エピローグ
五月一日。いつもと変わりのない。朝、七時五分。
「……………って遅刻だっ!」
そうだ。今日からはいつもと同じではダメだったんだ。
俺はベットから跳ね起き―――
「…………ふにゅ?」
れなかった。
おい、妹よ。俺の腹の上からどいてくれませんかね。
「………うにゅー」
だが、俺の家系は元来皆が朝に弱いらしく、舞もその例外でもない。俺もついこないだまではこんな時間に起き出そうとも思わなかったからな。
「おい、舞。どいてくれ」
「…………にゅ。にゅー」
ダメだ。完全にスリープモードに入ってやがる。
俺は仕方なく実力行使(舞をベッドの下に落とす)をして、ようやく束縛から解放され、
「やばいやばいっ!」
素早く冷蔵庫からパンをひっつかむと、冷えた水と共に掻き込む。
「……ぷはっ!」
くそっ! なんで今日に限って目覚まし時計の電池切れてんだよ!
「舞っ! 俺は学校に行ってくるからなっ! お前もちゃんと家帰れよっ!」
「…………ふぁーい」
寮を出ていく。汐織さんが俺に声をかけてくれたような気がしたが、最高速で学校へと急行している俺にとってその声は雑音でしかなくなってしまう。
学校に着いたのはその十分後、七時一八分のことだった。
「……バカッ!」
俺は霊道場に入ったとたん、前方から飛来する高速の物体の直撃を受け、地面にひれ伏す。
「遅刻よ遅刻! 朝練は七時からって言ったじゃない!」
俺の前に仁王立ちする香恋―――ではない、アイリだ。
「す、すまんすまん」
「あ、惟~。初日から遅刻ぅ? 根性あるわね」
さらに、その後ろからは霊道部部長閣下の渚さまもお見えになる。………あ、ヤベ。
「アンタ、霊道部に再入部するって決めたんでしょ? なら、しっかり来ないとダメよ。………まったく。体が弱いからアイリちゃんは朝練は要らないって言ったのにくるし……。元気ありあましてそうな元英霊使いさんは朝練に遅れるし………。はぁ」
手で頭を抱えて可愛そうな目で俺を見る渚。
そう、俺はあの後昨日霊道部に入部したのだった。渚に無理を言って、再入部させてもらったのだ。そして、アイリと沙羅ちゃんも同じく入部したのである。
「お、おはようございます」
噂をすれば影。沙羅ちゃんだ。
「おはよう。皆朝から元気いいね」
「アンタとは違ってね」
渚が横から水を入れてくる。……まあ、事実なんだろうがな。
「はいはい。分かりましたよ。さっさと練習始めりゃいいんでしょ」
「そうそう。じゃ、まずはアンタ。素振り千本ね」
「はっ。そんなの、ナギがやるわけないじゃん。まったく、これだから横暴な部長は困るぜ……」
「は? 素振りすんのはアンタだけだけど?」
「はぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声を出す俺。
な、何故俺が朝っぱらから素振り千本なんぞしなきゃならん。
「霊のことを知るなら、まずは同じ立場に立ってみないとね」
こいつ、部長だからってやたらと偉そうにしやがって……。
「じゃ、沙羅とアイリちゃんはあっちで達周りの練習しましょうか」
「おいっ! なんで沙羅ちゃんとアイリには優しいんだよ!」
「え? だって自分の妹とその友達じゃない」
「俺は友達には入んないのかよっ!」
突っ込みを入れる俺に、沙羅ちゃんとアイリ、その霊のクリス、香恋は傍で腹を抱えて笑っている。……あんたらいいよな。渚に優しくしてもらえて。俺はこれからずっと渚の尻に惹かれるのかよ。……前途多難だ。めちゃくちゃ前途多難だ。
「そう言えば、アンタって以外の女の子に囲まれてない?」
「はぁ?」
なにやら渚がへんなことを言い出す。
「うん。アンタ回り女子だらけじゃない。霊とかアタシ含めたら六人もいるのよ? うわー。こういうのなんて言うんだっけ? ハーレム状態?」
「ば、んなわけあるかよ!」
「……ずぅぼしぃ?」
渚はニタニタしながら俺の顔を下から覗き込んでくる。
「ま、わざと触れないようかもしれないけど、昨日アイリちゃんのファーストキス奪っちゃったこと気にしてる? ちゃんと?」
「な、な、渚っ!」
お、俺が絶対に触れたくなかった話題をっ!
アイリは口元を手でぬぐうと、真っ赤~になって、
「………そ、そうよ。昨日はあの雰囲気を邪魔したら悪いかな~、と思って言わなかったんだけどね………」
詰め寄ってくる。…………マズイ。
「あ、アイリ、あの場では仕方なくなっ……」
「言い訳無用! 乙女の初めてを勝手に奪うなんて最低っ!」
「ふぐっ!」
アイリの正拳突きが俺の腹部にクリティカルヒットする。
お、お前。霊になっても渚と同じ戦法で英霊になれるぞ、簡単に……。
「バカバカバカバカバカっ!」
真っ赤になって俺を殴り続けるアイリと、逃げ惑う俺を見て、他の皆はまんま面の笑みで笑いあっている。それが、今の俺たちの日常。
初雪、香恋。
アイリの霊であり、俺の元恋人。
ニンゲンと霊。決して、相容れなられない存在。結ばれてはいけない存在。
だから、俺はもう、この気持ちを、ずっとしまっておく。
彼女との記憶も、俺は、そこに置いておくのだろう。
あの、初雪の、校舎裏に。
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