第四章

 だがそんなやる気とは裏腹に、

「……具体的には、何をやればいいんだろうな………」

 霊研の活動、と言う物の実感がよくわかない。元々アイリが『何かをしたい』と言って始めた物なので、詳しい活動方針も活動日も何もかも決まっていないのだ。これじゃ放課後に友達同士集まって駄弁ってんのと変わりねぇ。

『……なあ、ナギ、なんかあるか?』

二十四日木曜日の古文の授業中。俺は特にノートも取ろうとせず、ナギに話しかける。

『……お前、授業聞く気ないのな?』

『………今更、って感じだよ』

『まだ遅くないと思うが?』

『…………かもな』

 でも、事実、俺は勉強と言う物に対して苦痛しか感じない。

『惟。お前もそろそろ将来のことについて考えろよ』

『将来、か……。悪いが、まだ全然うかばねぇ。……二年前に、俺の夢は消えたわけだし』

『………。そうか』

『まあ、今は将来の先行き不安なことより、眼前の霊研の問題だ』

『ああ。拙者に何かできることがあれば、言ってくれよ』

『………お前、意外と乗り気なのな』

『そうかもしれないな。拙者は生前の記憶がないし……人と、こんなふうに楽しく接することなんてなかったからな』

『それは俺への当てつけかよ』

 悪かったな。友達が寛治しかいなくて。

『それはそれで寛治に悪いと思うのだが………』

『………まあ、気にするな』

 そして、寛治もそんなことで気にする奴じゃない。まあ、あいつには俺以外の友達もいるみたいだが。霊道部関係や生徒会関係で。

『……はぁ』

 まったく。本当に、どうしたらいいものか。


 だが、幸か不幸か、その課題、当面の活動目的と言う者は、俺達が考えずとも、向こうからやって来た。いや、正直にいえばやってきてほしくない物がやってきてしまったんだが、文句は言えないかもしれん。

「ちぃーす」

 俺は掃除当番を終え(月曜から水曜日までサボっていたため、フワちゃんに一人でやらされた)、もう霊研部室として違和感を感じなくなった元図書準備室に入る。

 すると、そこには人がいた。

 アイリと沙羅ちゃんは当然。クリスと香恋がいたところまではよかったのだが、

「………あんたら、誰だ?」

 その二人プラス霊二人のほかに、三人の生徒がいた。

「誰だ、とは心外ですね、神楽惟君」

 その真ん中の、リーダーらしき男子生徒が、俺に口を開いた。上履きの色から察するに、おそらく俺と同じ、高二だろうか。

 上背は俺より小さいが、その小さいからだから放つ存在感が圧倒的だ。気を張ってないと思わず飲みこまれそうになる。

「……知らないから誰だって聞いてるんだよ」

 あまり好印象を持ちえないその出会いから、俺は少々ぶっきらぼうに返してみる。

「僕のことを知りません、か。僕は二年E組の日向繁(ひゅうが しげる)。この学校の高等部で生徒会長をしている」

 生徒会長さんが……こんなところに何の用だ?

 俺は少し威圧のために、

『……ナギ、頼む』

『……分かった』

 隣にナギを顕現させておく。これでも元英霊。少しは効果があるか………?

「……何の用だ?」

「何の用か、ですって? お分かりでしょうに、君も」

「………止めさせに来たのか?」

「ええ。こんな場所で、許可も取らずに、申請もせずにクラブを始められては、こちらとしても、生徒会としても困るのですよ」

「別に。クラブじゃねぇぜ。有志団体みたいなもんだ。んでもって、ここを使わせてもらってるってわけさ。そっちの副会長さん寛治もそういっていたが?」

「別に誰がどんな有志団体を作っても僕達生徒会には関係ありません。しかし、この図書準備室を使うことを誰か許可したのですか?」

「う………」

 すべては俺が独断で、「ここなら使える」と思って決めたこと。勿論最初はこのクラブなんぞ始める気にも入る気もなかったので、先生の了承も、生徒会への申請も行ってない。

「……別に、いいだろ。空いてるんだし」

「空いてると言われましてもねぇ…。しっかり申請はしていただかないと」

「………………」

「……………何か?」

 駄目だ、このタイプは。頭が固くて、何を言っても曲げないだろう。それでいて、言っていることが正論なのだ。

「じゃ、どうすりゃいいんだよ、俺達は。申請すればいいのか? それで認めてくれるのか?」

「今のままでは、駄目ですね。部員が三人しかおらず、あまつさえ活動目的さえ定かではないような胡散臭いクラブをこちらとしても認めるわけにはいきませんね」

 俺達をぐるりと見回して、そういう。

「……俺達は三人じゃな―――」

「霊を入れて、六人とでもいうのですか?」

「……………」

 それにしても、こいつは俺の霊、ナギを見ても物おじさえしねぇ。これでも神霊で、英霊クラスの力を持っているんだからな。

「……自分の霊が強いと、お思いですかな?」

 そんな俺の考えを見越してか、日向はそう問うて来た。

「正直。貴方のような霊はどこにだっていますよ。英霊くらい、この学校の霊道部には高等部だけで五、六人いますし、中等部にだって今年初めて中学三年生で英霊試験に合格した者がいます。………ええ、今年初めて、ですよ」

 まるで俺の過去をえぐるかのように、日向は笑いに顔をゆがめながら言う。

「神楽惟。霊の十六夜薙誾千代と共に二年前まで中学霊道部最強だった男。中学三年の時に、四月二九日付で英霊試験合格。しかし、翌日の暴力事件により、その英霊ランクはく奪。それ以来、出来の悪い不良生徒、危険因子として目をつけられている、と」

「………ああ、そうだよ」

 悪かったな。俺が危険因子で。

「こちらとしても、困るのですよ。貴方のような人が勝手に、気ままにクラブを始めてもらいますと」

「安心しろ。部長は俺じゃない。そこの白百合アイリだ」

「ほほう。アイリさんが部長でしたか………では、そこの部長さんとやら」

 日向は俺からアイリに矛先を変え、

「貴女、その体で部長が務まるとお思いですか?」

 いきなり、核心をついてきやがった。

「前の高校では、出席日数不足で単位をとれず高三に上がれなかった。……これでも、務まるというのですか?」

「……………」

 アイリは下唇を噛んで言い返すのをこらえている。目は潤んで、今にも泣き出しそうなようにもみえる。

 あいつは一見唯我独尊で他人のことなど我関しないように見えるが、それはそうなりたかっただけで、その実は凄く傷つきやすいのかもしれない。

「……まったく。困ったものですよ、貴方達には。……この、社会のクズ共めが……!」

「………あ?」

 俺達が、社会の屑だと?

「……テメェ、前言撤回しろ」

「何故ですか? 僕は本当のことを言ったまでですよ」

「俺はいい。確かに、不良で、要らない存在なのかもしれない。だが、アイリは、そこの白百合アイリは違う。例え自分に他人とのアドバンテージがあろうとも、精一杯やっていこうとしてるじゃねぇかよ」

 だから、日向。

 アイリを、クズなんていうんじゃねぇ。

「……分かりました、では、こういうのはいかがでしょう? ……貴方達が、我が霊媒者育成学園高等部が誇る霊道部と、勝負をするというのは?」

「……は? 勝負?」

「ええ。霊研と言うからには、霊の扱いに長けたクラブなのでしょう? それに、そちらは三人で、霊道の団体戦も、三対三です。ですから、それで我が霊道部と勝負と言うことでどうでしょうか?」

