メロンの入ったメロンパン

キム

メロンの入ったメロンパン

 あたしはラノベの王女様。

 公務に励む傍ら、プロ作家デビューを目指して修行に邁進するスーパーエリート美少女……なんだけど。


「うーん、思ったよりも上手く書けないわね……」


 年が明けて正月ムードも過ぎ去った一月の中頃。ちょっとした掌編小説を書こうと思い立ったはいいものの、上手いオチが思い浮かばずに頭を悩ませてしまっていた。


「ダメね、ちょっと糖分を補給しましょう」


 あたしはノートパソコンから手を離し、コタツの上に置かれたコンビニの袋からメロンパンを取り出した。びっ、と包装を破り大きな口を開けて……ではなく上品に小さくパンを千切り、口の中に放る。

 もしゃ、もしゃ、もしゃ……ごくん。

 こっ、これは……!


「ちょっと! 本山らの! このメロンパン、メロンが入ってないじゃない! ちゃんと果肉入りのやつを買ってきなさいよ!」


 あたしが台所の方に向かって美声を発すると、コンロの前に立っていた一人の少女がこちらに顔を向けた。

 彼女の名前は本山らの。丸眼鏡に狐耳や尻尾が似合う、憎たらしいくらいに可愛い美少女だわ。まあ美少女と言っても、あたしの方が数百倍美しいのだけれど!

 彼女は冬休みを使ってあたしの家に泊まりがけで遊びに来ていたので、今はお昼の用意をさせていた。


「えー、そんな果肉入りなんてわざわざ探すのめんどうですよぉ。それにほら、シャナちゃんも果汁が入ったメロンパンは邪道だって言ってたじゃないですか。メロンパンは網目模様があればこそで、」

「そんなことはどうでもいいわ! あたしは果肉入りのメロンパンが食べたかったの!」


 そう言ってあたしはメロンパンが入った袋を彼女の方へと突き出した。


「ほらっ、残りはあんたに恵んであげるわ」

「えっ、でも王女様……それって、食べかけじゃあ……間接……」


 何、なんで顔を真っ赤にしてるの?

 あっ! ははーん。さてはこの子……。


「あんた、もしかしてメロンパンを食べてこのあたしと間接キスをしようだなんて考えてるんじゃないでしょうね」

「かかかっ、間接キスだなんてっ! そんなこと考えてません! 滅相もないです!」

「何よ、可愛いとこもあるじゃない。でも残念でしたーっ! あたしの唇はそんなに安くないわよ。パンはちゃんと手で千切って食べたわ。パンにかぶりつくなんてみっともない真似、するわけないじゃない」

「え、あっ、そ、そうですよね……」


 えっ、ちょっと、何その反応。マジにあたしの唇を狙ってたの? なかなか油断ならないわね、この狐娘……。この子が泊まりに来てる間、寝るときはマスクでもしようかしら。


「そんなことより、早くお昼を用意してちょうだい。お腹が減ったわ」

「はいはい、少々お待ちくださいね」


 ノートパソコンの右下にある時計を見ると、時刻は午後一時を回っていた。朝起きてから果肉の入っていないメロンパンを一欠片しか食べていないのだから、お腹が減るのも当然よね。

