第二章

事が起きたのは放課後のことであった。

「あんたっ、ちょっとあたしについてきなさいっ!」

 HRが終わると同時に、俺はアイリに首根っこをひっつかまれて無理矢理屋上へ。

「っ痛ぇな! 何すんだよ!」

 屋上の扉を閉め、誰もいないことを確認するかのように周りを見回した後、アイリはこっちを向いた。

 風が吹き、少し暖かくなってきた春の温度を感じる。

 アイリは何かを決心したかのようにゴクンと唾を飲み、風になびく髪をかきあげてから、

「あ、あんた、あたしに協力しなさい!」

 突然、俺にそう言ったのだ。

「……………………………………は?」

 こいつはいったい何を言っているんだ? 協力しなさい? なんでまたほぼ初対面のお前になんか協力せねばならん。疑問が頭を支配する。

「……よく意味が分からんのだが……?」

 コイツの頭のネジは二、三本飛んでんじゃねぇのか……?

「何よ、アンタ失礼なこと考えてんじゃないでしょうね?」

 よくわかったな。

「……それはいいとして、お前、何を始める気なんだよ」

「ん。そうね……あたし、霊を使って何かやりたいのよ」

「はぁ………」

 何か、ね……漠然としすぎている。

「……ま、内容はまったく決まってないけど、何かしたいのよ!」

 ………。アホだコイツ。

 どうやら、せっかく霊とかいうおもしろいものをもったので、何かしたかったらしい。あんたは新しいおもちゃを発見した子供か。一人で『世界を大いに盛り上げるための白百合アイリの団』とかでも作ってろ。

「……付き合ってられねぇ」

 だが、俺を巻き込むな。そう思う。

「ちょっと! もう少しは人の話聞きなさいよ」

「聞くまでもねぇと思うが……。つーか、何で俺なんだよ」

「だってヒマそうだったから」

 ………そーかよ。そんなに俺が暇そうに見えたかよ。

「事実、そうでしょ? 顔に書いてあるわ」

 否定できない。

「それに、やっぱりアンタどこかで会った気がすんのよねぇ……」

「気のせいだ。つーか、気のせいと言うことにしといてくれ」

 その方が俺も都合がいい。

「何よ。連れないわねぇ」

 当たり前だ。無理矢理屋上に連れて来られて半カツアゲ状態。これを喜ぶ奴は極度のマゾであろう。俺にその気質はねぇよ。なんで俺こんなのに絡まれてんのかな。

「アイリ」

「はぁ? いつあたしの名前を下で呼んでいいって言ったよ?」

「じゃ白百合さん」

「う~ん………やっぱアイリでいいわ」

 どっちだよ。

「お前、霊でなんかしたかったら霊道部行けよ。新入部員いつでも歓迎だし、ヤル気あるんだったら大会とか出れるぜ? 部内の雰囲気も良い感じだし、すぐになじめると思うぞ。なんなら部長紹介してやろうか」

 話がへんな方向にいかないように、とりあえず先手を打ってみる。

「霊道、ねぇ。別に霊道が嫌いなわけじゃないんだけど…。というか、アンタ割と霊道部に詳しいわね。もしかして部員なの?」

「……いや、違う」

「そ。まあいいわ。霊道部には入る気ないし。そう、もっと、こう……いままでにない何かを求めているのよ! うん」

 大空に向かって手を広げるアイリ。

 自分の言葉を自分で納得すんじゃねぇよ。

「とにかく。俺はおまえに付き合うきはねぇ。他を当たってくれ」

「え~。……ったく……ちょっとはいい人かと思ったのに」

「なんだって?」

「何でもない。………そうだ、アンタ、女に興味ある?」

「は?」

 いきなりお前は何を言い出すんだ?

 アイリは俺に近づいてきて、正面から抱きつかれる。

「………こんな可愛い美少女が頼んでるのよ?」

 俺の顔を下から覗き込む。彼女の胸が俺の体に押し付けられる。

 ……困った時の色仕掛けかよ。だが生憎。

「……ふん」

「きゃっ」

 俺にその手は通用しねぇ。それに、彼女はそうは言うものの恥ずかしそうで、「なりきれてない」しな。俺は彼女を引きはがし、

「……………はぁ」

 深いため息をつく。

「……アンタ、珍しいわね。女子に抱きつかれて動揺しないなんて。……彼女でもいるの?」

「いねぇよ」

 今は、という言葉を既のところで飲み込む。

ふ~ん、と言いながら、アイリは目を半開きにして俺を眺める。

 あー、もう。面倒くせぇなぁ!

「……俺も時間ねぇんだ。その活動の手伝いとやらで俺にやって欲しいことがあったらさっさとやってくれ!」

「あら? 手伝う気になってくれたの?」

「……さっさと俺の気が変わらないうちにやってくれや」

「ふふん。じゃ、これで部員一人ゲットね」

「部員じゃねーよ」

 とりあえずさっさとこいつに協力してやって、早いこと縁を切ろう。

 そう思っていた。

 というわけで、なにがなんやらわからないまま部室探しが始まった。

「……名前も決まってねぇ。部員もいねぇ。そんなんで先生が了承してくれるとは到底思えないが?」

「いいのよ。先生達なんかに認められなくても。……こう言うのは隠れてこそこそやるからこそおもしろいんじゃない」

 ……そんなもんかね。隠ぺい工作やらなんかで、余計ややこしくなるだけだと思うのは俺だけか?

