第一章 陽が沈むころ

 木の葉が漂う。命を散らした葉っぱの一つが赤く染まった空に流れて風の鞭にあおられて小川にたどり着いた。小川はゆっくりと木の葉を押し流し、それは魔女が住まう居城に送られた。ロアイト・ヴィ・ヴァシレウスは東地区の中央に鎮座する宮殿で使用人たちと戯れていた。人々から愛される彼女はその愛情に対してそれ以上の愛情で呼応する。淹れた紅茶を飲みながら彼女たちは談笑していた……。


「ふふふ、殿下、リボンが緩んでますよ」

「あら、そんなに動いていないはずなんだけれど」

「ロアイト殿下は自分が思っていらっしゃる以上に動いていますよ」

「え、……本当に?」

「嘘です。私が朝結わいたときに少しゆるく結んでしまったのでしょう」

「……」

何か言いたげに執事を見つめる彼女。アメジストに輝く瞳がゆらゆらと動いていた。

「もう……、そういえば明日だったかしら。ドレスの新調」

「ええっと……、はい。そうですね」

「んー、面倒ね。服なんていつでも買えてしまうし、新調する必要があるのかしら」

「殿下、今回のドレスは戴冠式用のです。面倒でもさぼらないでくださいね」

「流石の私もそれはさぼらないよ……ん?」

何かを感じ取った彼女。辺りを見渡し、静かに平静を崩した。

「アルファード、ちょっとそこのバルコニー、開けてくれる?」

一気に開かれたバルコニーに飛び出した彼女は王都のほうを見た。そうしたらそこに人間の気配を感じた。

「黒川、今すぐ衛兵を王都の市場に向けなさい。あと、皇族も招集よ」

「はっ!」

執事は大きく足を動かし、部屋を出た。ロアイトは肩に紫色のマントを羽織り、長く輝く廊下を闊歩する。ロアイトは勢いよく東宮を出ると口笛を空に鳴らした。ピューイと空に奏でられた合図に茶色い箒は空を割いてここにやってきた。其れに跨り空を走る。空気がかわるがわる自分の頬を擦り、撫でて流れていく。その美しいさまは彼女が王都にある巨大な王宮についたときに終わってしまった。彼女は勢いよく箒から飛び降り、ザザッと足を大地に蹴った。そして大股で闊歩した。カツカツと靴のリズムを聞きながら、目の前の布幕を捲った。そうして自分用の椅子に座る。大振りに大げさに。

 そこから下を見下ろす。ロアイトは二つ右に座る皇帝、サファリスをみて軽くうなづいた。肘掛を強く握り、じっと震えを抑える。そうしてサファリスは正面を向いて杖を床に叩いた。衛兵は扉を重く開いて中にいた拘束された男をこちら側に引きずった。その男はこちらを見た。そこからここまで数段の階段があって、彼を完全に見下ろす形になる。ロアイトは肘掛け椅子のひじ掛けに手を置き、軽く握りこむ。その手の震えも滝のような汗も留まる様子を見せてくれない。

「汝よ、何者だ。何故ここに来た?」

低く体の奥まで響く声が冷たく男に問いかけた。しばらく黙りこんだ男は暫くの静寂を割いてぶっきら棒に言った。

「知らねぇよ」


 赤く空が染まって自分は学び舎を去った。また二日たったらここに来るが、とりあえずさようならを心の内で告げる。其れだけで心は解放される。俺は足を弾ませることもしないでただ道を歩いた。途中、書店でラノベや漫画をあさり、心を弾ませながら。この帰宅路には漫画を変える書店のほかに嬉しい寄り道場所がある。それは「フィギュアこれくしょん」という名前の通りフィギュアを大量に売っているところだ。ここには昔のアニメに登場したキャラクターのフィギュアが山のようにある。ヒロインだけでなくサブキャラも多く取り揃えていて、種類も非常に多くある。入学して以降、この店のおかげで幸せな日々を過ごせている。しかし最近、学校でも家でも進路の話が多くてうんざりしている。趣味に走らず、着実に勉学に励めという親と教師の文句にももう飽きている。俺は今日も趣味のために生きている。俺は小一時間ほどここに寄り道して、家に帰った。親の「おかえり」にうんざりしつつ、家の階段を駆け上がる。イヤホンを外し、ベッドに寝っ転がる。天上のポスターににやけながら今日の予定を画する。今日は面倒な塾があるから、七時には家を出なければいけない。今は五時半。残す一時間半に何をするのか。ふと視線を落として本棚を見る。棚に収まりきらないほどの本の背がこちらを見ている。そうだ。俺の夢は小説家になることなんだ。つまらない世界に飽きて妄想の世界を望むようになった。けれどどんな小説でも自分の理想には程遠かった。だから自分で作ることにしたのだ。今日は時間まで書くことにしよう。

