である。例えば下級天使の奴隷的扱いだ。まあ、そんなことはどうでもいいんだ。僕の問題は愛しの姫を愛した人間が彼女の悪夢を冷ましてしまったことだ。僕は知っていた、天使などの穢れのない存在と会うと罪深い魔界の者達は悪夢を見ることを。それは簡単には覚ませられない。でも彼は覚めさせてしまった。その愛で優しさで、僕のような無理やりのやり方でなく。大体、人間が魔法も使わず悪夢を冷ますなんて思っていなかった。なんと言うことだ!?……僕よりもあいつの方が彼女を愛していたというのか。

うらやましい、うらやましい、うらやましい!!!!


どこに行ったのだろうか?あの人の姿が見当たらない。どこを走っても探しても見つけられない。魔女も、魔法も、食べ物も、服も、建物も全てあるのにその人だけなくてまるで穴が開いたみたいだ。……原因はおそらくミカルスだ。あいつは天使のくせに嫉妬深く、執着心が強い。神がやつを野放しにしているのは忠誠心が強いからだ。そんなあいつならそういうこともしうると思った。

私は急ぎ皇帝のサファリスに天界に行かせてほしいと懇願した。

「……良かろう。あまり無茶をするでないぞ、自分の立場を自覚し冷静に行ってこい」

「ありがとうございます!……行ってきます」

不思議と反対派されなかった。きっと私を信じてくれたのだろう。絶対に取り返して見せる。


天界の腹の立つ雲上の世界を箒に跨って割いていく。光り輝く雲上の神殿に滑り込むと大きな女神がこちらを見下ろしていた。本来なら下等な天使達が私に群がるのだろうが、この女神がそれを抑えている。なぜならこの私を怒らせておいて無事に済むわけがないと女神が確信しているからだ。二百年前の出来事を知る女神だからな。私は女神を見上げてこう話す。

「神の望まれたことを天使が反抗するなんてなんと罪深いのでしょうね?女神さん」

「……貴女と話すことはありません。即刻立ち去りなさい」

ぶっきら棒に言い放った。

「いいじゃない、少しくらい。私の怒りを鎮めるよう話してもさ」

「我が国の天使がそのようなことをするはずがありません、言いがかりも止しなさい、下等な魔女よ」

ガンッガラガラ…

建物が崩れる音がした。気が付くと私は無意識に手を伸ばして破壊の魔術を唱えていたのだ。

「下手なこと言わないほうがいいわよ。今の私ならこの天界ごと、破壊できるわ」

静かに燃える炎をジリジリと女神に当てる。暖まった女神はほのかに顔を怒りに染めてこちらを睨みつける。

「ま、いいわ。自分で探すもの、この神殿が破壊し尽くされる前に翔太がどこにいるのか教えてくれたら、すぐに帰ってあげるよ」

私は神殿の中を走り出した。この神殿は久しぶりにくるが、構造は覚えてる。カツカツカツと言う靴音が短い間隔で床を叩いて響かせていく。多分、あの男の性分からすると、どこかに閉じ込めていると思う。彼を誘い出して聴きだすのもいいけど、ここは天界。彼の住処だ。下手に戦えばこちらが不利になる。なんとか自力で探すほうがいいだろう。


……翔太、……どこにいるのよ。


はっ!と目を覚ますと目の前は真っ白だ。右も左も白い。パニックになった俺は頭まで真っ白になって白い中を見渡した。

「どこだここは!?」

何もない白の空間に俺の声がつけられて染まった。

「やーっと起きたかい?バカな人間くん」

「誰だ!?」

「僕はミカエル。ロアイトを愛する者だよ、君が眠っている間、君をここに連れてきたんだ。今ロアイトは君を探すために国中を探しているよ。羨ましいね……」

パシリ……と壁が崩れる音がした。

「羨ましいよ……君が。あんなに好かれてるなんて。あの子は人間が嫌いなはずなのに」

「え……嫌い?」

「知らなかったのかい?初めて君が魔界に来た時、ロアイトだけ異常に君を怖がっていなかったかい?あれは君を恐れていたからだよ。そんなことも知らない奴が彼女のそばでのうのうと生きているなんて……!あの子の気持ちを……過去を知りもしないくせに!」