 どうやら、こいつはホントにどこぞのラノベやアニメに出てきそうな《秘密クラブ》なるものを作りたいらしい。そういう意味で考えると、俺とアイリの関係性は「さえない男子と勝気な女子」……よくあるパターンだ。

「あー、そうだ。あたしアンタの名前聞いてなかったわ。なんなの?」

「今更かよ……惟だ。神楽惟」

「ふーん。女の子みたいな名前ね」

 惟が男の名前で何が悪い。 

「ね、惟」

 コイツ、俺には自分のことを名前で呼び捨てで呼ぶのに許可取らせておいて、自分が俺のことを呼び捨てで呼ぶのには抵抗ないのな。別にかまわねぇけどよ。

「この学校。どっかに捨てられた空き教室とかないの?」

「あ? んなもんー」

 ねーよ、といいかけて思いとどまる。

 そういや、確か……旧校舎の方に使ってない空き教室がいくつかあったような。

「俺に心当たりがある。ついてこい」

 そう言って、今いる新校舎から旧校舎に足を延ばす。

 旧校舎は高一が使っている築三〇年ほどの建物で、本来その建物だけで学校を運営していたものを、霊媒者の増加による入学生の増加で新校舎が創設された後は、生徒が分散して、今はその教室の半数ほどしか使われていないという。あくまで新校舎の方が中心だからな。ちなみにだが、この学校にはあと部室棟や、霊道場という物があったりする。

「……ここだ」

 旧校舎の奥。誰も来ないようなところにある教室。おそらくこの存在を知る生徒も殆どいないだろう。

 元図書準備室。旧校舎の図書館は、新校舎への移転に伴って破棄され、書庫として使われるようになったのだが、その時、図書準備室だけは本が運び出された後、放置されていたのだ。

 何故俺がそんなことをよく知っているかと言われれば、その答えは単純明快、俺がよく授業をさぼった時にこここに寝に来ているからだ。

「ふ~ん。なかなかいい部屋じゃない」

 アイリが中を見回して言う。壁の片側には何も入ってない大きな本棚が置いており、唯一の南側の窓から夕日の光が差し込んできている。

部屋の真ん中には簡素な長テーブルが置かれており、イスは全部で四個ほど。

 部屋の大きさも、普通の部室よりは少し大きめで、環境だけで言えば悪くない。一回俺が安眠のために掃除したこともあったので、埃まみれ、というイメージもなかった。

「惟、本当に誰も使ってないの?」

「ああ。……この場所なんざほとんど人はこないし、大丈夫だろう」

「そう。分かったわ。ここに決めましょう」

 ……とりあえず、ミッションクリア。頭の中で一人さびしくファンファーレを鳴らす。

「で、次は? 何をすればいい?」

「部員。次は部員集めよ」

 部員、ねぇ。

「それより、アイリ、お前この『部』とやらの名前を決めなくていいのかよ?」

「名前ぇ? ……んなもん適当でいいのよ……そうねぇ、霊研究部、略して霊研とかどうかしら?」

「んな適当な……」

「じゃ、なんかあるの?」

 霊研よりはまともなものを思い付く自信があるぞ。

 ………………………………………。

 考えること、約一分。

「……じゃ、霊研、でいいわね」

 思い付かなかった。

「……お、おう」

 こんなそんなで、霊研究部、略して霊研の活動は幕を開けた。

 その部員集めだが、当然今、帰宅部の人はすでに下校した時間であり、学校に残っている人はほかのクラブの部員である。だから、今日はその部員集めをせずに、早々と解散ということになった。