 時間は過ぎて七時になった。面倒な食事も行く準備も終えて、玄関のドアを開いた。すると、……そこは異世界だった。

「は?」

俺が発した音は空に消えて俺一人が取り残された。これがラノベや漫画に描いてある異世界転生というものなのだろうか。でも、女神も契約といった儀式もなしにいきなり来たものだから、何をどうしたらいいかわからない。一つ溜息を吐いて辺りを見渡した。すると後ろから寒気がして嫌な予感が脳裏に浮かんだ。その予感が実現したのはそのすぐ後だった。俺は自分が自分以外の人に囲まれているのに気が付いた。彼らは恐れと怒りと憎しみを拭くんだ強い目でこちらをにらんでいる。その数は十や二十ではない。囲うその人の柵を崩して鉄甲冑の男たちが俺のところに来た。俺は両腕を押さえつけられた。なんだ?何が起きてるんだ?俺は突然ここに来てしまっただけなのに。普通異世界に来た主人公は女の子に囲まれてハーレムを過ごすのではないのか。期待外れの展開に絶望し、俺は大きな丸い建物に連れ込まれた。その建物は非常に綺麗でこれが捕まっている状況でなければ俺は感動していたことだろう。俺は無理やり服を黒でいっぱいのぼろ服に替えられて、腕を固い拘束具で固定されてしまった。歩くたびに腕にこすれる固い石がとても痛くて倒れてしまいそうだ。でも意地でも俺は立つぞ。男たちに連れられて大きな扉の前に立たされた。そしてゆっくりとその扉は開いた。その中に入ると俺は身ごと床に引きずられた。目を見開いて、上を見上げた。すごく遠くに八人の綺麗な服を着た人たちが椅子に鎮座しているのが見えた。おそらくこの国の王族に当たるものたちなのだろう。作品にもよるがああいう王族は一部だけが美人でそれ以外は不細工なひとが多いと俺は思っている。でも今回は例外でここから見ても彼らの衣装に見合う美しさを彼らが持っていると思える。しばらく彼らを見ていると真ん中に鎮座する老人、……たぶん皇帝と見れる人が口を開いた。

「汝、何者だ。何故ここに来た?」

知ってるわけがないだろう。俺はここに無理やり連れ込まれただけだ。なんでここに来たのかなんて俺の方が知りたい。大体、なんで俺がこんな目にあっているんだ。なんで俺なんだ。……だんだんイラついてくる。俺は声を絞って言った。

「知らねぇよ」


「知らぬか……。それならば仕方ないのう。……皆よ、落ち着いてもよいぞ。彼は意図的にこの国に侵入したわけではない。力を抜くのじゃ」

すると、全員が背もたれに持たれるのが見えた。ひょっとして、今のこの状況の俺よりも不安だったのだろうか。

「ユンケル、アイクよ、その者の拘束を解き、ここから退出しなさい」

皇帝らしき男の二つ左に座る女が言った。俺の隣にいる男二人に言ったのだろうか。

顔も体つきも甲冑を着ていてわからないのにこうも簡単に見分けられるものだろうか。その二人はどんどんと俺の体を自由にしていく。俺の両手が自由になった後二人は、八人を見てこの部屋から退出した。この部屋には俺とあの八人しかいない。

