第十九話 ハト丸とハナちゃんの旅 後編 2

●第十九話 ハト丸とハナちゃんの旅 後編 2



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 回想 ハナちゃんが生まれる前

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「ジョン……あなたを愛しています」


 若きシロさんはジョン――と呼んだその相手に情熱的な愛を注いでいました。


「ぼくも同じだよ、ハニー。君がぼくのすべてだ」


 ジョンの甘い声にメロメロが止まりません。

 そんな彼にシロさんはお願いをしました。


「一緒に私のお家に住みませんか?」


 そんな提案に、ジョンはとても悔しそうな表情を浮かべました。


「それはとっても最高の提案だ。けれど、ぼくはただのノライヌ。イエイヌとは一緒になれない」

「ご主人さまは私が説得します!」


 二人はまるでロミオとジュリエットのようです。


「君に我慢させてしまうのは、ぼくとしても心苦しい。だけどこうして、二人で会えればいいじゃないか? この少しの我慢が君との時間をより情熱的に熱くさせてくれるじゃないか! まるで太陽のように!」


 ジョンの甘い言葉にメロメロがどんどん加速していきます。

 しかしシロさんは引き下がりません。


「それでもやはり一緒に暮らしましょう」

「ハニー……」


 シロさんはジョンに打ち明けました。



「――だって、できちゃったんですよ……あなたとの子供が」

「……」



 ジョンへのメロメロが光速に達し、時間が止まったかのようでした。


「ぇ……、そ、そうだったのか! びっくりしたよ」

「ええ! そうですよね!」


 ジョンは冷や汗かきながら言いました。


「それじゃあ今日はもう遅いから帰ろう」

「まって、私のお願いは?」

「ああ、後で君のご主人さまにご挨拶させてもらうよ」

「嬉しいです!」


――そしてジョンは逃げました。



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 シロさんの家

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「うわああああぁぁん!! なんで?! なんでぇ~!」


 シロさんは愛したジョンに裏切られ、泣き叫んでいました。

 何日も待ちましたが、ジョンが会いに来ることはありません。


「そろそろ泣くのをやめろ……ノライヌなんかとくっつくからだ」


 怒った表情のご主人さまは私にそう言いました。


「うぐっ、ひっく……ひっく、ふ、ふぁい」


 なんとか落ち着きを取り戻したシロさんに、ご主人さまは言いました。


「おれはな、もうとっくの昔に引退してる爺だ。年金もたいしてないから貯金を切り詰めて暮らしてるってのに、おめえ以外に犬を増やせるわけ無いだろう」

「で、でも!」

「でももへちまもねえよ、そもそもなんで付き合ってすぐの相手なんかと子供を作ったんだ? そこまでしてあんなノライヌとくっつきたかったのか?」

「……」


 ご主人さまの怒気が強くなります。


「うちは、できちゃった結婚ができるほどの余裕はないってわかってたろ? なんで避妊しなかったんだよ」

「……」


 シロさんはこれまで黙って聴いていました。

 そして、ようやく口を開きました。


「…………ごめんなさい、あの、ご主人さま」


 シロさんは恐る恐る言いました。


「――避妊ってなんですか?」


 ご主人さまの目が見開きました。


「避妊って、コンドーム使ったり――」

「コンドームってなんですか?」

「……」


 ご主人さまは頭を抱えました。

 なにも教えてこなかった自分の責任と気づいたからです。


「たしかに悪かったよ……俺が悪かった!」


 そんな気まずい雰囲気だけが漂ったまま、説教は終わりました。


「なあ、シロ」

「はい」

「一匹だけは許してやる」


 シロさんの顔はぱあ、と晴れました。


「ワン! ありがとう! ご主人さま!」



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 数カ月後

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 そうしてシロさんは子どもたちを授かりました。



……二人も



 初めて見る子どもたちはとても愛おしくて、生みの苦しみがどこか遠くへ飛んでいったかのようでした。

 あれだけ元気な鳴き声を上げていた小さな2つの命はゆりかごのなか、静かにねむっていました。


「……シロ」


 シロさんはご主人さまに泣きつきました。


「お願いします! 二人共、私達の家族にしてください!」


「……だめだ」


 ご主人さまは申し訳無さそうな表情でした。


「一匹だけと言ったろ。おれの年も考えてみろ。ぽっくり死ぬならまだましかもしれねえが、病気にでもなったらよ、子供の世話も含めてみんなシロが面倒見てくれるのかよ……。お前達と一緒に共倒れになっちまう」