「……そういえばアイリ、お前どこから通ってんだ?」

 その学校からの帰り道、何気なくアイリに聞いてみる。

「どこって……今日は直接家から来たけれど……今夜からは寮ね」

「お前も寮なのか」

「……ってことはあんたも?」

「……まあな」

 日はすでに没しており、街灯の少ないこの町では月の光が俺達二人を照らしてくれている。

 そんなこんな、会話もないまま二人で歩いていると、すぐに寮に着いた。

「……女子寮、どっち?」

「んなもんねーよ。男女共同だ」

「そーなの? ま、あたしはいーけど」

 アイリと俺は寮の共通玄関に入る。

「まずは寮母さんに挨拶だ。ほら、行くぞ」

 アイリを連れ、寮母室――汐織さんの部屋へと足を延ばす。

「ちぃーす。汐織さんいますか?」

「はいはい。……………。………………………………………」

「なんですかその長い沈黙は」

「いやぁ……まさか惟ちゃんが彼女連れてくるとはねぇ~」

 おもしろい話を見つけた、とでも言うようにあからさまにニンマリする汐織さん。

「ちげーよ。こいつは新しい下宿人だ」

「え? あ、あー。確か、今日一人入るって言ってたわね。えーと、白百合アイリさんだったわね?」

「はい。今日からお世話になります。……ところで貴女のお母さんは?」

「へ………?」

 あー………。コイツ、汐織さんのこと小学生か何かと勘違いしてやがる。いや、まぁその容姿を見ればあながち外れてはいないんだけどさ。

「……アイリ、この汐織さんが寮母だ」

「えっ………ええっ!」

 何故か二回驚くアイリ。

「も、もう! あたしはもう二〇超えてるんですから!」

 頬を膨らませて怒る汐織さん。アイリは汐織さんを子供扱いしてしまったことに引け目を感じたのか、少しおずおずとしながら彼女に謝る。

「……す、すみません」

「い、いえ。良いんですのよ。……私も自覚していますし……」

 目に見えてしゅん、とする汐織さん。自覚、やっぱりあったんですね。

「へ、部屋でしたね……三〇七号室です。荷物は今日の昼に届いてますよ。……これが鍵です。それと、設備の説明書と……」

 汐織さんがアイリにいろいろと説明していく。アイリはそれをしっかりと漏れがないように聞いていた。どうやらこの自己中心野郎、ちゃんと大人に対する礼儀はあるようだ。

 五分ほどで説明は終わり、俺達は寮母室を後にする。

「……あんな小さい子供が寮母だとは思ってなかったわ……」

「だから子供じゃねぇって。一応成人だぜ、あの人。お酒も飲めるし、エロサイトも堂々と入れるんだぜ」

「……エロサイトに入るような人には見えなかったけれど……」

 例えだ例え。いちいち突っ込むんじゃねぇ。

「あ、ここだわね、三〇七号室。……ってアンタいつまでついてくんのよ。あたしの部屋までついてくる気?」

「……………」

「……ちょっと、何か言ったらどうなの?」

「……嘘、だよな……」

「何が?」

 そんな………。

 俺は目の前のアイリの新しい部屋の番号と、隣の使いなれた部屋の番号を見比べる。

 アイリの部屋は、三〇七号室。対して、俺の部屋は、三〇六号室。

「…………マジかよ」

 神様も、とんでもない試練を俺におあたえになさるもんである。まあ俺は神道仏道基本的に何でも信じていないが、これはさすがに呪われてるんじゃねぇのか。と思ってしまう。

「何、アンタ隣の部屋なの?」

「……そうだ」

「そ。じゃ、何かと便利じゃない。霊研の今後の活動とか話しあうのにさっ」

「……だから俺は霊研部員じゃねぇっての……」

 はぁ、と俺は深く溜息をつく。

「とにかく、……俺の部屋に断りなく入るなよ」

「それはこっちのセリフよ! 一歩でも入ってみなさい。変質者として訴えるからね!?」

 安心しろ。俺も自ら喜んでライオンの檻には入っていかないさ。

 俺は自室に入り、またもや頭からベッドに突っ込む。

「………疲れた」

 今日はとんでもない一日だった。昨日の坂の上の少女が転校してきたかと思えば、そいつはまたとびっきりの変な奴で、自分を中心に世界回ってます、みたいなやつで、おまけに俺は霊研などと言う存在意義すらよくわからないクラブの部員にされかかっている。

 何故に俺が彼女のために部室確保や部員募集のための東奔西走せねばならん。それこそあいつが勝手にやってればいいだろう。

「……明日、あいつに言ってやるか……」

 俺はもうお前を手伝いたくないってな。

「……はぁ」

 しっかし、あいつは実のところ何がしたいんだろうな。霊に親しみたかったらそれこそ霊道部にはいりゃいいものを、面倒くさいと一蹴して自分で新しいクラブを作る。新しいクラブを作る方が面倒くさいと思うのだが。

『……楽しいんじゃないのか?』

『……へ?』

 いつの間にか、俺の思考にナギが語りかけてきた。

『楽しいんじゃないか、とは?』

『そのままの意味だ。おそらく彼女は新しいクラブを作るという行為が、先生に隠れて秘密のクラブを始めるということ自体が、楽しいんじゃないだろうか?』

『そんなもんかねぇ……』

 俺には、やる気ない、の五文字しか浮かばないが。

『……こう言うのは、男のお前の方がよくわかると思っていたが? 秘密基地を作ったり、先生に隠れてゲームを持ってきたり、そんなことにロマンを感じるんじゃないのか?』

『ロマンね。別に俺は感じねぇよ。おそらく思春期になったらそれも薄れてくるんじゃねぇのか。秘密基地とか言ったものよりも、もっとほかの物に興味を持ち始めるんじゃないのか? ……例えば、恋愛とか』

『そうかもしれないが、心の奥底で、秘密基地を作りたい、自分達だけの秘密の場所を作りたいという願望は、いつでも持っていると思うが?』

『………そんなもんかぁ?』

『まあ、お前は少々性格がひねくれているからな』

 面と向かって言われると少しムカツク。

『ま、要するに、彼女、白百合は心が素直なんじゃないか? 自分の欲望に。好奇心が強いんだろう』

『強すぎるぞあいつは……』

 普通、そう思っていても周りの人を巻き込んでまでんなことしないだろう。

『また、彼女は霊を持って浮かれているということもあるだろうが、な』

『浮かれてる、か』

 俺はナギを持った時はどうだっただろうか。あの時はまだ小学生で、俺も子供だった。だから、めちゃくちゃ喜んだのを覚えている。はしゃぎまわってたんすの角に足の小指ぶつけた痛みも一緒に。