「………勝ったら、認めてくれるのかよ」

「はい。貴方達が勝てば、部の存続を認め―――いえ、正式に認可しましょう。この部屋を使い続けることも許可しますし、部員も三人のままで結構です。

 ですが―――。貴方達が負けたら、すぐにここからの立ち退きを要求します。これで、どうですか?」

 一見、ローリスクハイリターンのように見える。だって、俺達が失う物としては、部室くらいしかない。元々非公式の部活だから、生徒会に認めてもらいたいなどとは思わない。

 だが、それは、俺達と霊道部が張り合えるなら、の話だ。

 こんな作りたての、それも一人は中等部、一人は成りたての霊媒者のクラブが、プロの霊道部に霊道で勝てるわけがない。その力の差は、元霊道部部員である俺がよく知っている。

 しかし―――

「…………いいわよ」

 突然、沈黙を破り、誰かがそう言った。―――もちろん、アイリだ。

「かかってきなさいよ、アンタたち。返り討ちにしてあげるから。でもって、あたし達の凄さを思い知りなさい」

「ほう。では、取引成立ですね。………日時は、いつにしましょうか。貴方達も練習期間が必要でしょう。………来週の、水曜日とかがいかがですか?」

 来週水曜。

 四月最後の日。

 三十日。

 香恋の、二回忌だ。

「………いい」

 気づけば、俺が答えていた。

「その日で、いい」

「おやおや、貴方は部長ではないのでしょう? 貴方が勝手に決めてしまっていいのですか?」

「………アイリ」

「ええ。あたしは、文句ないわ」

「だ、そうだぞ。日向」

「では、分かりました。来週水曜日の放課後、霊道場でお待ちしております」

「あ、ちょっと待って!」

 去ろうとした日向を呼びとめるように、アイリが口を開く。

「……これは、生徒会からの勝負でしょ? だったら貴方達は出ないの?」

「ああ、そのことですか。どうぞ、ご心配なく。横の二人は出ませんが、僕は―――一応、霊道部部長も兼任していますので」

 …………………は?

 コイツが、霊道部部長?

「ええ。ですから、生徒会と貴方達霊研の勝負という構図は崩れていないはずでは?」

 ニッ、と胸糞悪い笑みを残し去っていく日向。隣の二人も後に続き部屋から出ていった。

「………………」

 ああ。

 どうやら、当面の目的はできたようだな。生徒会のあの野郎をぶっ潰すという。


 と言いつつも、

「………実際戦力差は明らかだよな……」

 日向達生徒会御一行様が立ち去った後、霊研部室(仮)。

「で、アイリ、なんか策あるのか?」

「ない」

「……即答っすね……」

 まあ、始めから期待していなかったが。

「アイリは勿論霊道の経験はないとして……沙羅ちゃんとクリスは?」

 俺は沙羅ちゃんとその霊クリスに尋ねる。

「……ない、です」

「私も、沙羅に憑依したのが初めてなので、ないですね」

 ふぅむ。と言うことはこの中で経験者は俺だけか……。

「……はあ、こういうの、ガラじゃないんだがな……」

 俺は一息ついて、横にナギを携えながら、他の部員四名に話しかける。

「とりあえず俺がお前たちにアドバイスできることはだな……まず、霊は基本的にできるだけ顕現させておけ」

「出来るだけ、顕現?」

「ああ。まず、霊とその霊媒者の信頼関係を深めることが大事だ。サッカーで、『まずはボール友達になろう』つーのとおんなじ考え方だな。だから、授業中とかいう無理な時間はともかく、部活中、登下校中、家にいる間くらいは出しとけ。

 特に、アイリはな。沙羅ちゃんはもう結構信頼関係を築けているみたいだが、アイリはまだまだだろう。香恋の記憶も戻っていないし。けれど、例え記憶がなくても、信頼関係を築くことはできる。……俺とナギのようにな」

「OK!」

「は、はい!」

 アイリと香恋が力強く返事をする。

 まあ、この訓練にはもう一つ意味があって、それは霊の顕現できる範囲は憑依している霊媒者とその霊の信頼関係によって決まるということだ。無論、霊自身の力や、霊媒者の霊を扱う能力などによっても差がつくが、最も効率よく範囲を上げる方法は信頼し合うことである。

 俺はナギをこの学校の敷地ないくらいだったら自由に歩かせることができる、と言うわけだ。……まあ、そんなことさせたことはないんだけどな。

 おそらく、アイリは今この部室周辺が精一杯だろう。霊道をするのに枷はないが、もう少し余裕がほしいところだ。沙羅ちゃんはいかほどかは知らないが、おそらく校舎一つ分くらいなら自由にさせられるだろう。あの信頼度なら。

「で、後は戦法だが………」

 ちなみに、今回の霊道の団体戦のルールは簡単。お互い三人がエントリーし、相手の三人友を倒せば勝ち。しかし、途中交代は認められない。相手の組み合わせを読み、こちらの先鋒、中堅、大将を誰にするかが重要だ。

「ケド、相手が読めないからな……」

 日向の実力はいか程か。他の二人は誰が出るか、など。

「相手が分からなければ、対策の立てようがない」

 いくらこちらには元英霊のナギとその使い手の俺がいるとは言え、三人、それも霊道部のレギュラーを倒しきることはできない。

「………あのー」

 そんな時だった。沙羅ちゃんがおずおずと手を小さい体の上まであげたのだ。

「……だったら、直接行けばいいんじゃないでしょうか?」

「……直接って……霊道部にか?」

「はい」

「…………」

 沙羅ちゃん、見かけによらず大胆なんだな……。

「い、いえ! 違います。……でも」

「でも?」


「……で、でも、実は、霊道部の部長って、私の姉なんです!」


 ほー。

 そうなのかー。

 だったら都合いいなー。

「「って待て!」」

 アイリと二人、豪快に突っ込む。

「アンタさっきの日向とかいうのが姉だっていうの!?」

「あいつ、実は女だったのか!」

「い、いえ、違います。……あぁ、と、……ええ、ぅぅ……」

 どうも、沙羅ちゃんの説明は歯切れがなく、要領を得ない。

「……では、この子の言うとおり直接行けばいいのでは?」

 と見かねたクリスがそう口を開いた。

「拙者も同感だ。……戦うべき相手を見ておきたい。それに、こちらの手の内を知られているのに向こうの手の内を知らないというのはいささか不公平であろう」

 ナギもそうだそうだ、と言わんばかりに首を振る。

 アイリは、俺達をぐるりと見回した後、

「………じゃ、行く?」

 と気さくに俺達に声をかけた。

 勿論。

 誰も拒否の言葉なんて発しねぇぜ。部長さん。

 俺は徐々に、ここに居ることが楽しくなってきていた。―――もともと俺は、不良でなければ割とおせっかいだったのかもしれないな。

 霊道場は、霊媒者育成学園の高等部と中等部の丁度間にある。高等部と中等部兼任で霊道は活動をしており、初等部は四年生から霊道部はあり、中高等部の練習がない火曜日に練習をしている。俺も初等部から霊道部の練習に参加しており、中三で止めるまでは部内最強レベルだった。

「………ここ、か」

 もう二年ぶりになるのか、この前に立つのは。たった二年なのに、前ならば何回か通って来たはずなのに、とても懐かしく思える。

 思い出すのは、昔の、俺の霊道部への執着心。

「…………ふう」

 心を整えるため、一度深呼吸してから、

「入るか」

 霊道部の扉を、開ける。

 大丈夫。一人じゃないさ。今は俺達六人で、霊研として、来ているんだ。何も、不安を感じることはない。

 そう言い聞かせ、霊道場の中へ入る。

 中の様子は二年前と全く変わっていなかった。はたから見れば、柔道場と見間違えるかもしれない、だがそれにしては少し大規模な部屋。畳が敷かれており、二階には観覧席までついている。

 そこで、中等部から高等部までの霊道をたずさむ霊媒者たちが自分達の霊を使って、各々、色々な練習をしていた。模擬戦をする者、刀で素振りをする霊、フットワークをよくして敵の攻撃を避ける練習………。

