第五話 リョコウバトさんとの子作り

●第五話 リョコウバトさんとの子作り



 弱肉強食は、この世の摂理です。

 生きるために命を奪うことこそ、この世の正義、とも言えます。


 お腹を空かせたチーターがプロングホーンを食べることに対して、罰することなんて出来ません。

 食べられそうなプロングホーンが、チーターを角で殴り、怪我させても罰することなんて出来ません。


 このように本来相容れることのない肉食動物と草食動物が、私達の世界ではお互いに社会を形成して、融和することが出来ています。

 それは、ジャパリまんという【種族を選ばずに食べられる食事】がヒトの手によって作られた事により、肉食と草食、お互いが争う必要がなくなったからです。


 しかし、これらの背景があってもなお、この社会の法律には、生き物を殺す罪――【殺生罪】が存在します。


 何故そんな法律があるのか?

 それは、私達に感情があるからです。

 嫉妬、怒り、快楽、悲しみ――といった感情の爆発を理由にして、私達は他者を殺すことが出来ます。

 これは弱肉強食の摂理に反し、また、社会形成の障害となるため、【殺生罪】が誕生したのです。


 とはいえ、弱肉強食こそがこの世の摂理であるがゆえ、言葉の通り生き物を殺すことを禁止してしまえば、この世の成り立ち――つまり生態系が崩れ去ることを意味しています。

 例えば、突然ジャパリまんがこの世から消えた、という問題が突如発生した場合、この世の生き物がみな、「殺してはいけない」という倫理観で行動してしまえば、膨大な数の生き物が死滅する原因になりかねないのです。

 だから、本屋さんや図書館にある、法律書を手にとって、開いて【殺生罪】の項目を探して読んでみると、必ずこんな風に書いてあるのです。



――【同種族間での殺し】は懲役~



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旅館 お風呂

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 旅館の露天風呂に浸かって、一人物思いにふけっていました。

 脳裏から、リョコウバトさんの涙が消えて離れません。

 涙の理由として、真っ先に思い浮かぶ点があります。


――リョコウバトさんの仲間たちはみんな、死んでしまっているんだ……


 いや違う

 リョコウバト達の絶滅の原因は、ヒトでした。


――ヒトがリョコウバトさんの仲間たちを殺し尽くした……


 リョコウバトはもともと50億羽存在したみたいですが、リョコウバトさんを除くその全てがヒトに狩られました。

 

 何故狩られたのか――

 諸説、憶測はあれど、食用や羽毛で売れたからというのが主な理由でした。

 どうやって狩り尽くすことが出来たのか――

 銃と通信機器によって、画期的かつ効率的な狩りが可能になったからでした。


――私は、その程度のことしか、リョコウバトさんのことを知らないのか……


 私は、今のリョコウバトさんだけしか見てこなかった。

 だから、自然と疑問に思わなかった疑問が、今、自分の頭の中を埋め尽くしました。


――ヒトである私と何故結婚したのか?


 わからなかった。

 例えリョコウバトさんがどれだけ優しくて、温和な女性でも、これだけのことをしたヒトに対して何も思わないはずがありません。


――私は彼女のためにどうすればいい……?


 私はリョコウバトさんを愛してる。

 心の底から。

 だからこそ、私は、ヒトである私の存在そのものが憎たらしく思えたのです。


――私は何故、ヒトとして生まれてしまったのか?

――私は何故、リョコウバトとして生まれてこなかったのか?



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旅館 客室

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「お風呂とても気持ちよかったですわね~」


そうだね。さすが京都だ

リョコウバトさんは浴衣を着て、お部屋でくつろいでいます。

湯上がりのいい匂いだ……これまでの悩みが吹き飛んでしまいそうな色気だ……


「ご飯も美味しいですし、今日見た景色は本当に素敵でしたわ」


 本当にすごかったね

 これ程の景色を見たのは人生で初めてだよ


「ええ、あなたと見れて幸せですわ!」


――幸せ、か


 私は不意に、言葉が漏れ出てしまいました。

 リョコウバトさんは、どうしてあのとき……


「……私が泣いていた理由、でしょうか?」


 不意に我に帰った私は、慌てて言葉を訂正しました。

 い、言いたくないことなら言わなくていいんだよ!