『……ってことはなんだ』

 あいつは、大人の思考で、子供の欲求にしたがっているようなものじゃないか。

「最悪だ………」

 まったく、なんで俺を巻き込んだんだよ……。

『それはお前が不良でヒマそうだったからじゃないか?』

『うるせぇよ』

 こんなことさっさと終わりにして、あいつとはおさらばしよう。

 それが賢明な判断だ。

 翌日。四月一七日木曜日。

 俺はこの日は昼まで寝ると決め込んでいた。まだ四月で、単位も別にヤバくねーし、副教科みたいな週一しかねぇ教科もねぇ。だから、俺は寝ていたんだ。

 寝てたんだよ。……なのにあいつときたら………。

「惟! 起きなさいよアンタ!」

 早朝、午前六時四五分。アイリが、俺の部屋に突撃してきた。

 ……こは如何に?  というかせめてあと五時間は寝かせろ。

「なーに堕落したこといってんのよ」

「…………いいじゃねーかよ……寝させろよ。……つーか、俺部屋の鍵かけたはずなんだけどな……」

「汐織さんに言ったら貸してくれたわ」

 汐織さんも余計なことしてくれる。

「ほら、早く起きなさい。学校行くわよ」

「学校って……お前、始業時間を二時間ほど間違えてるんじゃないか?」

「間違えてないわよ。……ていうか二時間も経ったらもうすでにアウトじゃない」

 そうなのか。俺は一時間目には間に合えばいいかな―、とか思っているので、九時が始業時間のようなものだと思っていたのだが。

「部員集めよ! 部・員!」

「部員……?」

 俺の頭もそろそろ覚醒してきて、ベッドから起き上がりアイリを見つける。

「……くふっ、……クククっ」

 さすれば、急に俺を見て笑いだすアイリ。

「何笑ってんだよ」

「だって………あんた頭……っ」

「は?」

 俺は頭をわしゃわしゃと掻きまわす。

「ひー! ……はっはっ! アンタ寝癖えぐいわよ!」

 堪えなくなりましたと言わんばかりに爆笑する。……自分ではあまり気付かないつもりだったが、そんなにひどいのか……?

 と、俺はアイリの頭からも出ているものに気付き、

「……そういうお前もあるじゃねぇかよ」

「へ? あたし? …………?」

「頭のてっぺん。それどの方向向いてんだよ」

 数本の毛が頭皮と垂直に飛び出しており、最終的に目の前位まで漂っている。

「これね。……違うわよ、これは。……寝た後以外でもいつも出てるもん……」

 つまりアホ毛ってことか。

「……………」

「……ってアンタ触るなー!」

 意外とアイリのアホ毛、癖になるかも。

「お前、アホ毛動かせないの?」

「どこの漫画の世界のヒロインよあたしは! というか、部員集め! 霊研! さっさと行くわよ馬鹿!」

「待っ! 俺まだ朝飯食ってねぇよ!」

「つべこべ言わない! ほら!」

 アイリに急かされて俺は二分で制服に着替え(アイリは移動してくれなかった)、カバンをひっつかんで急いで二人で部屋を出た。

 こんなに早く起きたのは、小学校の社会見学以来かもしれねぇ。

 そんなことが朝あって、俺達は今、まだ人気のない校門前にいる。傍に設置されてある時計は現在時刻が七時八分であることを示していた。

「……で、どうするんだ?」

「朝登校する生徒を見て、部員を決めるのよ。この時間だったらまだほとんど来ていないだろうし、選択肢は無数にあるわよ」

「それ、俺もいる必要あるのか?」

「ん………ないわね」

「おい」

 俺の朝の睡眠時間を返せよ。それと朝食の時間も。

「いいじゃない。霊研の部員が新しく増えるのよ? アンタの部下もできるかもしれないのよ?」

「だから俺は入んねーっつってんだろ」

 と言いつつも、目の前の坂に目をやる。本来ならば、この坂を上ってくる生徒が見られるはずだ。しかし、この時間帯のせいか、ほとんどその姿を見ない。誰もいない朝の校門と言うのはなかなか新鮮な光景であった。気のせいかいつも鳥や虫の声、風の音がよく聞こえるような気がする。

 朝から校門前で登校する生徒を監視している俺達と言うのも妙な光景だろう。制服を着ていなければすぐにでも通報されそうだ。……いや、制服が偽造していると考えて場合、この状態でも通報される可能性が……