 その様子に、俺は少し懐かしさと、心地よさを覚えていた。

 昔の自分の居場所で、将来の夢であり、希望でもあった場所。

 自分も、昔はこうやってナギと一心同体で練習して、文字通り全身全霊を注いで、汗を流せていたのだなぁ……。

 っと。

 今は感慨にふけっている場合ではない。敵状視察だ敵状視察。

「………大将さんはどこにいるかな」

 と思い、日向の姿を探す。だが、彼の姿はどこにも見当たらなかった。生徒会の仕事をしているのだろう。だとしたらいなくて当然である。

 では、今この霊道部員達を指導しているのは誰なのか……。

 霊道場を見渡してみると、

「…………?」

 一人だけ、皆とは違う位置にいて、指揮のようなものをとっている女子生徒がいた。………いや、女子生徒と言っていいのだろうか、と俺は思う。何故なら、あれは霊だからだ。

 ナギやアイリ、沙羅ちゃんといった他の面々も気づいたようで、示し合わせることもなく、その女子生徒の霊に歩を進める。

 やがて、向こうもこちらに気付き、こちらの方を向く。その目に猜疑心や敵対新は鳴く、むしろ、やっぱり来たか、といったような感じ。

「……あの、お前はここの霊道部で指導を―――」

 しているのか、と聞こうとしたところを、

「あら、沙羅じゃない! どうしたの、わざわざこんなとこまで」

 その女子生徒に遮られた。

 ………こいつは沙羅ちゃんと知り合いなのか?

 と俺が思った直後、沙羅ちゃんの口から衝撃の事実が告げられた。

「……うんっ。ちょっと、今日は霊道部に用があって……お姉ちゃん」

 お姉……ちゃん?

 今、沙羅ちゃんはコイツのことをお姉ちゃんと言ったのか?

「何よ、惟。アンタあたしの顔も忘れたの?」

 しかも、俺のことのご存じと伺える。

 あたしの顔も忘れたの、と言われたので、俺はその女子生徒の顔をじっくりと見てみる。

 基本的な顔の構成パーツは沙羅ちゃんと同じでも、どことなくきりっとした目で、しっかりとした性格の印象を持てる。綺麗な髪は長く腰までなびいており………。

 ………………。

 ………あ。

「お前、渚か!」

「……はぁ。ようやく思い出したのね」

 そうだ、そうだった。こいつの名は、夙川、渚。夙川、という名字の時点で気付くべきだったのだ、沙羅ちゃんと渚の関係性を。二年前からまったく合っていなかったため、すっかり忘れていた。確か、妹がいるって言ってた気がする。沙羅ちゃんのことだったのか。

 ちなみにこの夙川渚は俺が初等部に転入した時から中二まで五年間同じクラスであり、俺とよくつるんでいた友人でもあった。寛治と渚と俺で、昼休みんなんかも良く遊んだものだ。

 さらに、こいつは人間として、もと霊道部員であり、中等部のころは俺と寛治と渚の三人でよく『無双』なんて呼ばれた。事実、俺達にかなう者なんかいなかったのだがな。

 香恋の一件があったせいで、まったく会わなくなっていたので、一瞬顔が思い浮かばなかった。迂闊。逆に言えば、それほどその一件が俺に対して重くしめていたということだろう。

「……アンタ、あたしが生きていたら絶対グーで吹っ飛ばしてたわよ」

 ……今だけは、彼女が霊であることに感謝です。

「しかし、お前が霊になっていたとわな……」

 あえて、直接的に、何故死んだんだ、とは聞かなかったけれども、渚はそれを察したのか、

「あはははは……。ちょっと、去年、交通事故で、ね」

 去年……と言うことは高一の時に事故にあって………。

 渚はそれ以上語ろうとはせず、

「ま、そういうことよ。気にしないで接してよね。……べ、別にアンタと話したいわけじゃないんだけどさ」

 こいつはこいつで俺が学校に来なくなったから寂しかったのであろうか。

「そ、そんなわけないわよ!」

 そして、俺の心を読む技術もまだ兼ね備えているようです。

「……ったく、二年ぶりに再会したと思えば……ってあれ、そっち、もしかして香恋ちゃん?」

 アイリの横に立っていた香恋ちゃんにようやく気付いたのか、渚は香恋の方に向き直り、驚きの表情を見せた。

「え、生き、かえったの?」

「馬鹿言え。よく見てみろ、お前とおんなじで霊だ」

「え、ああ。そう。そう、よね。………ビックリした……」

 渚は胸をなでおろす。

「………あの、香恋ちゃん?」

「な、なんですか?」

 知らない人に話しかけられたようにビクッとする香恋。……いや、実際に今の香恋は知らないのか。渚は生前香恋とも俺つながりでよく話していたが。

 だから、俺はそっと渚に近づき、耳元で、

(……今の、香恋、記憶喪失中)

 と短くそっと呟く。

(え、あ、あぁ……。そう、ね。最初はそうよね)

 渚も納得してくれたようで、

「あ、なんでもないわよ、香恋ちゃん」

 なんとかうまくごまかせたようだ。

「……あー。で、アンタ達、何しに来たんだっけ?」

「敵状視察」

 本来ならば隠れてするつもりだったが、沙羅ちゃんの言うとおりこいつが部長であれば話は早い……ん?

「なあ、渚。あんたここの部長って言うけどさ、日向が部長じゃねぇのかよ」

「え、ああ。あたし、あいつに取り憑いてんのよ」

「あのいけすかない野郎にか?」

「いけすかないってね……まあ、あたしもあんま好きじゃないけど。名目上はあいつ、繁が部長だけど、実質取り仕切ってんのはあたしね。こう見えてもあたし、英霊なのよ?」

「え、そうなのか?」

「ふふ~ん。どう、見直した? アンタがまだ現役のときには実現できなかったけれどね、一応あれから生前に一度英霊使いになって、んでもって繁に憑依してから今度はあたし自身が英霊になったのよ。だから、経験としてはあたしが一番豊富かな」

 事実として、あの頃から俺とナギに匹敵するくらいの実力は持っていた。……模試戦に出るとしたら厄介な存在だ。

「……あのさ、渚。だったら日向に言ってくれないか、霊研を認めてくれないかって」

「つまり……それは、霊道勝負を避けたいということ?」

「ん。……まあ、そうだ」

「なら、断る」

「なんでだよっ!」

 渚ならわかってくれると思った俺が間違いだったのか……。

「何で、かねぇ。……相手がアンタだから?」

「理不尽すぎるわっ!」

「……元々ね、日向も別に本気であんた達が目障りなんじゃないわよ。ただ、無断で居座られると困るだけ。んでもって、あたしにとってはいい練習機会ってわけよ。繁とあたしの関係はほとんど利害一致だから。

