マテリアル
* * *
翌日。高崎は中学と高校通学でだいぶボロくなった電動アシスト自転車で文部の家のあるマンションへ乗り付けていた。
「てかデカイなこのマンション」
いわゆるタワマンというやつだろうか。親はさぞかし金持ちなんだろうなあと高崎は漠然とした金持ち父さんイメージを浮かべていた。イメージ内の金持ち父さんの隣の文部は本を読んでいた。
「んでどうやって入るんだここ」
自動ドアの前に立っても当たり前のようにその自動ドアは開かず、文部はうかつにも(あるいはわざとかもしれないが)部屋番号を送ってなかったのでインターホンでも呼び出せない状況になっていた。
「そうだよID知ってんだからメッセ送ればいいんじゃん」
猫をディフォルメした画像のスタンプで『今来たにゃー』『開けてにゃー』の2つのスタンプを投下するとすぐ既読がつき、『今向かいます』といった平文がレスされた。
暫く待つと文部が自動ドアの向こうからやって来て、開かずの自動ドアが開門した。
「なんでインターホンしないんですか?」
「あんたが部屋番号送らなかったからだよこのやろう」
炎天下の中自転車を漕いできた高崎は水色のシャツの襟に汗をうっすらかいており、それに反して文部はなんともすずしげな装飾が襟元についた白い部屋着と思われる服を着ていた。
「んでなんなんこの家、モノポリーで三回くらい増資でもしたわけ?」
「親がこういうところでなければ一人暮らしさせないと言ってきたもので」
さらりと文部は言い放つ。
「(やはりブルジョアかこのやろう)」
「では行きましょう。頼んだものは全部持ってきてくれましたよね?」
* * *
「であたしの大量の学校のノートとか古いスマホやら現行スマホのメッセのログとかをどうするの?」
「そこから『過去に貴方が書いた文章と単語』の種類と頻度を全部抽出するんです」
難しそうなことをこともなげに文部は言った。
「さらに貴方のツイのIDも聞きまして、大量にあるツイログもふぁぼりつい含めて抽出済みです」
「……ネットストーカーかな?」
前にログを分析して住んでいる町や通っている学校を割り出すといった話は聞いたことがあり、高崎はなんとなく嫌な気分になった。
「目の前にいるのにそんなことしてもしょうがないじゃないですか」
文部は手慣れた動作でノートを裁断し、スキャンしつつ一方でPCからケーブルをスマホにタコ足配線しだした。
「これでよし。しばらくすればPC内の自作の意味論プログラムで自動的に貴方の文章の『遺伝子』が出来ますよ」
「私の文章の遺伝子ってなに」
「貴方がどのような単語を知っているか、どの単語をよく使うか、この単語のあとにはどのような単語を重ねるか、どのような接続詞をつかってどのように終わらせるか、といったまあ文章の癖ですね」
「……?」
文部はネットワークの状況を監視する手を止め、後ろに振り返る。
「......それにしても貴方語彙力無いですね......」
出力されていく一覧をざっと見た文部はジトッとした目であきれたように言った。
「JKのツイに語彙力期待されても」
やや開き直ったように高崎は言い放った。
「んで質問に答えてよ。私の文章の癖?が『遺伝子』ってのはどういうこと」
「先日申し上げた通り、文章は単語を単位とした意味のある情報連結です。ゆえに単語とその繋がりはいわば文章の『遺伝子』になります」
「……よくわからないけど、レゴで出来た工作を文章としたときレゴブロックが単語ってこと?」
「おー、呑み込みが早いですね。そうなんです。ならばそのレゴブロックのパーツの選び方、くっつけかたのクセがわかれば、『貴方っぽい文章』を自動的に量産できます」
「なんかすごいことをやろうとしてることは見当がつく」
情報量にいっぱいいっぱいになり、頭から煙が出そうになりつつも、高崎はなんとかついていった。
「ということを今の私のがんばるくんはやっておりまして、貴方っぽい文章の断片を作ってるところです」
「がんばるくんって?」
「私が作った、普段は遺伝意味論を走らせてるPCネットワークですね。協調して一つのスパコン並みの計算資源となっているので結構色々がんばってくれます」
「なんか呼び方かわいらしいな」
高崎はくすりと笑った。
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