「アンタ、何を難しい顔してんのよ?」

「……いや、なんでもない」

 多分その時はアイリはともかく、俺はまた停学なんだろうな。霊媒者育成高校から退学になることはないとはいえ、さすがにこれ以上停学を重ねるのは避けたい。

 とか何とか考えてるうちにも、何人かの生徒が校門を通り過ぎる。こんなに早いのに、来るやつは来るんだな。部活の朝練だろうか。

「……………」

 俺とアイリは坂の上を上ってくる生徒を見る。

 まだ四月中旬と言うこともあり散りかけの桜から舞散るピンクの花弁達が登校中の生徒たちの頭上を賑やかにしていた。

「…………」

「………」

 ああ、桜、綺麗だな。

「……」

「…」

「…ってお前声かけろよ!」

 アイリが誰にも声をかけないため、俺がしびれを切らして叫ぶ。

「かけろよっ……て言われてもねぇ。ピンと来るやついないし。それに、模試部活に入ってる人だったら声かけるの申し訳ないじゃない」

 一応申し訳ないという気持ちはあるのな。だが、それならば朝練に来る生徒が多いこの時間から校門で張っていなくていいと思う。

「ま、お前がそれでいいならいいけどさ……」

 それから数十分が過ぎ、時刻は八時。始業の八時半までは後三〇分だ。朝練のない普通の生徒もちらほら登校するようになっており、これからさらに人は増えることだろう。

 すると、その生徒の中に、一人知った顔が見えた。

「よぉ」

「おぉう! どうしたんだ惟!」

「……そんなに驚くこともねぇだろ、寛治」

「いや、惟がこんな時間に登校しているなんて……けど本当、どうしたんだ。……それに、こっちは……」

 寛治は俺の隣に別の人物がいるのに、今初めて気づいたようだ。

「ああ。白百合アイリだ」

「…………コレ?」

 といって小指を立てる寛治。

「んなわけあるか」

「はははっ。冗談さ。惟に彼女なんてできるわけないよなっ」

 そう面と向かって言われると傷つく。いや、できるわけないのは間違いではないのだが。

「……コイツの、新部活とやらに少々付き合ってるんだよ」

「へぇ~。なんてクラブ?」

「霊研。霊研究部、だそうだ」

「……………そんなのあったっけ?」

「ああ、生徒会の認可とか出てねぇし。……それに、非公式だしさ」

 そういやこいつは生徒会副会長だった。寛治にこのことを言ったことはまずかったか。

「ま、いいんじゃないか」

「え? いいのか、生徒会としては」

「ああ。有志団体は、顧問がなくても組織することはできるからな。部と名乗ろうが構わない。あ、勿論予算は出ないし。……先生に説教されるようなことだけはやめてね」

「おう。……そういうことがないと願いたいな」

 俺はほかの生徒たちを凝視しているアイリを見ながら言う。

「……でも、惟が部活か……」

「いや、俺は部員じゃないぞ」

「え、でも今霊研のために活動してるって……」

「それはただアイリのためにやっていることで、……つーか、無理矢理付き合わされていることで、別に俺が入るわけじゃねぇンだよ」

「それでも、今までの惟からすれば凄い進歩だよ!」

「お前、今まで俺をどんな目で見てたんだよ…」

「はははっ! まっ、朝礼には遅れるなよ。じゃな!」

 と言って寛治は駆け出して行った。

 またしても、アイリと俺、二人きりになる。現在時刻八時一五分。

 ………ホント、早くしねぇと遅刻しちまうぜ?

「……もう八時二七分なんだが……」

 予鈴はすでに鳴り終わっている。もう坂を上がってくる生徒達も駆け出しで、そろそろ教室に行かないと始業時間の八時三〇分に間に合わなくなってくる。校門から高二の教室に行くまでは走っても約一分半はかかるからな。

「う、うるさいわね……」

ピンと来る人が一人もいなかったのか……。

「う、うぅ……ぁ……あ、あの子がピンと来たわ! あの子にしましょう!」

 と言って、今こちらの方へ向けて走ってきている一人の女の子を指した。……お前、絶対ピンと来たわけじゃないだろ。適当に決めただろ。

「そこの人! アンタよアンタ!」

 アイリはその女の子に声をかける。背はかなり低く、一四〇代半ばくらいだろうか。身近い髪を肩でそろえて切っており、どことなく小動物のような可愛らしい印象を受ける女の子だった。制服から、中等部の生徒と言うことが見てとれる。

「………ふぇぇ、わた、私ですか?」

 アイリに掴まれたその女の子は身をブルン、と一度大きくふるわせてからおびえた声で返事をした。

「貴女! 今日の放課後、旧校舎の元図書準備室に来て頂戴!」

「へ? へぇ? ……図書準備室? 旧校舎って高校棟のですか?」

「ええ。一階の一番奥よ! あぁと、貴女クラブに入ってないわよね?」

「………ぁ、うん」

「学年とクラスは? 中等部?」

「………は、はい。二年Bくみで……」

「名前は?」

「……夙川(しゅくがわ)……沙羅(さら)」

「そう。そうなの。じゃ、放課後ね、バイバイっ!」

 アイリは沙羅ちゃん(俺はとりあえずそう呼ぶことに決めた)に矢継ぎ早に質問を浴びせてから、もうダッシュで校舎にかけていった。

「「…………」」

 あとに残されたのは、俺と沙羅ちゃん、二人。顔を見合わせる。

「……って、早く行くぞ俺らも!」

「……ぇ、ええ、は、はい!」

 予想通り足のあまり早くない沙羅ちゃんの手をとり学校の中へと走った。

 何で、俺と沙羅ちゃんは遅刻したのに、アイリだけは間に合ったんだよ。

 それからの六時間の授業は至極退屈なものだった。一日をさぼらずにフルで受けたのはもう二カ月ぶりくらいになるか……勉強の苦痛さと言う物を改めて思い知ったな。

 そして、何故かアイリは五、六時間目と俺隣の席にはいなかった。さぼりかよ。……意外とあいつも俺と同じ不良とか? ま、たまたまかもしれんかな。

 終礼のHRも終り、俺はカバンを持って教室を発つ。

「………このまま帰っちまおうかな……」

 アイリなど見捨てて、さっさと寮に帰ろうか。その方が俺にとっては楽だが……ま、約束しちまったんだ。行くしかねぇだろうな。

「……はぁ」

 廊下で一人、溜息をつきながら歩く。

 ちなみにだが、霊媒者育成高校と言うこともあってか、廊下では一般生徒のほかにも霊を見かけることもしばしばある。頭の中で対話するよりは目を見て話したい、と言うような人もいるようだ。ただ、顕現、と言っても可視化するだけで、実体化するわけではないので、その存在を触ることはできないのだが。