 今までは似たような場合、相手との会談での平和的解決で済ませてきたけど……アンタ、だからねぇ」

「お前俺がどんだけ嫌いなんだよ……」

「べ、別に嫌いじゃないわよ。でも、あたし、アンタに一回も勝てたことないじゃない、霊道で。だから、そのリベンジよ、リベンジ」

「リベンジ、ねぇ」

「ええ。今回は、ナギに負けないわよ。しかも、戦うのはあたしだし」

「ああ。拙者も負ける気はしないな」

「……手がつけられねぇ分よけぇ性質悪くなってんじゃんかよ……」

「なんか言った?」

「いえ、何でもないです」

 そういや、俺は昔こいつに口げんかで一度も勝てたことがなかったな。

「……んで、アンタは逃げるの?」

「逃げる……?」

「ええ。霊道から、また逃げるの?」

「………」

「二年たっても、成長はなし、か。……まったく、子供よねぇ」

「………分かった」

 気づいたら、口を開いていた。

「分かった。戦おう、お前と!」

 乗せられたと気付いたのは、その0コンマ五秒後だった。

「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「………アンタ、馬鹿でしょ」

 ……反論できない。

「ま、元々の構図に戻っただけじゃない? 霊道部VS霊研って言う構図にさ。あたし的にはあたしVSアンタだけど」

「…………」

「勿論。条件もすべて今まで通り、アンタ達が負けたら部室は没収ね」

「……別に戦いたいだけなら条件なんて必要ねぇだろ……?」

「え? だってその方が面白いじゃない?」

 ……少年漫画の読み過ぎであると信じたい。

「あはは。ま、いいじゃないの。楽しんでやりましょ?」

 そっちが提示する条件のせいで俺達は気が気じゃないんだよ……。

 そんな俺達の気持ちもどこ吹く風、と言ってように、渚は、

「ああ、じゃ、自己紹介しましょ。お互い戦うもん同士として。

 ―――あたしは霊道部部長日向繁の霊、夙川渚」

 俺達に向かって改めて紹介を始める。

 こちらはアイリから順に、

「……霊研究部部長、白百合アイリ。こっちは霊の香恋ちゃん」

「香恋です。よろしくお願いします」

「沙羅です。……っていまさら説明することもないよね、お姉ちゃん」

「クリス・ローゼンベルク。……って私たちも毎日顔合わせているでしょうに」

「ナギだ。十六夜薙誾千代。……二年ぶりだが、これからも拙者達と仲よくしてくれればうれしい。同じ霊としても」

「……神楽惟。説明は、ま、野暮だよな」

 アイリ、香恋、沙羅ちゃん、クリス、ナギ、俺の順で自己紹介していく。つーか、このうち渚と実質初対面なのはアイリだけなのだから驚きだ。世間ってこんなに狭いんだな―、と感じる。

「そっち手の内明かしてくれたんだし、こっちも明かさないとねぇ」

 唇を少し釣り上げて、渚は後ろで霊の練習をしている人に呼び掛けた。

「……あー、ちょっと、来て頂戴―っ」

 すると、出てきたのは霊を横に携えた二人の生徒。

 そのうち一人は美系で整った顔をしており、イケメンと言って相応ない……

「……って寛治じゃねぇか」

 渚の横に並ぶように、須藤寛治がそこにいた。

 よくよく考えてみれば、寛治は中等部のころから俺や渚に匹敵する実力を持っていた、と言うことだから、霊道部でレギュラーに入っていてもおかしくはない。つーか、前にレギュラー入りしたって話聞いた気がする。

「あはは。この三人の中で一番弱いけどね」

 この三人、というのは寛治と渚とあと一人、寛治の隣にいた別の女子生徒を含めた霊道部の団体戦レギュラー三人のことだろう。

 その女子生徒は沙羅ちゃんと同じくらいの上背で、ショートカットの無機質そうな顔の少女だった。

「………」

 俺達の方をじっと見たまま、何も話さない。

「ほら、アンタも、ちゃんと自己紹介しなさい」

 渚にせっつかれて、ようやくその少女は口を―――

「―――副島希(ふくしま のぞみ)」

 ゆっくりと開いた。

 と言うか、最初は開いたことさえよくわからなかった。

 副島は表情一つ変えず、黙る。

「…………」

 沙羅ちゃんは恥ずかしがり屋であまりしゃべらない、と言った感じだったが、副島はなんというか、まったくしゃべらない、と言った感じだ。無機質で、感情がおまり表に出ないのだろうか。

「……ほら、希ちゃん、霊の紹介は?」

「―――顕現」

 渚に言われ、副島は一言だけ発すると、その体が光り、彼女の横に少女の霊を作りだした。

 俺が最初その霊を見たとき―――彼女を発見することができなかった。何故なら、その少女は、かなり身長が低かったからだ。沙羅ちゃんや副島、汐織さんも十分に低いが、それよりもさらに低い。小学六年生の平均よりかなり低いだろう。

 頭の上から伸びた二本のツインテールが印象的な、少女だった。

「……ちょっと、こいつの紹介はできないかしらね。隠し玉よ、隠し玉」

 俺は再び副島と、何故かニヤニヤ笑っているその霊を見る。何も変わったところはないと思うが……何か、特殊な能力でも持っているのだろうか。

「この希ちゃん、こう見えてもう英霊使いなのよ」

「………え?」

 俺は驚きの言葉をあげてしまう。だって、副島はどう見ても中等部、それも一年か二年に見えたからだ。

「中等部三年なんだけどね。先月の春の昇格試験で、英霊使いになったのよ。それに、この子の霊もナギと同じ、神霊だし。今霊道部の一番のホープだわ」

 日向の言っていた、俺より早く英霊使いになった人とは、この福島のことなのだろう。だとしたら、かなりのやり手であることは間違いない。

「……ふふっ。アンタがいない間に霊道部の後輩も育ってきてるのよ、ちゃんと」

「………そうかい」

 渚はさも嬉しそうに、副島達のことを誇らしげに語る。実際に、自分の後輩が育ってきて心から嬉しいのだろう。だって、自分はもう霊道の司令をする立場ではなく、自分で戦う立場なのだから。

「……なあ、惟」

 そんなことを俺が考えていると、寛治が俺に話しかけてきた。

「……僕の紹介、しなくていいの?」

「お前はもうわかっている。別にいまさらわざわざしてくれんでも構わん」

「いや、それはそれで僕ももやもやするんだけど………」

「…………じゃ、早く紹介しろよ」

 寛治ははぁ、とため息をついたのち、

「僕は須藤寛治。レギュラーの最後の一人だ。……で」

 寛治も副島と同じく、横に霊を出現させる。

 俺からしてみれば、もう見慣れた霊だった。堀の深い顔、鋭い目、高い身長。私は戦闘系です、と一目見ればわかるような印象を抱く。

「……俺は、鳳大鵬(おおとり たいほう)。見ての通り……」

 そう言って、大鵬は右手に三メートルはあるかと言う大槍を出現させた。

「槍使いの、英霊だ」

 寛治と大鵬コンビの攻撃は正確無比で、鋭い突きを隙あらば、と入れてくる。リーチも長く、あまり使い手のいない武器なので、対応するまでが難しい。

「もう惟とナギには俺達の実力は知られているしな、隠しても問題ないだろう?」

 大鵬にそう尋ねられ、俺はうん、とうなずく。

「……じゃ、これで双方の紹介は終わったかしら? じゃ惟。三十日の再戦、楽しみにしているわ」

「ああ。……それが俺達にとって勝利をもたらすものだと信じて、な」

「ふふっ。昔のあたしの今のあたしは違うのよ? 返り討ちにさせてやるわ」

 そう、売り言葉に買い言葉を交わして、俺達は霊道場を後にした。

 口では渚にああ言っているものの、俺も渚も昔のライバルと合いまみえる事を楽しみにしていた。

 霊道場から部室に戻る。

「……さて、相手の実力もある程度はかれたことだし、作戦だな」

 俺がそう他の五人に声をかけると、

「作戦、ねぇ。でも、実際の所、今の偵察程度じゃ何も分からなかったんじゃないの?」

 とアイリが俺に聞いてきた。

「……何も分からない、ね」

 普通の霊媒者なら、霊道部員なら、今の偵察程度じゃほとんどわからないだろう。だが、生憎、

「俺は、腐っても元英霊使い何でね」

 ある程度、読める。

「まず。オーダーだ。おそらく、先鋒はおそらく寛治&大鵬。中堅は副島。大将は日向&渚だろう」

 これくらいなら、俺は自信を持って言い切れる。

「根拠は?」

 手を振って、アイリが聞いてくる。

「寛治と大鵬は、堅実に安定して勝ちに来るタイプだ。ある程度相手のタイプが違っても対応できる、万能タイプだからな。んでもって、渚は性格上、大将に着くはずだ。トリで構えて痛いだろうから。すると、残りは副島が中堅と言うことになる」