「ごしゅじん……さまぁ……」


 シロさんは泣きそうな表情です。


「おれだって心苦しいが、これは事実だ。一緒には育てらんねぇ。知り合いにどうにかつてがねえかお願いしてくる……お前は、どっちが離れてもいいよう覚悟決めとけ」


 シロさんは黙ってうなずくのでした。



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 回想 終

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 母の話を聴きおえたハナちゃんは口を開きました。


「あのね、お母さん」

「なあに」

「私に兄弟がいることよりも――」


 正直なことばをぶつけました。


「――お父さんがひどいノライヌだったことのほうがびっくりなんだけど!」

「……」

「全力で目をそらさないでください!」


 シロさんはごまかすような乾いた笑い声でいいました。


「わはは……ジョンはご主人さまとは正反対な感じだったのが逆に魅力的だったというか――」

「じ~~~~」

「……おほん。ジョンとはもう終わった関係です。でもそのおかげで、ハナちゃんともうひとりのあの子に出会えたので、これで良かったのですよ」


 ハナちゃんは疑問をぶつけました。


「あの子? 名前は?」

「わかりません。きっと今暮らしているおうちで新しい名前を頂いているはずです」

「じゃあ、どこに住んでるの?」

「わかりません。あの子を引き取ってすぐに引っ越したみたいです。そして引越し先は――実はご主人さまに聞いてなかったんです。気持ちの区切りを付けてからとか、赤ちゃんだったハナちゃんの世話の区切りがついてからとか、そう考えていていたうちにご主人さまがああなってしまったんです」


――ああ、母親失格だ


 自分のことを口にするたびに、その言葉が頭から離れなくなる。

 悲しくなってくる。

 悲しいから距離をとって離れようとした、あの子。

 現実になってしまったご主人さまのことば。

 時間さえあれば、きっとあの子に会いに行ける時がくると思っていたけれど、どんどん遠ざかっていく。

 いまさらどんな顔で会いに行けるというのだろうか?

 あの子にとって、私はただの他人でしかないのに。


「ねえ、お母さん」


 ハナちゃんはいいました。


「私が見つけて連れてきてあげる」

「え……?」

「お母さんはね、絶対に【あの子】に会うべきだよ! 会ってちゃんとね、【あの子】がどんな暮らしをしてるのかとか、好きなものとか、どんなことして遊んでるのかとか、ちゃんと聞くの!

――だってお母さん、ほんとは【あの子】のこと、名前で呼びたいんでしょ?」


 シロさんは、ハナちゃんのことばに思考が止まりました。


「名前知らなかったら私だってどう呼べばいいのかわからないよ、お兄ちゃん弟ちゃんとか? でもね、さっきまでの話を聞いても、全然そう思わないよ。全然どういうイエイヌなのかわからないから」


 ハナちゃんは笑顔でいいました。


「私とハト丸が見つけて、お母さんに会ってもらうの! あの子にもお母さんのことやご主人さまのこととか伝えたい! お母さんはとっても、ご主人さまが大好きで、散歩が好きで、料理が得意で、ちょっぴり弱虫なところとか!」


 シロさんはポツリと言いました。


「……弱虫」

「うん! お母さんってそういうところあるよ!」


 シロさんは泣き笑いしました。


「わはははは! ……私はノライヌ以下のダメダメ犬ですね」

「んもう、それは少し違う気がするよ!」


 そうして、親子二人で笑い合うのでした。



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 ハト丸の家

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 ハナちゃん、シロさんからすべての事情を聞きました。


「私も全力でお手伝いしますわ! あなた」


 うん。もちろん


「ぼくもいっぱい飛び回って探すよ」


 ちっちゃな力こぶを出してアピールするハト丸


「うぅ皆さん……ほんとにありがとうございます!」

「ありがとうございます!」


 シロさんとハナちゃんはリョコウバトさんの家族たちに頭を下げました。

 いえいえ、とんでもない。これぐらいの恩返しはさせてください


 ではまず、情報を集めないと。


「となると、探偵に依頼するのはどうでしょうか?」

「お、お金が……」


 若干シロさんのバツが悪そうでした。

 それじゃあ、別の方法を……


「お兄ちゃーーーん!」


 ドア越しから大きな声が聞こえました。

 カミ太くんが遊びに来たようです。

 はーい、今開けるね


「お兄ちゃん! あのねあのね、すっごいものが届いたの!!」


 カミ太くんは手に持った紙のようなものをブンブン振り回していました。

 すごく興奮した様子でした。

 ……ごめんねカミ太くん、実はお兄ちゃんたちとても大事な用事が――


「【あの子】の匂いだ」


 振り向くとシロさんが呆然としていました。

 しかも、カミ太くんの方を向いて――

 え? カミ太くんが?


「「「え?」」」


 あまりの衝撃にみんなの声が重なりました。


「え……? どうしたのお兄ちゃんたち……?」


 困惑するカミ太くん


「カミ太くんが、私のお兄ちゃん……?」

「僕がお兄ちゃん?! なんで!?」


 ハナちゃんもまさかの表情です。

 まさかカミ太くんは、タイリクオオカミではなくイエイヌだったとは……!


「く、私としたことが、ふたりの血縁を見落としていただなんて……たしかにしっぽの形が似てるかもしれませんわ」


 膝をつくリョコウバトさん

 全員ザワザワしています。


「あ、あのですね……。匂いがしたのは、そのタイリクオオカミの子じゃなく、持ってる紙の方で……」


 シロさんの言葉はみんなには聞こえませんでした。



●第十六話 ハト丸とハナちゃんの旅 完

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