「いいえ、構いませんわ。

 ……語るときが来ただけですわ」


 私はゴクリ、とつばを飲みました。


「まあ、そんな陰惨な話ではないですよ」


 と私を安心させるように、前置きをおいた後、リョコウバトさんは語りました。



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過去 リョコウバトさんの回想

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「どうしてなの!?」


 私は激昂していました。

 そして、その言葉を投げつけた相手は私のお父さんでした。


「この力を使えば、ヒトなんて邪悪な生き物を根絶やしにできるのに!!」


 リョコウバトはヒトから逃げて、逃げ続けて、そして今日まで生き延びたのは、私とお父さんだけでした。

 私達が生き延びることが出来たのには二つの理由がありました。

 一つ目は単純に運が良かっただけ

 そして、二つ目――


――ある日突然、私はビームを撃つ力に目覚めたからでした。


 その日、私達を狙っていたヒト達に見つかって、絶体絶命の瞬間にその力に覚醒しました。

 無我夢中で撃ったので当たりませんでしたが、ひるませて撃退したのです。


 私はこの力を使えば、仲間たちの無念がはらせる、あの悪魔どもに報いを受けさせられる、そう思ってお父さんに提案したのですが……


「それは良くないな。何故かわかるか?」


 自信満々、威風堂々、本当に何食わぬ顔でお父さんは言いました。


「世界は広いからだ」


「っはあ!?」


 お父さんは変に自信家でしたが、ここまで意味のわからないことを言うなんて、信じられませんでした。


「みんなヒトに殺された!」

「世界は広い」

「お母さんも、おじいちゃん、おばあちゃんも、友達も、誰も彼も!」

「それでも世界は広い」

「お父さんだって、殺されるかもしれない」

「これ以上はないほど世界は広い!」

「お父さん!! 何を言ってるのか、わかんないよ!!」


 お父さんは、私の両肩を掴んで言いました。


「世界は広いんだ!! お前の憎しみよりも!! 俺達の想像よりも!!」


 私はその言葉の力強さに、体を震わし、何も言えなくなりました。


「俺達の故郷、アメリカですら私が見たことのない景色がある。

 海外なんてカナダくらいしか見たことがない。

 これっぽっちの世界を見ただけで、お前は満足か?

 俺は不満たらたらだ!

 そして、お前の母さんもおじいちゃん、おばあちゃんも、死んでいった誰も彼も不満たらたらだった!」


 私はその言葉を聞いて、怒りが涙に変わっていきました。


「でも、それじゃあ、死んでいったみんな無念じゃない……。

 最後まで生きて、世界を見ることが出来ないなんて……」


 そんな私の涙声に、お父さんは優しく語りかけました。


「この世のどこに、死んだことがある生き物がいる?

 死んだ先が実は幸せの世界かもしれないだろ?

 お前のお母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、友達、仲間たち、もしかしたら、大統領ジョージ・ワシントン、野球の神様ベーブ・ルース、宇宙飛行士のアームストロングみたいな有名人に出会えるかもしれないじゃないか!

 それとな――」


 お父さんは、一息置いて、言いました。


「――俺達は離れ離れになっても、家族だ。例え死に別れだとしても」


 離れ離れでも、家族……

 私は死んだみんなとだって、一つに繋がってるの……?


「そして、私達はリョコウバトだ!

 例え、死後の世界であっても、私達の仲間達は旅を続ける!!

 絶対にだ!!」


 私はボロボロと涙がこぼれました。

 それを見たお父さんは私をそっと抱きしめて言いました。


「泣き終わったら、また旅に出よう。きっと最高の旅になるぞ」

「う……うわあああん、ああああああ」


 そうして、私は邪悪を撃つ勇者にならず、悲劇の魔王にもならず、リョコウバトとして、旅を続けたのです。



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回想 終

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「そして、私のお父さんは、ただの病死でこの世を去りました」


 私は、この話を聞いて、リョコウバトさんの父から受け継いだ想いについて、何も言葉に出来ませんでした。


「幸せな死だったと思います。

 そしてその後、私はこれまでの腹いせに、ビームで兵器工場を焼き払いました」


 おいおい、と言いたいとこでしたが、ヒトが悪いので仕方ありません。


「でも私は、ヒトの誰一人、命を奪いませんでした!

 あの日、お父さんの言葉を信じて本当に良かった!

 ――だって、広い世界の先で、素敵なあなたと出会えたのですもの!」


 私の胸がドキリと高鳴りました。

 そういえば、リョコウバトさんのお父さんも言っていたはずだ


【「――俺達は離れ離れになっても、家族だ。例え死に別れだとしても」】


 この言葉は忘れもしない、あの日の結婚の約束じゃないか!


「あのとき、私が泣いていたのは、新しい家族と素晴らしい景色を見ることが出来たから……そして、死んでいった家族たちにも私達を通して見てくれてると思ったからですわ」


 私は自然とリョコウバトさんを抱きしめました。

 リョコウバトさん、俺はリョコウバトさんとずっと一緒だ


「ええ、ずっと一緒よ……」


 そうして、私達は熱いキスを続けました。


 少し時間が経って、ふとした疑問への答えが頭に浮かんできました。


――殺生罪


 同種族同士の殺しが罪だとするならば、俺はリョコウバトさんと結婚したことで、ヒトはもう身内になったリョコウバトを狙うことが出来ないのか


――ならば、私はヒトでよかった!

――リョコウバトさんを守ることができるなんて!


 心の底からそう思った。

 私は全身に抱いたリョコウバトさんに言いました。

 リョコウバトさん、俺が必ず幸せにしてみせる


「いいえ、それじゃあだめですわ」


 え!?


「私はもう幸せですし、あなたも子どもたちも家族みんなで幸せじゃないといけませんわ」


 ああ、たしかに……

 そうして、私達は何度も熱いキスを重ねるのでした。



●第五話 リョコウバトさんとの子作り 完

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