「……副島が大将になる可能性は?」

 そう。それが一番の問題なのだ。副島希が、いかほどの実力を持っているのか。

「……多分、それは大丈夫。英霊になったのは先月。年季でいえば、渚の方が長いし。あいつは負けず嫌いだ。……間違いなく、大将で来る」

 それが、俺が初等部の時から何年も組んできた、霊道のパートナーとしても確信だ。

「……そう。じゃ、作戦はアンタに任せていいのね」

「ああ」

「………ったく、アンタ、意外と乗り気じゃない。あんだけ霊道嫌ってたのに」

 ………まあ、今でも好きという気持ちはねぇ、と言うか、取り戻せないと思っている。だが、もう、逃げるのはやめだ。

 俺は香恋を見る。

 今度こそは香恋を、アイリを、沙羅ちゃんを、守らなければいけない。この場所を、守らなければならない。それが、俺の、責任だ。

「で、あたし達は、何をすればいいの?」

「え?」

 そうアイリに問われ俺は思わず素っ頓狂に返してしまう。てっきりもうちょっと自分にもいろいろ考えさせろ、とか言うと思ったからだ。

「餅は餅屋よ、惟。霊道の専門はアンタなんだから、アンタに任せるわ、全部」

「……はっ、期待大だな、俺」

「ええ。その期待にこたえて、しっかりやりなさいよ!」

 ああ。分かっている。口に出さないでも、な。

「……とりあえず今日は、もう下校時間も迫っているし、帰ろう」

「え? いいの、練習とかは?」

「それは、明日からでいい」

 と言ってももう試合まで一週間切ってるんだよな……。

 かといって、今からやみくもに練習しても効果は薄いことは分かり切っていた。それに、俺も対策を立てたいし。

 この日は途中まで、沙羅ちゃん達とそろって、六人で下校した。

 翌日金曜日。放課後。俺達はいつものように部室に集まっていた。もうこの状況がいいつも、になってしまったことを、俺は少し嬉しく想う。……最初はあれだけ嫌がっていたのにな、俺も。何とも皮肉な話だ。

「……で、惟。ちゃんと作戦まとまったんでしょうね」

「はいはい。部長様。言われんでもばっちり、さ」

 アイリは無言で親指を立てる。

「で、今日まず伝えることは、こちらのオーダーだ。まず、先鋒、沙羅ちゃんとクリス」

「え、え、私、ですか?」

「……私達が一番、と言うことには何か根拠が?」

「ああ。寛治と大鵬を、お前達に倒してほしい」

「わ、私にできるんでしょうか……」

 沙羅ちゃんはさも不安そうに、俺に聞いてくる。

「俺とナギは寛治と大鵬の動きを熟知しているし、その弱点も知っている。だから、それを沙羅ちゃんとクリスに教えて、勝ってきてもらいたい。あいつ等に」

「お、大仕事ですね」

「沙羅、しっかりしなさい。私達が負ければその分惟に迷惑かけるのよ」

「……は、はひぃ」

 気の抜けた返事をしているが、まあどうにかなるだろう。と言うか、どうにかするしかない。

「中堅。アイリと香恋」

「あたしたち、ね。やっぱり。理由は?」

「…………」

 やはり、率直に言わなければならないのだろうか。

 俺がどうするべきか、言うべきか言わざるべきか決めあぐねていると、

「…………実力、不足よね」

 アイリが先に口を開いた。

「……ああ。正直。まだ霊を宿してすぐのアイリと香恋じゃ、霊道部レギュラー陣に歯が立たないと思う」

「……………」

「でも、な。勿論二人にはやってもらうことがある」

「え?」

 それはだな……

「あの、副島の霊の実力を測ることだ。アイリ達にどうにか頑張ってもらって、時間を稼いで、そのうちに俺が彼女の対策を練る。おそらく彼女に勝つためには、それをしないと俺が負けてしまうだろう」

「………分かったわ。あたしも、大仕事ね」

「ああ。アイリがいないと、俺達は勝てない」

「……ふふっ、随分、持ち上げるのね」

「いや、本音だ」

 三人、ベストを尽くさないと、とてもではないが勝てない。それに、それでも勝てるかどうか……。

「……え、………ぁ、うん……」

 アイリは何故か顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。……何かそそうなこと言ったか? 俺にはあまり女心と言う物は分からない………。

 まあ、それはいいとして……、

「大将は、俺と、ナギだ」

「拙者がこの中では一番強いからな」

 俺の隣にいるナギも、うんうん、とうなずく。

「今回、勝負に勝てるかどうかの一番の鍵は、俺とナギが副島と日向渚コンビに勝てるかどうかにかかっている」

「拙者も二年間霊道から離れていたしな……正直、勝てるかは分からない」

「だが、俺達としては、全力を尽くすつもりだ」

 と言って、俺とナギで、決意表明をする。

 絶対に負けられない、守るための、戦いへの宣布を。

「……アンタ、少し肩の荷、入れ過ぎじゃない? 一人で抱え込みすぎなんじゃないの?」

「そうは言ってもな、アイリ……」

「いいえ。そうよ、アンタは背負いすぎよ。もうちょっと力抜きなさい」

「………ああ、そうだな。………でも、こういうときくらい力入れたっていいだろ?」

「当然よ。でも、……入れ過ぎはよくないわよ。だって」

 その後に、アイリはこう続けた。


「だって、あたし達がいるじゃない」


 アイリが、香恋が、沙羅ちゃんが、クリスが、ナギが、そして、

俺がいる。

 六人、いる。

「………そう、だな」

 まるで、昔の俺達……渚と俺と寛治のようだった。仲間と共に、何かに猪突猛進とも見られる勢いで、進んで行った昔の俺達。ようやく思い出してきた、昔の記憶。

「………まー、負ける気はしないわ」

 そのうち二人が、例え敵だとしても。

 俺は負ける気がしなかった。

「じゃ、練習始めようか」

 まず指導を始めるのはアイリと香恋。こいつらには霊道のルールと言うものを知ってもらう必要がある。沙羅ちゃんとクリスには一応基本の確認を兼ねて、みてもらっている。霊の授業とかで少なからずやっているはずだからな。

「じゃ、大まかなルールを説明する。霊道は、一対一でおこなう競技で、霊を使う剣道みたいなもの、と言うと一番近い。相手の体の有効部位―――これは腹とか頭とか、色々あるが、足の末端とか以外はあらかた有効部位と思っていい―――にこちらの武器を当てれば勝利。簡単に言うと、そうだ。

 武器は日本高校霊道協会によって指定されている物を使用する。けれど、霊は生前に触ったことのあるものしか出現させることができないから注意が必要だ。ちなみに俺のナギの場合は薙刀。滅多に使い手がいないけどな。後、ルールとして、片手に一づつしか武器を持ってはいけないことになっている。だけどまあ、両手で一つ持つのがセオリーだ。特に、アイリと香恋みたいな初心者はそれをするべきではない。

 武器の種類には色々あって、ナイフ、日本刀、鉄球―――」

 と、俺が武器の数々を説明していると、香恋がビクッと体を震わせた。

「ああ。大丈夫だよ香恋。霊同士の攻撃は当たらないから。ただ、その武器が霊の体に重なったかどうかを審判が判定するだけ。霊は痛みを感じないし、そもそも実態を持たないから、恐れなくてもいい」

 と俺が説明すると、香恋はどうにか心を落ち着けてくれたようだ。

 だが、まあだからこそその力を持ったまま人間と同一できる同調顕現はかなり規制が厳しいのだがな。

「まあ、武器の種類はそんな感じだ。香恋には恐らく扱いやすい刀を使ってもらうことになると思う。模造刀でも、当たれば問題ないから、切れ味は関係ない。香恋、模造でも何でもいいから刀に触ったことは……って記憶がなかったんだな」