「ふう……。とりあえず落ち着いて良さそうだね」

右から三番目に座る男が優しく呟いた。

「ええ、緊急の呼び出しだったけどこんなことになっていたとはね」

その隣の女がそう言った。

「無礼な出迎えで済まなかったな、人間。だが我々は昔の出来事があるのでな、人間に対してはどうしてもひどいことをしてしまうのだ。どうか許してほしい」

青年が頭を下げて謝る。それにしても俺に対する態度が普通でなくなるほどになるとは。あの雰囲気からはそんな弱さは感じられないのに。一体人間は彼らに対し何をしたのだろうか。

「別に……もういいけどよ」

こんなふうに謝られたら、許すしかないし。

「その、昔のことってなんだ?」

「……教科書の見開きに文章が書いてあるだろう?」

またあの男が尋ねた。

「ん?……ああ、あの歴史の教科書であったやつ?」

「おそらくな。君は東側の人間だろう?東人なら義務教育の内にも学ぶことになっているはずだしな」

「俺からしたら凄く面白い内容ではあったし、興味が湧いたけど、他のやつはみんな欠伸あくびをかいていたよ」

「……まあ、確かに君たちの時代には親しみがないし、現実的な話ではないでしょう」

皇帝と思わしき人の隣に座っている女が言った。その人は美人の多い王族たちの中でもずば抜けて綺麗に見える。

「ですが、わたくしたちにとってはとても大切な歌なのです、語り継いでくれるだけで十分です」

彼女は朗らかに微笑んだ。

すると突然フリフリのドレスを着た少女がこう言った。

わらわはこの国の第三皇女じゃ、人間。妾のことはアメシス様と呼ぶのだ」

「は、はあ……」

「こらアメシス!」

「良いではありませんの?お姉様。彼奴は危険がないとわかったのですのよ」

「そうだけど……人間なんて……いいえ、そうね。人間よ、私はロアイトです……手荒な真似をしたのは謝るわ。ごめんなさいね。でも、何もしていないのに理不尽に殴られたりするのは嫌でしょう?……それがわかったなら私はあなたを受け入れるわ」

「う、うん……」

何を言ってるんだろうか。多分、彼女なりの事情から溢れた一言なんだろうけど、俺に今わかるのは彼女がとてつもない美人であると言うことだけだ。だってオーラがあるし、言葉で表現できないが、雰囲気がある。見た目だけでない美しさを感じさせる。

「儂は皇帝サファリス、よろしく頼むのう、人間よ。……ふむ、人間と種族名で呼ぶのはなかなか失礼じゃのう。……お主名はなんと言う」

「……田中…翔太」

「おや、日本人か。予想が外れてしまったのう」

「え?……でも日本語が通じてるじゃないか」

「それはこの国で話す言葉は全て聞く相手の聴きやすい言語で聞こえるからじゃのう」

すっげぇ……

「どうやってそんなことを?」

「それは、僕から説明させてもらうよ」

先ほど謝った青年が椅子から立ち上がり、階段の下に降りてきた。

うわっ……。緑色の綺麗な目だなあ。背も高くてすらっとしてる。茶色い髪に少し古い片眼鏡、丈の長い上着を羽織り、宝石で留めたタイ。まさしく好青年で美青年。男の俺でも惚れてしまいそうだ。

「ん?僕の顔に何か付いているかい?……まあ良いか。説明するぞ」

「は、はい……」


「この国は元々国籍ごとに支配されていたんだ。当時の皇族にね。しばらくはそうやって統治をしていた。でも、人口が一気に増えて領土に余裕がなくなると、国民を分断して支配するのが難しくなった。なにせ分断してるから争いごとも絶えなかったんだ。それを統一しようと必死に国民たちを説得したんだ。統一には国民たちは合意した。でも、一つ問題があったんだ。国籍で分けていたから言語には問題があったんだ。統一したら言葉が通じず、また争いになると思った皇帝は国民全員の脳に強い闇の魔術をかけることにしたんだ。脳に入ってきた情報を強制的に変えてしまう魔法。聞いた言語を自らの聞き取りやすい言語に変換する。その変換の誤差は代々皇族が修正し、現在ではすべての国の言語、すべての民族の言葉だって変換できるようになった。そしてその闇の魔術をかけているのがこの国の王妃ってわけさ」