「そういや、アイリの霊、まで見てないよなー」

 自己紹介の時に、霊を出す人も多いが、アイリは出さなかった。いったいどんな奴なのか……もしかして、脂ぎったおっさんだったりしてな。心残りってなんだよっ、て言うようなやつ。俺ならさっさと陰陽師に頼んで成仏させてもらうわ……。

 あ、陰陽師と言うのは、霊媒者から霊を取り去る能力を持った者のことだ。しかし、悪霊が取りはらえなかったり、取りはらうには霊媒者の命の危険も少々あるというまだ不確実な霊の消し方だ。最近じゃ裏稼業として霊を別の人から別の人に取り付ける作業もやってる所もあるという。

「……っと、ついたな」

 昨日に続き、図書準備室の前に立つ。

「……こんちわーす」

 中にはまだだれもおらず、ただ長机が使ってくれと言わんばかりにおいてあるだけだった。

「…………」

 ヒマなので、机の木目の数でも数えて待つ。一人ぼっちの時のなかなか有効なヒマつぶし作業の一つだ。物があれば、プチプチ潰しなんかも出来るんだがよ。

 一…二…三…四…五…六…七……

「……………」

 二五…二六…二七……

「……………ぁ、あのぅ…」

 五六…五七…五八……

「………ここ、で、……ぁ、合ってますか……」

 一三四…一三五……一三六……

「…………ぅ、ぁぁ、ぅ」

 一七八……一七九……あと少し……一八0…一八一…

「………あ、あのっ!」

 突然誰かが叫んだ。……どこまで数えたか忘れたじゃねぇか。

「ここっ、合ってますか!」

 俺はその声の方に体をむける。俺の目に映ったのは、今朝アイリが声をかけたあの女の子―――沙羅ちゃんだった。

「あ、ああ。すまんすまん。ちょっと木目を数えていてな」

「……そう、……ですか」

 怪訝そうな顔をする沙羅ちゃん。聞きとるのも難しいか細い声で言う。

「合ってるぞ。ここはいかにも、霊研だ」

「そ、そうですか、よかったです」

「おう」

「………あ、あの、貴方、お名前は……?」

「俺か? 俺は神楽惟。二―A組」

「……あ、はい」

「……………。……ってお前は?」

「え、わ、私ですか……えと、えと……」

 沙羅ちゃんはいちいちしゃべるのが遅い。まあ、責める気はないが。

「中等部二―B組。夙川沙羅です」

 そういやこの情報は朝も聞いたな、と思い、

「特技とか、趣味とかはあるの?」

「……特技、趣味、ですか…?」

「ああ」

 ちなみに、俺には特技、趣味と呼べるものはないか……。特技はだらけること。趣味は怠惰、なんてな。

「……特技はありませんけど……趣味は、読書です」

 そう、純真無垢な目で答える。……あまりにも、純真すぎるその目で。

「……お前、帰っていいぞ」

「へ? え、でも」

「あいつ……霊研部長の白百合アイリが部員集めのために勝手にお前を呼んだんだよ」

 その部長さんは不在ですがね。

「だから、別に入りたくなかったら帰っていい。それに、お前も嫌だろこんな……」

 こんな、なんなのだろう。

 それを形容する言葉のないほど、俺とアイリはまだ何もやっていない。

「……わ、私は……ここにいます」

 目の前のか細い女の子から聞こえてきた声に俺は一瞬耳を疑う。

「わ、私は入部しても良いです!」

「……こんな、部にか?」

「はい」

「……活動目的もあいまいなこの部にか?」

「はい」

「てか部かどうかすら怪しい謎集団にか?」

「はい。かまいません」

「場所も高校棟だけど?」

「問題ないです」

「…………」

 正気か、コイツ。あとで後悔しても知らないぞ。若さゆえの過ち、ですべてを解決できるほど青春甘くねーよ?

「……私、人から何かを誘われることって初めてだったんです。……それに、友達はいても、その人たちはみんな私から少し距離を置いているというか………心を許せる親友がいないんです」