「はぁ、……すみません」

「ま、とりあえず刀を思い浮かべてみて」

「え、あ、はい。……こうですかね」

 すると、香恋の手に、刀が出現した。剣道場にでも置いてそうな木刀だったが、振り回す分には問題ない。もしこれでバルーン制の刀でも出てきたらどうしようかと思ってが、そんな心配はどうやら杞憂だったようだ。

 これで、香恋の武器問題は解決っと……。ちなみに、武器なのだが、数は少ないが遠距離武器と言う物もある。弓とか、そんな奴だ。マシンガンとかアサルトライフルとかの武器は強すぎるので認められてはいないが、確か拳銃であれば携行可能だったと思う。装填や撃鉄に時間がかかるので、接近戦が主な霊道ではめったに使われないけどな。俺もそんな敵は戦ったことがない。

 まあ、武器についてはこれくらいにしておいて、次に移るとしよう。

「団体戦は、相手を先鋒、中堅、大将の順に破っていき、すべて倒したら勝ちだ。途中交代は認められない……って日向が言っていたな。

 ルール説明はこの辺にして、基本的な動きを練習する。まず、アイリ」

「は、はいっ!」

 まるで先生に当てられたかのように手を挙げるアイリ。

「……気合十分だな」

「はっ! 気合い十分であります! 軍曹!」

 アイリの中ではむしろ兵隊の訓練だったようだ。。

「アイリは大まかな指示を香恋に出してやればいい。大きな作戦としては、『よけるのをまず一番に』とか『とにかく攻撃して』とかいう風なものだな」

「『みんなでいっしょに』とか、『かいふくいちばん』とか?」

 ……それはとあるRPGになってないか……?

「……ま、そんな感じだ」

 自分の中ではかなり譲歩して、だが。

「細かい指示としては、『右によけて』とか『上に攻撃して』とか。その場その場での判断力が重要になるからかなり難しい。ナギなんかはそんな指示しなくても勝手に攻撃して避けてくれるから、俺は補助の指示を出してる。『後ろから来てるから上によけて』とか、『何か来るから距離をとって』とか。大まかな指示は出すけどね」

「ああ。拙者も自分の判断と同じくらいに、惟の判断を尊重している」

「はいっ、軍曹! 質問です!」

「………何かな、アイリ大佐」

「はっ、あのですね……ってなんで軍曹が大佐から質問されてんのよ! 普通逆でしょ!」

「……そもそも俺は軍曹と言う前提に不服があるんだが……」

「まあいいわよ。で、質問なんだけど。その二つの指示が別々になることはないわけ?」

 俺はその質問に、ナギと顔を見合わせ、

「……俺達の場合は、あまりない、かな。これは霊と霊媒者の信頼関係が試されているけれど、俺とナギほどん信頼し合っていれば、熟練していれば、指示と行動がべつつになることはない。ただ、それでももし違う場合があれば、それは霊が自分で判断しなければならない。……まあ、結局どっちの指示が正しかったのかは後になってみないとわからないと思うけど、ね」

「……ふ~ん。分かった? 香恋ちゃん?」

「え、ええ。……が、頑張ります!」

 手を胸の前で合わせて、気合を入れる(?)香恋。

「……じゃ、とりあえずやってみなよ、アイリ」

「え、うん。………いけっ、攻撃よ、香恋ちゃん!」

「は、はいっ!」

 アイリの指示にこたえ、力弱く木刀を振り下ろす香恋。

 ………………………………うん。

 とりあえず及第点が軽く十個以上見つかったよ。

「……あー。アイリ。指示はトランスを介して出した方がいいぞ」

「トランスを介して?」

「ああ。顕現したといっても、まだ意識の奥底はトランス状態を介して共有しているからな。普段顕現していない時に、声に出さずに霊に話しかけるように、指示をすればいいんだ」

「………テレパシーみたいなもん?」

「広く言えば、そんなもんだ」

「分かった」

 アイリはもう一度、そういうと、

「んっ」

 と顔をゆがました。

「やっ!」

 それと共に、香恋は刀を振り下ろす。おそらく、アイリは頭の中で香恋に話しかけたのだろう。

「……あらかたそれでOKだが……表情に出さないようにしような。指示したのがばれると色々厄介だから」

「え、あ、ゴメン。……難しいわね、霊道って」

 ……今頃気づいたのかよ。と言うか、俺だって英霊レベルにたどり着くまでにはナギの元々も実力がいくらすごくても五年かかったんだから、急造でなんとかなるものではない。

「……まあ、アイリ。とりあえず今はそういうふうに意志を確かめあって攻撃する練習をしてくれ。大事なのは、立ち止まらないこと。狙われるからな」

「OK。ま、みてなさいよ。めちゃくちゃ強くなってやるんだから!」

 ……その意気込みだけはいいんだけどな……。

 香恋が刀を今度は横に振りはらう。

 ……表情からして、バレバレなんだよな……。

 まあ、基本はとりあえず何とかなるだろう。次は………

「沙羅ちゃん、クリス。じゃあ、練習しようか」

「は、はいっ!」

「ええ。始めましょう」

 二人とも、威勢のいい返事。沙羅ちゃんは動きやすさを優先させるためか、何故か体操服を着ていた。制服ではないせいか、普段よりも小さく見え、とてもかわいらしい。

「沙羅ちゃん達にやってもらうことは、ズバリ、寛治&大鵬コンビの撃破。相手の三人に勝つ上で、君達の撃破が重要になってくる。失敗すると、おそらくその後が辛い。だから、頑張ってもらえるか?」

「は、はいっ!」

「OK。じゃ、まず、霊道はある程度はできるよね?」

「はい。授業でいくらかやりましたので、基本的な動きなどはできます」

「実力はどんな感じだ? 客観的でいいから」

「……わ、私は全然ですぅ。指示もうまく出せなくて……。でも、クリスは、結構強いんですよ?」

「そうなのか?」

「……ん、まあ。生前は少し護身術などもたしなんでいましたので、ある程度の立ち回りは。でも、だからと言って霊道が強いというわけではないですわ。前回の学内霊道大会でも三回戦敗退でしたから」

 この学校では一年に二回、球技大会のような形で霊道大会が行われている。

 だが、三回戦敗退、ね。正直貴族のお嬢様、と言うから運動など何もできなくて、戦力も絶望的、と言うのを恐れていたのだが、その心配はなさそうだ。

「……だったら、見込みはあるぞ、クリス。寛治相手だけなら、なんとかなるかもしれない」

「……私が、ですか?」

「ああ。じゃ、寛治の戦闘スタイルについて、少し説明しておこう」

 あいつが霊道に入ってきて四年。その四年間を隣で過ごしたのは俺だ。

「あいつの霊、大鵬が使うのは槍。長さは三メートルくらいだ。盾は使わない。完全な攻撃型のランサーだな。

 その攻撃は特に重量があるわけでもないが、とにかく正確で、そして早い。特別な技などないが、初心者くらいだったら簡単に倒せる。完全な実力派で英霊使いになったやつだ」

「……そ、そんな人に私達は勝てるのでしょうか……」

「勝てるか、じゃないわよ、沙羅。勝たなきゃいけないのよ」

「うぅ………」

「………沙羅ちゃん、無理はしなくていいんだぞ。この勝負だって実際は俺と渚の因縁の対決みたいなもんだから」

「で、でもっ! 部室がなくなっちゃうのは、この六人の居場所がなくなっちゃうのは嫌です!」

「………そうか」

 沙羅ちゃんなら、大丈夫、なのかもな。と言うか、彼女一人じゃ駄目かもしれないけど、彼女の足りない部分をクリスがうまくフォローしているのだろう。……だが、今更ながらだが、沙羅ちゃんと渚ってあんまり似てないよな。姉妹のはずなのに。おしとやかな妹に、勝気な姉、なんてな。

「で、その大鵬だが、弱点はある。それは、超接近戦に弱いことだ。槍と言う武器の特性上、懐に入り込まれると対処しようがない。寛治と大鵬もそれをよく理解してるから、なかなか入らせてくれないがな。

 でだ、クリス。アンタが使える武器の内で、いちばん超接近戦で使えるのはなんだと思う?」

 俺は一度言葉を切って、クリスにそう聞いてみる。俺としては、ここで短剣とかを出してもらえれば嬉しいのだが……そういったものに触ったことがあるだろうか、クリスは。護身術とかやってたって言うし、持ってそうではあるものの。

 だが、彼女が手の内に出現させたものはもっと違う物だった。

「…………………………………鎌?」

 そう、クリスが手に持っているのは、柄から刃が直角に出、さらにそれが内側にどんどん傾いてついている剣―――鎌だった。

 つーか、クリス。お前生前そんなもの触ったことあったのかよ……。

「べ、別に、興味本位で触ったことがあるだけですわ」

 可愛く言われても、手にしているのが禍々しい鎌だから全然和まない。

「ま、まあ、鎌はしっかり登録されているからな。霊道で使用する武器としては」

 しかし、鎌か………。

 これは、意外と使えるのではないか?