過去……。確かに俺はあいつのことを何も知らない。この間、彼女の真実の顔を垣間見た。あの傷跡、明らかに何かあったんだ。あいつはこの国のことや国民の話をよくしてくれたけど、自分のことは……歳が下ってことくらいしか教えてくれなかった。だから、あの惨状にあんなに驚いたんだ。

「教えてくれ!……あいつの過去を。俺は……あいつを知りたい、愛したいんだ!」

「……!……じゃああの子がここに来るまでに教えてあげるよ、あの子の罪を。君のその気持ちが変わらないことを祈りながらね」


そもそも君達人間はかつて運命神によって全員分の運命が決まっていたんだ。それをいつしか面倒に感じた神は運命を決めることをやめた。……でも、五百年前運命神が遊び半分で神と同等の力を持つロアイト(旧名はムーン・トゥアイセ)を生み出し、運命を司ることを選んだ。その理由は単なる暇つぶしだ。彼女は神の意志に沿って、人々から恐れられ、醜いと評された。でも、神の意志に反し、彼女は神を嫌うようになってしまった。この世界では神を嫌い、蔑むことは大罪なのさ、だから神はその娘が死んだら魔界_____悪者の行く死者の国に行くように仕込んだのさ。それからも度々神に逆らい、過ごしていた彼女はね二百年後に人間界に旅立ったのさ。帰ってきたときには身体中の傷を土産にして。それからロアイトは人間を嫌うようになった。恐れるようにもなった。聖なる者に会うと昔の夢を見るようになった。傷跡が治らなくなった。不幸の連鎖は神によって作られていると知って、怒りをあらわにした。その神の指示に従い、荒れた人間界を天使とともに開拓し、神を信じる世界に変えようとした。でも人間の愛や強さ、生き抜こうという欲望を見た彼女は神に抗い、神の怒りを買って神に天の槍をつきさせようとした。それを防いだ彼女は聖痕を深く残し、人間達を守りきった……それが彼女の過去の話さ。


「もちろん、これが彼女の全てじゃない、全てを話すには時間が足りないみたいだから、続きはロアイト本人から聞くといいよ」

俺は咄嗟に後ろを見た。すると、白い壁に穴を作って入ってきた血まみれのロアイトを見た。

「ロアイト……」

「こんなところにいたのね、探したわよ。……この神殿思ってたよりも複雑で探すのに苦労したわ。……ミカルス、どうしてこんなことをしたの?」

「もちろん、君を手に入れるためさ。……君は自分のことをよく知りもしない人間から愛を向けられるのは好きじゃないだろう?」

「……え?、それ……本当?」

「ごめん、君のこと詳しいわけでもないのに、あんな馴れ馴れしいことをして……」

「それじゃないわ!私に愛を向けてるって……本当?」

「……本当だよ」

その言葉を鼓膜から聞いた彼女はただ静かにゆっくりと雫をこぼした。ポタリ、ポタリとその美しい雫は白い床にこぼれていく。


「……人間に……、愛されるなんて……。思わなかった……な……」


涙をこらえようと鼻をすすったり、目をこすったりして、少しずつ彼女の顔は赤らんでいく。

「そっか。知らないのか……でも、その様子だとミカルスから聞いたんでしょう?おおよそは」

「まあ、概要みたいな感じでね、だけど僕は君の全てを知ってる。少なくとも生前の君を知っているのは君の父を除いて僕しかいない。……すべてを知っても受け入れた僕と君を虐げてきた人間の子孫、君はどちらが好きなんだい?」

「……」

俺はただ無言で立ち尽くす。この二人、たぶんだけど小説一冊では書ききれないほどのつながりと関係があるのだと思う。だって戦っていたはずの二人がこんなに踏み込んだ話をするとは考えにくいから。