 今までで一番長いセリフを、少し止まりながらも、言う。

「……ここなら、できるかもって」

「……根拠は?」

「……いうなれば、女の、カンです!」

 便利になったものだな……女のカン。少し俺にも分けてくれよ。

「……………」

 俺と沙羅ちゃんは二人見つめ合い、笑った。

「……あんたら、そんなとこで何やってんの?」

「うおっ!」

「人を怪物みたいに……あ、沙羅ちゃん。来てくれたの」

「あ、はい」

「コイツ、霊研に入ってくれるらしいよ。よかったじゃん、部員まず一人ゲットで来て」

「そうなの、沙羅ちゃん?」

「え、……ええ」

「ふ~ん。……こいつに脅されてない?」

「おい、お前俺を何だと思ってるんだよ」

「お、脅されてないですぅ!」

 少し顔を赤らめ、沙羅ちゃんは言った。

「……それより、お前午後からどこフケてたんだよ、アイリ」

「……ちょっと、ね。……それより、霊研の活動よ」

 コイツの、ちょっと、と言うのが少し気になったが、まあ深く追求しないことにする。

「……で。今後の活動方針だけど……」

「ちょっと待て。お前、まだ部員集めが終わってねぇだろうが」

「え? 終わったわよ」

「終わったぁ? ……まだお前含め二人しかいねぇじゃねいか」

「アンタ含め、三人よ」

「………それでも、だ。普通部っつったら五人くらいは部員いるもんじゃねぇのか」

「普通なんてあたし知らないわよ。それに、霊を入れたら六人だと思わない?」

 ……勝手に入れられる霊の気持ちにもなってみろ。他人によく意思表示もできないまま強引に『拙者は別にいいぞ惟』入部させられそんなことを望むはずが……ってえぇえ!

『……な、なにが!』

『だから、拙者は別にいいと言っておろう』

 ナギがよくても俺がよくないんだよ。

「あ、私の霊も了解してくれました」

「当然、あたしもよ」

 ……つまり、こういうことっすか? 霊含む俺以外の五人がすべて了承済みってことっすか?

「………はぁ、少しだけだぞ」

 めんどくせ。こんな部、早く潰れちまえばいいんだ。

「……改めて、今後の活動だけど……」

 アイリはもうすでに次の話題に移っている。妙にアクティブな奴だ。

「特に何も決まってない」

「俺やっぱ止めるこの部」

「待ちなさい」

 ちっ。

「何も決まってないってなんだよ! んな適当な部が、部長があってたまるかよ!」

「だから、その活動を今から決めるんじゃない」

 なんて泥縄式のクラブなんだここは。

「……何か案ある人ー」

「「……………」」

 もちのロン、俺達二人にそんな案などあるわけない。

「え? なんもないの?」

「無い」

 じとーっとしためで俺を見るアイリ。

「……はぁ。じゃ、まあいいわ。各自今すぐにここで考えなさい。早く!」

 早くって言われてもなぁ。

 やる気がないものを、考えることなんてできるだろうか、いや、できない。

 良案など勿論浮かぶはずもなく、今日もただすることなく帰宅、もとい帰寮である。

 それにしても、まったく、こいつは何がやりたいんだろうな……。

 俺は横で歩くアイリを見ながら思う。

 沙羅ちゃんを一人でアイリの傍に放っておくのは億劫だし、というか危険ですらある。どんな目にあわされるかわかったもんじゃない。だから俺はここにいるんだ、と自分を納得させる。そうでもしないとやってられねぇ。

「…………はぁ」

「……どうしたのよ」

 どうやら、俺は考えてるうちに自然と溜息が出ちまったらしい。

「……いや、俺も大変だなぁ、と思って」

「何よそれ」

「こっちの話だ」

 あーあ。

 ま、もうちょっとめんどくせーことやってやるか。

 で、翌日。四月一八日金曜日。天気、大雨。

 そんなじめじめした日、俺は学校へと進んでいた。気温は肌寒く、空はまるで夜のように曇っている。 

 時刻は、一一時。もう三時間目は始まっている。一、二時間目は寮で寝てさぼったのだ。アイリも起こしに来なかったしな。

 傘をさしていても、強い雨は俺のズボンをぬらしていき、靴に侵入する忌まわしき雨水は俺の靴下をぐちゅぐちゅにぬらす。学校へと続く道の両側は木々に覆われており、時々道路に張り出した枝や葉から雨粒が滴り落ちる。

「あー。さぼりてー」

 以前の俺なら、この天気だったらまる一日休んでいただろう。こんなめんどくせー日に、外にすら出たくない。

 時々、遠くの方で雷鳴も聞こえる。

「…………」

 俺はずぶぬれになりながら、坂を上がって行った。

 しかし、学校に行ってみると、アイリはいなかった。前の女子に聞いてみると(俺を見ただけでおびえるんじゃねぇ)、三時間目から姿を見ていないらしい。またサボりか? あいつがそんな奴には見えないんだが……。