 寛治達もおそらく鎌使いを相手にした経験はないだろうし、その変則的な動きは始めは対処しにくい。

「…………いける」

 これならば、寛治を倒せるのではないか。俺にはその確信があった。

「クリス、鎌の扱いは?」

「一通り、できますわよ。むしろナイフとかの護身武器よりは得意かと」

「そうか……。じゃ、ちょっと練習してみるか?」

「………練習?」

「ああ。俺のナギが相手になる。……出来るよな、ナギ?」

「勿論。槍とは少し間合いが違うが、突きを出すこともできるしな。とりあえずはまずこれでよける訓練をし、徐々に間合いを詰めれるようにするのが得策であろう」

 ナギは胸を張って言う。

「では、時間もないし始めようか」


 さすがに部室では練習するのに狭すぎるので、俺とナギ、それに沙羅ちゃん達は中庭に来ていた。クリスとナギが相対しており、それをそれぞれ後ろから見守るように沙羅ちゃんと俺が付いている。

「……じゃ、始めようか」

 俺がそういうと、白拍子姿のナギは手に二メートル超(実際には柄の部分が六尺。刃が二尺あり、合わせて二四0センチほど)ほどの薙刀を携えた。薙刀にしては結構大きめの方だが、大薙刀と言うにはいささか長さが足りないかもしれない。刃は幅が広く反りが大きい『巴型』と呼ばれるものである。

『……ナギ、準備はいいか?』

『ああ。……二年間、霊道などしていなかったからな。腕が鳴る』

『今は一応クリス達の訓練だから、槍の動きで頼むぞ』

『うむ。出来るだけ頑張る』

 本来、ナギの使う薙刀は、その言葉通り、『薙ぐ』、つまり横に払うためのものである。槍のようにつくことはあまり得てとせず、間合いも違うため俺達の本当の練習にはならないのだ。

『……ナギ、GO!』

『了解!』

 俺がトランスを通じてナギに指令を出すと、ナギは高速でクリスに接近する。薙刀を槍の構え方で構え、穂先をクリスの頭に向け突進していく。

「くっ!」

 クリスはその攻撃を体を右にずらすことでよけ、

「はっ!」

 鎌を一閃、背中に向けて草を刈り取るように繰り出す。

『……ナギっ、後ろ!』

『承知している!』

 そのクリスの攻撃をナギは後方宙返りをすることでかわす。そして、

「あぅっ!」

 ナギの薙刀がクリスにヒットして、試合終了。

 沙羅ちゃんとクリスはその場にへたり込む。

「………だ、駄目でした」

 クリスは実際に痛みを受けたわけではないだろうけれど、薙刀を受けた部分をさすっている。

「動きは悪くなかった。最初の回避もなかなかのものだった。……ただ、攻撃の隙が少しありすぎるかな。当てるだけでいいから、もう少し小ぶりに降っても良いかもしれない」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、次はクリスの方から攻撃してくれ。大鵬は防御型だから今のナギように高速で攻め込んでくることはなかなかないと思うから」

「は、はい」

 俺はクリスに少しアドバイスをして、再度相対する。

 今度はクリスが鎌を持ってこちらに迫ってくる。足の速さも悪くないし、何よりぎこちなさを感じない。水が流れるように最善のルートをおそらく彼女自身が選んでやってくる。

 だが、だからこそ、読みやすい。

『ナギ。右だ』

 ナギはそのまま右にステップを繰り出す。槍使いはその槍の重心の位置により、素早く動けないことが多い。だからそれをカバーするように小刻みのステップで相手の攻撃を避ける。ナギも昔、大鵬のステップを打つ破るまでかなり時間がかかった。

「……はっ!」

 そして、右にステップをして鎌を避けたと同時にクリスに突きを繰り出す。

「………!」

 クリスはすんでの所でそれを回避したが、急だったため、体勢を崩してしまった。

『……ナギ。とどめだ』

 いくら練習とは言え、手を抜くわけにはいかない。実践では間違いなくブッ刺しに来るだろうし。

 だから、ナギは俺の指令を受けて突きを体勢の崩れたクリスに向けてはなった。

 だが。

「「………なっ!」」

 次の瞬間。俺とナギは絶句してしまう。何故なら、

「よけた……のか」

 クリスはナギの突きを身をかわして避けたのだ。

 あり得ない、と俺は思う。あの状況、体勢。絶対によけられなかったはずだ。ナギの攻撃に狂いはなかった。だが、クリスはよけた。

 そもそも、体制など崩れてはいなかったかのように。

「……どうしたのですか、神楽さんもナギさんも」

「いや………クリス。今お前どうやって避けた?」

「え? いや、少し体勢が崩れてしまいましたからね。立て直して避けただけですが何か?」

「立て直したって……」

 あの短時間でか? 普通あの体勢まで持って来られたら間違いなく倒れるだろうに!

「………そうか」

 すると、ナギが何か分かったというように、手を打つ。

「クリス。お前、もしかして体が柔らかかったりしないか?」

「え、ええ。まあ、人よりは柔らかい方だとは思いますけど」

「どうりでか……」

 そうか。そういうことか。

 ここにきて、ようやく俺もナギの言わんとしていることが理解できる。

 恐らく、クリスはめちゃくちゃバランス感覚がいいのだ。バランスボールで運動場を一周できるんじゃないか、と言うほど、いいのだろう。しかも、体が柔らかく、ある程度の体勢からだったら軽々と立て直せるのか。

 いやはや。クリスにそんな強みがあったとは。

「……お前、うまくいけば寛治と大鵬を出し抜けれるぞ」

「え、そ、そうなんですか?」

「ああ。……霊道をやめた俺が言うのもなんだが、訓練したらお前はきっといい霊道選手になるだろうな」

「そ、そんなほめなくても……」

 クリスは何故か頬を少し赤らめて手で顔を抑えている。

「…じゃ、クリスの特技もわかったし、訓練続けようか」

 結局その日は午後六時まで練習をして、解散した。



 学校から帰っきて、寮の俺の部屋。

「………で、アンタはどうするの?」

 アイリが俺のベッドに腰掛け、イスに座る俺に話しかけている。もはや俺の部屋にプライバシーの空間はないのですか。

「どうするって、どういうことだ?」

「だから、あたしの訓練も、沙羅ちゃんの訓練も付き合ってくれて、教えるのがうまいのもわかる。でも、アンタ自身はどうするのよ?」

 そう、なのである。

 まだ俺はナギと本来の俺達の戦い方で練習はしていない。クリスと戦っている時は色々試しながらだったし、何より槍の持ち方で薙刀を持っていたから話にならない。

「……私達によくしてくれるのはありがたいですけど、神楽さんは大丈夫なんですか?」

 と香恋もアイリの横で心配そうに口を開いてくれる。神楽さん、と呼ばれると少し心が痛いのだけれど、我慢しよう。

「俺、は……まあ、なんとかやるよ。朝学校に行く前に練習するとかさ」

「……体、持つの?」

「……これでも俺は男で、体力もある方だ。数日無理したって体壊さないさ」

「ふ~ん。……うらやましいわね」

 アイリがため息をつく。……なんて悲しそうな眼をしやがるんだ。

「や、いや、別にそういう意味で言ったんじゃないんだが」

「わかってるわよ、それくらい。アンタに悪気がないことも」

「……そうか、すまん」

「ああ。惟。お前はいつも空気を読まんからな」

「いつもってなんだよナギ」

 それはお前も一緒だと思うのだがなー。まあ、気にしない。

「とにかく、アイリ達は自分のことに集中してくれ。俺は自分のことは自分でやるさ」

「……信じて、いいのよね?」

「ああ。どーんとこいだ」

「「…………」」

 アイリと香恋はじとーっとした目で俺を見る。……俺、そんなに信用ないのか?