「ミカルス……、いい加減こういった問答をやめましょう?もう何年も何百年も続けて」

「それは君が僕を愛してくれないから……」「違うでしょう?」

「貴方は自分が許せないだけですよ、生きてた頃父上の命令で私に暴力を振るい理不尽な暴言を吐いていたことをね」

「……違う」

「牢に入れられ、家畜同然に育てられた私と違って、正当なる王家の子息として育てられた自分が嫌いだったのでしょう?だって貴方は優しいもの。だから愛されようとした。自分の持つ強さと力で私を守ろうとした。それは人から愛されることが自分にとって最も大切で贖罪だと思っているからでしょう?」

「違う!」

「王族だった貴方はいつも他人から評価の目で見られてきたのでしょう。おまけに忌み子の兄ですもの、その重圧は尋常じゃなかったはずですよ。期待だって人一倍あびせられて、次第にそんなふうに考えるようになった。そして私を愛そうとして犠牲にしてきた天使たちを今も忘れられず苦しんでる。……それが今の貴方でしょう?ミカルス兄様」

「ちが……わないね。僕はずっと過去に縛られてきた。王族とか貴族なんて大概そんなもんだけど、過去に苦しむ君を救えば自分も救われると思っていたよ。……浅はかだった。君を虐げた人間が君を救い、その嫉妬におぼれて勝手なことをするなんて、許されるはずがないよ。僕の方こそ魔人になるべきだったんだ」

この人は、きっとすごく優しいのだろう。俺はそう思う。人に対する愛情、その大きさは彼が天使であることを容易に想像させてしまう。けれど、その優しさが自分を苦しめてる。なんだか、この二人はいろんな意味でかわいそうな人たちなんだな。...それに引き換え自分はどうだ。できることをさぼり、やるべきこともやらずにのうのうと生きて。同い年か年下の死人がこうして自分の過去と向き合おうとしているのに俺は彼らが進めない未来のことを見ようともしなかった。...無性に悔しくなる。

「...ロアイト」

「ん?」

「君たちの言うことは僕からすると現実味がわかないというか……実感が沸かないんだ。でも、他人のせいで苦しんでいるのは理解できたよ。……だからさ、俺ら《人間》がおまえら《魔女・天使》を好きでいようと思う。互いには何の利益にもならないかもしれないけど、そんなに苦しんでる二人を愛することで贖罪になるのなら、原因となった僕たちの子孫の贖罪になるのなら、俺はロアイトとミカルス、両方を愛するよ」

『……!』

「ふっ……さえない貴方にしてはいい案じゃない、翔太。なら私は天使と同じ贖罪方を取ることにするよ」

「君に贖罪なんて……」

「知ってると思うけど、私は人間を、天使をこの手で何人も殺してきた。神でさえも傷つけた。私の罪は本当に重いのよ。……でも愛するという、聖なる天使の贖罪方ならきっと許しをねだってもいいと思うの。だからその先駆けとして私を愛した貴方が自分自身を許さなきゃ」

