第十六話 ハト丸とハナちゃんの旅 前編
●第十六話 ハト丸とハナちゃんの旅 前編
ハト丸はぼけー、と空を見つめていました。
旦那さんは息子が何を考えてるのか興味が有りました。
好きな絵も描かず、ゲームもせず、飛び回ることもしていないのはとても不思議でした。
ハト丸、何か考え事かい?
「僕ね、あのね」
ハト丸は真剣な眼差しでいいました
「遠くに行ってみたい」
……おお、どこか旅行に行きたいってことかい
「うん!」
どこに行きたい?
「あっちの空の、ずっとずっと向こう!」
ハト丸が指差した方向を見ました。
その先に何があるのか旦那さんにはわかりませんでした。
あっちに何があるんだっけ?
「わかんない」
わからない?
「うん」
旦那さんは子供の気まぐれだろうと思いました。
冒険心は誰にでもあるもの、であれば夕ご飯までには満足して戻ってくるだろう。
旦那さんはハト丸に言いました。
事故には気をつけてね!
あと、迷子にならないようにね!
「うん、いってきます!」
そう言って、ハト丸は空の向こうへ飛んでいきました。
旦那さんはハト丸を見届けながら、のんきに家族旅行の行き先を考えているのでした。
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住宅街
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「あ! ハト丸! おーい!」
ハナちゃんは、空に飛んでいるハト丸を見つけて大声で呼びました。
ハト丸はハナちゃんに気づくと、空から降りてきました。
「ハナちゃん、一人でお散歩してたの?」
「はい! ハト丸も?」
ハト丸は首を横に振りました。
「旅に出たんだ」
「旅……?」
不思議そうにハナちゃんはハト丸を見つめました。
「僕はね、いろんなところに行きたいんだ!
ずーっと行けるところまで行って、楽しいことや面白いことをいっぱい見つけたいんだ!」
「わぁ……! 例えばどんなの?」
ハト丸は黒目を上げて、例えばね……と言いました。
「とても美味しいどんぐりや木の実や果物が山中に生えててね、それをお腹いっぱい食べれてね! うんんそれだけじゃない、海や川で水浴びしたり、きれいな花畑で日向ぼっこしたり、どこまでも空高く風を切って飛び続けたりするんだ。それでね……」
ハナちゃんはうなずくことを忘れて、ハト丸の言葉を聞きました。
「見たものを絵を書いてママとパパに見せるんだ!」
ハナちゃんは体を震わせて叫びました。
「いーなーーー!! 私も、わたしもやりたい!!」
「いいよ! いっしょに行こうよ」
ハト丸はハナちゃんをがっしり掴むと、空高く飛んで行くのでした。
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我が家
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ハト丸が思った以上に遅いな……
旦那さんは実は自分はとんでもないことを子供に言ってしまったのではと焦り始めていました。
「そういえばハト丸ちゃん遅いようですわ。どこで遊んでいるのかしら?」
正直、自分ではハト丸の移動速度にかなわないので、リョコウバトさんに頼るしか有りません。
リョコウバトさんにハト丸の話をしました。
「……」
静かに聞いていたリョコウバトさんは目を閉じて、ふふっ、と笑い出しました。
激昂したり、動揺したりするのでは、と思っていた旦那さんは、リョコウバトさんの反応に奇妙な違和感を感じました。
「あの子もついにこのときが来たのですね」
このとき……?
「ええ、私達はリョコウバト。大空を飛び立ち、あらゆるところへと旅して渡る生き物ですわ」
それじゃあ、ハト丸は
「数ヶ月は戻らないでしょう」
……まじか
突然、水をかけられたように旦那さんは動揺しました
つ……連れ戻そうとは思わないの?! リョコウバトさん!
「ねえ、あなた」
リョコウバトさんは旦那さんに優しく語りかけました。
「私達は共に道を歩む努力を続けてきました」
……。
「ハト丸ちゃんを全身全霊で可愛がりました」
……うん
「だからこそ、私達は離れ離れになっても、家族としてつながってるのですわ」
私とリョコウバトさんの心に刻まれた、結婚の約束。
これまでの過ごしてきた時間が、脳裏に溢れました。
「あの子と離れても、私達はつながっているのですわ」
リョコウバトさんの言葉に、私はハト丸の旅立ちを応援する決心が付きました。
「それに、ハト丸にはリョコウバト直伝の護身術を身に付けさせていますわ」
おお、なら安心だね
……ところでさ
「はい?」
リョコウバトさんも、ハト丸と同じように旅立たったりするの……?
「ふふ! そうかもしれませんわね」
!?
「けど、お腹の赤ちゃんがハト丸ちゃんと同じくらい大きくなるまで我慢ですわ」
リョコウバトさんのお腹はまだ目立たないものの、たしかにそのお腹の中には小さな命が誕生しようとしていました。
リョコウバトさんの旅立ちは当分先になりそうなので、旦那さんはちょっぴり安心しました。
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山奥
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ハナちゃんは赤、白、黄色の花束を集めたり、飛び跳ねたり、穴を掘ったりして遊び尽くしました。
そして、ハト丸はハナちゃんの絵を書いたり、通りがかりで見つけた木の実を食べたりして遊んでいました。
今ではあたりは薄暗くなり、いつもならお家に帰ってる頃合いです。
ハト丸はハナちゃんに尋ねました。
「ハナちゃんは帰りたいって思わないの?」
ハト丸自身は、自分で始めた旅なので我慢できますが、ハナちゃんはどうなのだろうと思ったからです。
「え!?……へ、へっちゃらだよ! 暗くても!」
けっこう動揺していました。
「だ、大丈夫?」
「……確かにちょっぴり怖いけど、ハト丸についていきたいの……だめ?」
自分の想像を超えたハナちゃんの覚悟に、ハト丸はドキリとしました。
「……う、うん。もちろん」
「嬉しいです! わんわん!」
ハナちゃんは大喜びです。
ハト丸は話を少しそらして、ハナちゃんに尋ねました。
「そういえば、なんで一人で散歩してたの?」
「……ご主人さまもお母さんも、最近は散歩しないの」
ハナちゃんの言葉から、少しだけ寂しさを感じました。
「『ごめんなさい。ハナちゃん一人で散歩して』だって。
お母さんがとても忙しいのはわかってるけど、なんか寂しい……」
ハナちゃんの寂しそうな表情に、ハト丸は心が猛りました。
仲良しのハナちゃんには笑顔でいてほしい一心でした。
「二人でとことん行こう! どこまでも!」
ハナちゃんの顔がぱあ、と晴れました。
「わん!」
二人はすでに暗くなった山奥で、明るい旅路を思い描き続けました。
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ハナちゃんの家
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「ご主人さま」
寝息を立てながら眠っているご主人さまに、シロさんは静かに語りかけました。
「あの時のご主人さまの選択は、正しかった。私一人では絶対に抱えきれませんでしたから」
あの時は苦く苦しい思い出だったものの、今ではそのおかげでハナちゃんが健やかに育てられたとおもっています。
事実は変えられないけど、過去は考え方一つで変えられるものだとハナちゃんから教えられました。
ハト丸くんとハナちゃんが遊んでるところを見た時、あの子がいたらきっとこんな感じだったんだろうと思いました。
――あの子は、あの子を見捨ててしまった母よりも、今の家族と一緒にいるほうが幸福のはず
シロさんは静かになった部屋で、ハナちゃんの帰りを待つのでした。
●つづく!
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