「だって不良だし。学校来ないし。停学になるし。遅刻多いし。態度悪いし。性格ねじれてるし」

「………そ、率直に言われると意外と傷つくな………」

「でも」

 アイリは少し照れた顔をこちらに浮かべ、


「あたしは、アンタみたいなやつ、嫌いじゃないわよ」


 満面の笑みで、言った。

「……そうかよ」

 俺は返す言葉も見つからず、少々ぶっきらぼうに返す。……照れ隠しだよ、悪いかっ!

「………惟。ちょっと顔近づけて」

「? ん」

アイリに顔を寄せるように頼まれ、俺はアイリの方に自分の顔を寄せる。

 と。

「…………(ゴィン)」

 アイリの額が、俺の額にぶつかった。それはヘッドロックのような強いものではなく、なんというか………優しく、触れるようなものだった。

「気合い、注入しといたわよ」

 アイリはそれだけを言うとそそくさと部屋を出ていってしまった。

 まったく。

 気易く男子の顔に近づくんじゃねーよ。尻軽だと思われるぞ。

 だけど、

 本音を言うと、結構嬉しかったりした。

 翌日。四月二六日土曜日。早朝六時。

「………はっ、はっ!」

 俺とナギは寮の外で朝の練習をしていた。

『……横っ! 縦! 右斜めからの袈裟!』

「……はっ!」

 俺の指示にこたえ、ナギは薙刀をふるう。風のヒュッと言う音と共に薙刀が上に、舌に、横に、斜めに、薙がれる。ナギは掛け声共に一撃一撃に気合を入れ、ふるっていく。白拍子を揺らすその姿はまるで踊りを踊っているような可憐さを持ち合わせると同時に、目標を両断する剣士の強い闘争心も持っていた。

「………はぁ、はぁ」

かといってナギだけが辛いわけではない。俺も様々な状況に備えるため、常に場所を変えて指示を飛ばす。玉のような汗が全身から流れているのを俺の肌は感じていた。張り付いたシャツが妙に気持ち悪ぇ。

「………ふぅ。ま、こんなもんだろうか、惟」

「ああ。二年間サボっていたにしては上出来だ、ナギ」

「……サボっていたわけじゃない。実は、拙者はこれでも一週間に一度くらいは勝手に顕現して薙刀をふるっていたのだぞ」

「…………マジで?」

「嘘を言っているように見えるか?」

 どうやら、本当のことのようだ。つーか、いくら霊媒者の強い拒否がない限り顕現できるとはいえな……。

 ナギは薙刀を手から消失させながら、口を開く。

「まあ、お前に迷惑をかけるわけでもなかったし。それにいつかお前がまた霊道に携わるかと思って、な」

「……結果オーライってか」

「ああ。……だが、惟も二年ぶりにしてはなかなかの指示の切れだったぞ」

「そうか。……けど、まだまだ、だろ」

「……副島殿の霊と、渚の実力が読めない以上、油断は禁物だ。なんせ拙者達にとってその二人を倒さない以上勝てないのだからな。それにそれもクリスと沙羅が大鵬と寛治に勝つという条件があってからだ。……依然としてこちらの不利は否めないだろう」

「まあ、そうだな」

「……なんだ? 余り心配していないようだが?」

「いや、勿論俺達のことは心配さ。だけど、沙羅ちゃんとクリスなら何とかなるだろうし、アイリと香恋も頑張ってくれれば副島の霊の実力もある程度はかれるってもんだろ?」

 俺は寮の庭のベンチに座り込むナギの隣に腰掛け、

「そうだが……。しかし、惟。拙者はてっきりお前は霊道などやる気がないと思っていたぞ。なのに、こんなに練習もして、努力して。……もしかして、もう一度霊道をやる気になったとか?」

 横を向いてナギの顔を見ながら、口を開く。鋭い、真正面から見たらたちまち射抜かれそうな眼を見て、だ。

「んなんじゃねーよ。でも、アイリや沙羅ちゃんを置いて、今更逃げるわけにもいかねーよ。一応、俺は霊研じゃ一番の実力者何だし」

「……まあ、な」

 そんなこんなで朝練を終えて俺達がベンチで座っていると、

「………ご苦労さん」

 寮の中から、一人の小柄な女性が出てきた。―――汐織さんだ。

「あっ、汐織さん。おはようっス」

「朝練、大変でしょう?」

 そう言って、彼女はペットボトルのスポーツ飲料とハンドタオルを差し出して。

「………ありがとうございます」

「ちゃんとタオルくらい用意してしなさい。……風邪ひいたら元も子もないんでしょ」

「…ええ」

 俺はありがたくそれらを受け取り、

 キュッ

 ペットボトルのふたを開け、ゴキュゴキュと飲み干す。左手でタオルを持ち、顔を拭く。「……でも、私はここの寮母をやっているうちに貴方のこんな姿が見れて嬉しいわね、ちょっと」

 そんな俺の様子を見てか、彼女はしみじみとこんなことを言った。

「はは。俺もこんなん柄じゃないんですが」

「でも、見つけたんでしょ、やりたいことを?」

「………まあ、今だけの仮目標ですけどね」

 日向と渚をブッ飛ばす、と言う。

「アイリに感謝、だね。惟ちゃん」

「…………え?」

「私はこう見えても寮母。貴方達の母親代わりです。子供達のことを理解できなくてどうするんですか」

「……じゃ、もしかして……」

 アイリをわざわざ隣室にやったのはアンタの仕業なのか?

「まさかここまでうまくいくとは思わなかったけどね」

 ペロッ、と舌を出してしてやったり、と言うようにほほ笑む汐織さん。

 ………ああ。

 この人は、本当に俺達の寮母なのだな、と俺は今更ながらそう感じた。……体がいくら小学生でも。

「……アイリの霊のこと、知ってたんですよね」

「まあ、入寮した時の書類に書いてあったしね。霊が香恋ちゃんだって」

「……そうっすか」

「で、まあ、私の目論見は大成功に終わったってわけよ」

「……まだ、終わってませんよ」

「……え?」

「次の霊道部との試合が、終わりです。だから今は、まだ………」

 俺はその先に言葉を続けることができず、下をうつむく。

 汐織さんは俺の頭に手をポンと置いて、

「……ま、頑張りなさい、少年」

「………言われなくても勿論です」

 笑って、俺にエールを送ってくれた。

 子供に子供扱いされちまったなぁ……俺。だけど、まあ、悪くはないもんだな。わりと。

 その日の授業はそれは散々なもので……と言うか、ずっと爆睡してた。朝練の影響であることはわかりきっているが、もう開き直っている。いーんだよ。元々授業なんて聞く気無かったし。

 正直に言うと、学校もサボりたかったんだが、そうするとうちの部長様―――アイリが黙ってはいないと思い、止めといた。

 そして、

 時間とは早くたつもので。

 もう、今は四月二九日火曜日。

 決戦の前日である。

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