メソッド
* * *
文部はPC横の本棚から昨日読んでいたとおぼしき緑の本を取り出すと、両手でそのズッシリとした感のある本を支えて読み出した。
高崎は両足をぶらぶらさせて手持ちぶさたにしている。ハーフパンツならではの動きだ。
「ところでさー」
相手が本を読んでいることなど歯牙にもかけず高崎は声をかける。
「もんぶのクラスって昼休み、何のカードゲームが流行ってる?」
「なんでカードゲーム限定なんですか」
文部は器用にも本を読みながら目線を動かさず返答をする。
「だってウチスマホ禁止じゃん」
「カバンには入れておけますが」
「始業から放課後まで出せないじゃん」
足をぶらぶら、声でじゃんじゃんと意見を突っぱねる。
「ウチはやっぱ大貧民が大多数かな、カード麻雀やってるやつもいるけど」
「それは強いですね」
「見つかって没収されたけどね」
「んでもんぶのクラスは」
「知りません」
「いや教えてよ」
「ですから知りません、私は昼休みも寝るか本を読むかしていて周りで何をしているかよく知らないです」
高崎はしまった、という顔に変わる。
「あ......ごめん」
「別にそれで惨めになってる訳でもないですしいいですよ」
「......でもそれって辛くない?」
すると文部は敢然とした表情をして本から顔を起こした。
「別に他からどう思われようとどうでも良いじゃないですか。私は真実が好きなんです。本を読んで過去の知見を得るのも、実験をして一つづつ事実を積み重ねるのも、実験結果からやや飛躍した仮説を立てるのも、皆は知らないかもしれませんがこの楽しさを知らないのは人生の損失といっても良いことです。私はその楽しさを知っているんです」
いつになく、というより先日学説を滔々と述べた時のように文部は熱くなった……ような気が高崎はした。文部の表情も若干ムキになっているような気がする。
「ふへー」
「何ですかそれ」
「いや感心してんのよ」
「無理に感心しなくてもいいです」
「いやホント感心してるって。大事な何かを持ってるってかっこいいよ」
高崎は残念そうにポツリと言った。
「あたしもいつかそういう立派なの持てるのかな」
「今度本貸しましょうか」
「いやいい。......そういうのって何か自分で見つけるものって気がするから」
半ば自分に言うように高崎は言った。
* * *
「さてそろそろ十分出来上がりましたか」
「もう出来たんだ、じゃあそれ並べるだけでよくね?」
「これ見てもそう思います?」
文部は呆れた顔でそういうとPCの画面を見せた。
「......なにこれ」
そこには意味の無い、というにはちょっと微妙な、スマホの予測変換一覧とでもいったような単語の羅列が並んでいた。
「統計だけではこれが限界なんです。それっぽい文章が並びますが意味はむちゃくちゃ、繋がりだってむちゃくちゃです」
「え、なら自分でくっつけるの?」
酷く面倒臭そうな表情と声で高崎は言った。
「それでは科学の敗北です。幸いなことにここに一つのソフトウェアがあります」
PCのデスクトップからショートカットを一つ選ぶ。
ショートカットはsssssの文字がデコレートされてデザインされている。
「5Sです」
「いや何それ」
「”Semantical Study of Speech from Sequences of Sentencies”です」
何やら長い単語を一息で文部は言った。
「要は文章の内容に『強い意味があるか』を見るソフトです」
「よくわからん」
「要はバズる文章はこれでハイスコアを出します」
「わかりやすい」
軽く反応した後、ん?と少し考えて高崎は言う。
「いやそれめっちゃ使えるやつやん」
「そうですよ?広告屋とか政治家とか凄く使いたがるでしょうね」
「なんで商品化してないの」
「一つは『よく反応される文章が高得点を取る』ことはわかってても『どうやったら高得点を取れる文章が作れるか』には対応していないということですね」
「得点の基準を見ればわかるんじゃ」
「それが、これはとある意味論学者が歴史的演説、ベストセラー小説、意義の高い論文、バズったツイート等など『人の心に大きく影響を与えた』文章を軒並み機械学習させたものでして」
開いていくウィンドウを横目で見つつあきれたように文部は言う。
「その結果『作った人もよくわからない』基準で点数をつけてるんです」
「あちゃー」
「もう一つは悪用を防ぐためですね」
「悪用できるんだ」
「当たり前じゃないですか」
5Sが起動していく横で文部は続ける。
「広告ならまだ良いですよ、嘘を入れられない縛りが有りますから」
どこかからえーしー、という音がした気がした。
「政治家がこれ解析出来たらガチで信頼できないゲッペルス爆誕です」
「確かナチス・ドイツの誰かだっけ。うわあ」
「そういうわけで誰が持ってるかが厳重に管理されてます」
「良いのかそんなの夏休みの課題に使ってて」
「良いんじゃないですか。私も昨日まで存在忘れてましたし」
「厳重に管理とは」
「劇薬の管理なんてそんなもんです」
起動が終了し、ひらひらと動く文部の指に従うように別のウインドウ内の文章未満の塊がどんどん5S内のウインドウへ移動していく。
「こうやってがんばるくんで組み合わせをどんどん作って5Sに放り込みます。スコアの高かったものを抽出して戻してまた繋ぎます。5Sに放り込みます。以下その繰り返しを行うと」
「行うと」
「理論的には最終的にとてもエモい小説が出来ます」
「エモいとか使うんだ」
少しびっくりしたように高崎は返した。
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