ふう……とため息を吐いた彼。それに駆け寄ったアメシスはすぐに水を取り出し、それを飲ませた。

「どう?理解できたかな?」

「うん。……凄くわかりやすかったよ、だから俺たち普通に話せるんだな」

「ああ」

すると突然玉座に座る男が立ち上がった。皇帝ではない。でも、なんだろう。皇帝よりも凄みを感じると言うか……。

「翔太君……よっ!と……。んー、でもその話だと少し不思議だね」

「何がです?ラズワード兄さん」

「ほら、その魔法って国民達にしかかかっていないだろう?なんで人間の彼にかかっているのさ?」

「……たしかに」

「ロアイト!君の方が詳しそうだね。……こっち来なよ」

ここからでもわかる。あからさまに嫌な顔をした。渋々と、ゆっくり、椅子から立ち上がり、ゆらゆらとこちらに降り立った。

「あそこからでも良いでしょう?」

「だーめ、失礼だよロアイト。ずっと見下ろすなんて」

「それは……そうですけど」

「さあ!君ならどう考える?闇の魔術を司る魔女の君なら!」

「はあ……。多分、神のせいでしょうね」

「神?」

俺が疑問の声を上げるとさらに嫌な顔をしたロアイトと言う女性……いや、こいつ見た目的には年下か?の少女がくわえて言う。

「この世界には創造神、運命神、死神の三つの神がいるんだけどこの中でも運命神が厄介で人間の運命を勝手に変えることがあるのよ。人間には自分で自分の運命を決められると言うことを創造神が生み出したのに。それによって苦しめられる人も多かったし、あなたもそのうちの一人になってしまったのよ。……あくまで推測だけどあなたはここに偶然来てしまった。意図せずね。だからあなたは何も悪くない」

「そ、そうなのか……」

急に口調が変わり、自分の行動を全部言い当てられ戸惑う自分の声を情けないと思ってしまった。

「ロアイトよ」

サファリスがロアイトに声をかけた。

「彼の監視及び、接客は君に任せよう」

「え、……私にですか?」

「ああ、この国の来訪者の接客は外務担当のお主が適任であろう。それに……人間を救ったお主が未だ人間を恐れていると言うのが少し心苦しいのだ。……聞き入れてはくれまいか?」

「……どんな命令であろうと陛下のお言葉なら……承ります」


重々しく目の前の扉が開いた。彼女は俺の手を引いて部屋から退出させた。彼女は前を歩いてしばらくすると、とある部屋の前にたどり着いた。

「翔太君、ここが貴方の部屋です。入ってみてください」

彼女はそのこげ茶の扉を引いて開くと俺を中に入るよう、促した。その部屋の中は非常に広くて、額縁に飾られた絵画、天井にぶら下がったシャンデリア、小さいテーブルの上には籠に入った果物があってどれも美味しそうだ。大きな天蓋付きのベッドに大きなクローゼットなどまるで高級ホテルのスイートルームみたいだ。彼女は部屋の奥に行くと一つの扉を開いた。その先はこの部屋よりも少し狭い部屋が広がっていた。

「ここは私の部屋です。この扉からならいつでもここに来れます。あなたがここに滞在している間、私が貴方を監視するので、なるべく近い部屋を用意しました」

「は、はあ……」

なんだか怒涛の勢いでいろんなことが起きてる……

「ね、ねえ……」

「はい?」

「どうして……そんなふうに話すんだ?同じくらいだろう、俺たち」

「少し下ですね。貴方はお客様ですから、丁寧にお話しするのは当然です」

「で、でもなんか……」

気が重くなるし、話しづらい。

「普通に話してよ、」

「無理です。信頼の置けない人間と普通に会話するなんて……できません。この話し方は自分を守るためにしていることなのでお気になさらないでください。……翔太君、私は人間が大嫌いなのですよ」



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