 あたしのお腹があと少しで鳴りそう、というところで、台所から薬缶が発するピーッという甲高い音が聞こえてきた。

 本山らのがコンロの火を止めてこちらに来ると、コンビニの袋からカップ麺を二つ取り出した。


「今日もカップ麺なの? たまには愛情の籠もった手料理が食べたいわね」

「そうは言いましても、本山は料理ができませんゆえ……ご容赦いただければと」

「全く、しょうがないわね。ライトノベルばっかり読んでないで、ちょっとは花嫁修業として料理を覚えて、あたしに食べさせなさいよ」

「精進します……」


 本山らのはカップ麺を台所に持っていき、お湯を注いでから戻ってくると、「失礼しますね」と言ってコタツの中に足を入れてきた。

 こつん。

 コタツの中。あたし達の見えない場所で、二人の足が触れ合った。


「ちょっと」

「すみません……えへへ」

「気をつけなさい。王女の身であるあたしに触れたら、普通だったら死罪なんだからね」


 あたしは文句を口にしてから、手を止めていた執筆作業を再開する。

 カタカタカタ……。

 …………。

 カタカタカタカタカタ、カタカタ……。


「あの」

「何?」

「今は何を書かれてるんですか? ブログですか?」

「何だっていいじゃない」

「そ、そうですよね……」


 あたしがそう答えると、本山らのは少ししょぼくれた。

 何よ、そんな態度を取ってあたしの気を引こうとしても無駄なんだからね!


「……ま、そのうちわかるわよ」


 あたしがぼそっとそう言うと、本山らのはちょっと驚いた顔をした。それから、少し笑いながら「はい」と答えた。

 そんなやりとりをしていると、気づけば五分が経とうとしていた。カップ麺ができあがる時間だ。


「はい、王女様の分はこちらです」


 本山らのは緑色のカップ麺を手元に残し、赤い方をあたしの方に寄越した。

 二人で蓋をペリペリっと開けると、中から良い香りのする湯気がむわっと室内に広がった。

 あたしはカップの中を見て、本山らのに尋ねる。


「……ねえ」

「はい?」

「なんであたし赤いの方に天ぷらが入ってて、そっちに油揚げが入ってるの?」


 赤い方うどんには油揚げ。

 緑の方そばには天ぷら。

 そんなことは、あたしのように英才教育を受けていない一般庶民の間でも常識のはずだ。


「えへへ、きつねそばを食べたかったので、お湯を入れるときに入れ替えちゃいました」

「えへへ、じゃないでしょ! 全くもう、ちゃっかりしちゃって……」


 こういう抜かりがないところが、本当に油断ならない。今から具を入れ替えるのも面倒なので、このまま食べることにした。

 手を合わせて、二人で「いただきます」と声を重ねる。

 ずるずるっと麺の啜り、ごくごくごくとつゆを飲み干す。

 ぷはぁと一息吐いてから、ふと気づいたことがあった。


「ねえ、このメロンパンどうするのよ」

「あ、どうしましょう。私もうお腹いっぱいですし……」

「はあ、しょうがないわね。あたしが食べるからいいわ」


 あたしはそう言って、果肉の入っていないメロンパンを千切って口に放る。

 咀嚼をしながら、今書いている掌編小説について頭を悩ませる。

 うーん、なんというか、あたしらしさが足りないのよね。もうちょっとエロスというかシコリティが欲しいわ。んー……あ、このメロンパン、果肉がないくせになかなか美味しいじゃない。また今度買ってきてもらおうかしら。

 そんなことを考えていると、ふと頭の中をよぎる物があった。


「あっ」

「どうしました?」


 あたしは目の前に座る本山らのを見る。そしてゆっくりと視線を下げると、そこにはコタツの上に乗った本山らのの胸があった。


「そっか、メロンが足りてなかったんだわ」

「ちょっと、どこ見て言ってるんですか、えっち。それに、メロンパンに果肉や果汁は邪道だと」

「そうじゃない、そうじゃないの! ああ、そうだわ! やっぱりメロンパンにメロンは必須なのよ!」


 あたしは喜びのあまり声を上げて、掌編小説の残りの部分を書き上げた。


「よしっ! とりあえずできたわ! あとは推敲すいこうをしなくちゃ……」

「? なんだかよくわかりませんが、書き上がったのであればおめでとうございます」

「ええ、ありがとう、本山らの。そのメロンに感謝するわ!」


 それからしばらくして、あたしは掌編小説『本山らの誕生日記念ノベル』を書き上げた。

 本山らのの誕生日まであと一週間。

 ふふふ、覚悟しなさいよ、本山らの! 「性描写有り」を付けてカクヨムに投稿してやるんだから!

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