「……そう……だね、ありがとう、翔太。ロ……ムーン」

「ミカルス兄様……」


「ふう……いろいろと解決したし、最後の仕上げと行きますか」

「仕上げ?」

俺が疑問の声を上げる。

「ええ、貴方は人間たちに私たちを愛するよう、促してもらう必要があるからねぇ」

「でも……俺なんかができるかな」

「できるさ、だって君の夢は小説家になることだろう?」

「なんで知ってるの?」

「見ればわかるさ、君のその光景に対する興味とペンだこでね。そのたこは勉強でついたものとは思えないし」

改めて驚いたなぁ。彼女の観察眼を。俺をこんなに見てくれていたのか。

「だから私たちのことを伝えてよ、人間界に。そうしたら私たちに対する偏見はなくなるはずだから」

「わかったよ」

「ま、そのためにはあいつに言ってやらなきゃいけないことがあるんでね」

「ロアイト、まさか神界に行くのかい?」

「当り前よ、この一見の腹いせを全部あいつにぶつけるんだから。さ、ミカルスお兄様。翔太君をお願いするわね」

「君は?」

「一足先に行ってるわ!」

そう言うとロアイトは口笛を鳴らしあの箒を呼び出した。其れに跨り天界の空を割いていった。それも目が追い付けないほどの速さで。

「あーあ、怒られても知らないからね。……翔太君、僕につかまってね。それと、色々とごめん」

そういうと彼はその大きな翼で俺を包むと一気に空に舞い上がり、天界の厚い雲を突き抜けた。


雲の上は何もなかった。空気すらあるかどうかわからないくらい、何もない。ミカルスは俺を下ろすと少し離れたロアイトの方を指さした。

「おーい!神!運命神!早く出てきなさい!」

「ロアイト、いくら君でも呼び捨ては良くないよ」

さっと近づいたミカルスが言う。

「何言ってんのよ?神のせいで私たちこんな目にあってるのよ、呼び捨てなんて生ぬるい」

「はあ……早く出てやってくださいな、運命神様、出ないとこの空間を破壊されますよ」

すると何もない空間から突如まばゆい光が現れた。その光は雲を割いてこちらに降り注ぐ。光の中から大きな人間が姿を現した。

「あれが神様?」

「そうよ、まあアレは話しやすいようにした仮の姿だけど」

[君が壊した私の体はまだ直らぬぞ、どうしてくれる]

「知ったことではないわ。今回の人間の来訪、あなたの所為でしょう?」

[ふん、いい罰になっただろう。私にこんな傷を残しおって]

そういうと神は自分の腕や胸についた傷跡を見せた。

「私に比べたら随分小さいけどね。まあそんなことはどうでもいいのよ」

[どうでも……!?]

ロアイトは懐から紙とペンを取り出した。そしてそこに何かを書いている。書き終わったのかそれを神に見せた。

「ねえ、神様。あなたの暴挙は決して許されるべきではないわ。下手をしたら私たちの世界や人間の世界が分裂する恐れのあった危険な行為を犯した。よって……今後、あなたの行動を天使ミカルスとヴァシレウス帝国皇帝ロアイトが監視することとする。証人はこの人間、田中翔太、貴方よ」

「え!?」

俺は驚いて声を出してしまった。俺の声は何もない空間に音をつけて消えていった。

「なんで!!!?」

「貴方が人間だからよ。天使でも魔女でも、神でもない中間の存在。……それに翔太はここまでのことを知っているからね。ちょうどいいと思ったのよ」

「そう……なの?」

「そう、異論はないわね。ミカルス兄様」

「良いんじゃないかい?」

〔おい、ミカルス!〕

「神様、これはあなたも悪いのですよ、この紙切れにあなたの印を記してくださいな」

〔それでも神に仕える天使か!〕

「いいではありませんか、妹のわがままを受け入れても。それにこの一件で貴方の問題点も浮き彫りになりましたし」

〔ぐぬぬ……好きにするがいい〕


 白い紙に黒いペンで書かれた契約書に赤い血の印が刻まれる。

「ロアイト・ヴィ・ヴァシレウス」

「ミカルス・リ・アンジュ」

「神の血を持って契約を誓う。我ら二種族、神の行いを制限し、人間に自由を与えることをここに誓う」

彼女はそう言い放った。俺は丸められた契約書を手渡された。

「これをお前に一つ預ける。一つは私の国に、もう一つは天界に。そうすれば契約は継続するわ。……翔太、感謝する」


神界から帰った俺は魔界ですぐに帰る支度を整えられた。俺はなすがまま人間界に帰ろうとしていた。別れの時、ロアイトは涙ぐんで最後にこう言った。

「生まれて初めて、人間……人を好きになったわ。貴方のおかげね、私は貴方に恩を返したいけれど時間がないわ。……だからこれをあげる。貴方の執筆に役立ててほしいの、これは私からのお願いでもあるわ」

彼女は俺を「またね」と言って送り出した。そう、俺は死んだらここに来るだろう。なぜならあの一件で神に嫌われたに違いないからだ。まあ、ロアイトたちがそれを許すかどうかは別として。

 いろんなことがあった、経験した。でも後悔はしていない。さようなら魔界、さようならロアイト。俺は絶対に小説家になって世界中の人間が君たちを愛するように導いてみせるよ。

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