「アホくせ」

 まあ、あいつの心配をしても仕方がないだろう。現に、俺もこうして遅刻しているわけだし。

 昼休みにはアイリも戻ってきており、再びアンニュイな気分で五、六時間目の授業を受けた後、再び図書準備室に行った。

「……ちぃす」

 中に入ると、すでに沙羅ちゃんもアイリも来ていた。

「遅い」

「……んなこと言うなよ、トイレ行ってたんだよ」

「そう」

 そういうアイリは心なしか元気がないように見え、顔も少し青ざめているように見える。唇も乾燥しており、色も薄い。

「……アイリ、お前大丈夫か?」

「………何が?」

「いや、何がってだな……」

 まあ、本人が大丈夫そうなので大丈夫なんだろう。

「それより、霊研の活動するわよ。あたし、昨日色々と考えてきたんだから」

 思いすごしなのだろうか……アイリはいつものアイリだった。

「で、その活動とやらはなんだ」

「ええ。とりあえず、霊の紹介をしましょう」

「霊の、紹介?」

「霊研究部の部員あろうものが、お互いの霊を知らなかったら意味ないでしょ」

「んまあ、そうだな」

「じゃ、まず沙羅ちゃんから」

「え、わ、私ですか?」

 またビクッとして返事する。まるで人間にみすえられたハムスターの動きのようだった。

「え、ええと……えい、お願いします、顕現っ」

 すると、彼女の体から何か光のようなものが発せられ、それは徐々に彼女の横の空間に集まり、人型の何かを形成していった。そして、数秒ほどで現れたものは、

「……………」

 目を見張るような、美少女だった。

 服は、まるで中世の貴族が着ているようなもので、スカートにはひらひらのフリルが

いくつもついている。それが彼女の美しさをより引き立てていた。

 髪は長い金髪で、くるくるとカールして腰下まで伸びている。目は淡い赤色で、ナギとはまた違った強さを備えているように見える。

 身長は俺より少し小さいくらいであろうか。沙羅ちゃんより頭一つ以上高い。スタイルはよく、おなかから下の、太ももにかけてのラインは絶妙と言っていいだろう。だが―――一つ特筆するとすれば……いや、わざわざ書く必要はないのかもしれないが………。

 胸がなかった。

皆無だった。

「私(わたくし)は、クリス。クリス=ローゼンベルクと申します。クリスとお呼びくださいませ。以後、お見知りおきを」

 ローゼンなんたらとか言う名前は到底覚えられそうになかったので、とりあえずクリス、と覚えておく。

「生前はドイツの貴族でして、今は沙羅の霊をしております。沙羅とは彼女が中学一年生くらいの時に取り憑きまして」

 ドイツの貴族、ね。道理でこんなにお嬢様気質なわけだ。

 ちなみにだが、霊は取り憑いた人の知識を少し借りることもできるので、例え何人であろうと、日本語をしゃべることができる。

「沙羅を、よろしくお願いしますね」

 と、まるで保護者のように俺達に言ってくる。事実、沙羅ちゃんとクリスの関係性は保護者と子供という関係性に近いのだろう。

「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」

「………分かってるでしょうけど……惟?」

 いきなり呼び捨てで呼ばれ、俺は少し戸惑う。

「……沙羅に手を出したら、殺しますよ?」

 ニコリと笑いながら俺に優しーく、それは優しく微笑みかけてくれた。逆に怖ぇ。

「次はあんたの番よ、惟」

 アイリが俺に声をかける。

「ああ」

『ナギ、いいか?』

『ああ。拙者はいつでもいいぞ』

「……顕現っ!」

そういうと、ナギこと十六夜薙誾千代が可視化して出てきた。

長い髪に、凛々しい目。服は白拍子姿―――つまり巫女のようなもの―――を改良したもので、手にはトレードマークともいえる薙刀を備えている。ちなみにだが霊は基本どんな服装でも、自分の願ったもので出てこれるらしい。

「拙者は惟の霊、十六夜薙誾千代だ。特技は薙刀。霊の種別は神霊だ。よろしくお願い申す」

 ナギは少し古がましい口調でそう言った。

「……神霊? 十六夜……えぇと……」

「ナギでいい」

「ナギ。アンタの霊のナギは神霊なの?」

 アイリは少し驚いたように俺に聞いてくる。

「ああ、そうだが…」

 珍しいことではあるだろうが、この都市には何千人という霊媒者がいる。探せば神霊もいくらでも出てくはずだ。

「……へー、これが、神霊……」

 だが、アイリは目をらんらんと輝かせてナギを見ている。

「お前、神霊を見るの初めてなのか?」

「ええ。……もしかして英霊だったりするの? ……それはないかー」

「……………」

「………え?」

 気まずい沈黙が、俺とナギ、それにアイリの間で流れた。

「………いかにも、拙者は元英霊である」

 ナギが観念したように言った。

「……元って……」

「………」

 ナギは俺の方を見る。『お前に任す』といっているようだ。

「……ま、色々あんだよ。俺にも」

「聞かないであげた方がいいのね」

「………ああ。そうしてくれると嬉しい」

「…………」

 クソっ。どうも空気が重くなりやがる。そりゃ、「元英霊」なんてそうそういないしな。……というか、おそらく《sprit-01》では俺一人だ。

 俺は半ば投げやりにアイリに声をかける。

「はいはい。じゃ、アイリ、次お前の番な」

「え、ああ。……あたしね。人前で顕現するのは初めてなんだけど……。ほら、まだあたし憑依されて間もないし」

「……構わんから、早くしろ」

「………分かったわ。……顕現っ!」

 そういうと、彼女の体から出た光が、彼女の横に一人の少女の影を作っていった。

 俺は―――この瞬間を、これから忘れることはないだろう。

 絶句する。

 身長はアイリよりも低い。腰よりも長い髪をなびかせており、どことなく大人しい、清純そうな顔立ちをしている。

 目は優しく、顔はおぼこい。まだ中三くらいに見える。

 だが、彼女のその美しい容姿によって、俺は絶句したのではなかった。


 ナゼ

 ナゼ、オマエガココニイル?

 オマエハ、モウ、シンダハズダ


 ……なあ、何でここにいるんだよ………、


香恋。


 俺の元恋人、初雪香恋が、そこにたたずんでいた。

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