龍王(たつお)の帰り道
縁の下 ワタル
第1話
龍王(たつお)が学校から帰っている時である。
つり目の龍王は夏服の制服を着ていて、左手には学校から支給された茶色い手さげ鞄を持って歩いている。
日はもう暮れているため、周辺は暗い。
いつもは通らない公園の白い石道の真ん中を歩いていた。龍王が歩く道の両端には白石の花壇が等間隔に置かれている。
龍王は花の名前など毛ほども興味がないので、花壇の中に色とりどりの花があるということしかわからない。
白い石道を囲むように、怪しげにざわめく木々が生い茂っている。
こんな道を怯えもせずに平然と歩ける龍王は肝玉が座っている奴だということがうかがえる。
龍王が暗い石道を歩いていれば、石道の右奥に電話ボックスがポツンと置いてある。
龍王は止まって電話ボックスを凝視してみれば、電話ボックスの内側にある灯りによって光が照らされているのだが、変わったことにいつも鬱陶しく群れている虫どもが一匹さえも停まっていなかった。
龍王はこんなところに公衆電話があったかと怪訝に思う。
龍王は石道の真ん中を平然と歩き出してしばらくした後、件の電話ボックスに近づいていた。
龍王は電話ボックスが気になるので、変化のない電話ボックスを一瞥をして通り過ぎ、暫時の間が空いたあとである。
ジリリんジリリリんと、電話ボックスの中にある公衆電話が鳴ったのだ。
龍王は「あれ? 」と言って不思議な表情をして振り返ると、なんで鳴ったんだろうという好奇心でその電話ボックスに近づいて、その電話ボックスの中を覗いた。
電話ボックスの中にある公衆電話のあの緑色をした受話器が不自然にも外されていたのだ。別に誰かが下げたわけもない。受話器が勝手にぶら下がったのだ。
人っ子ひとりいない公園の石道。
夜道の電話ボックス。
不気味にジリジリと鳴く公衆電話。
不自然にぶら下がった緑色の受話器。
こんな恐ろしい状況で普通の人ならば、恐れおののいて「ヒィー!! 」と奇声を上げ、無様に尻尾を巻いて逃げるのが当たり前なのだ。
だがしかし、龍王は違う。
龍王はその奇怪な受話器を手にすることを躊躇しなかった。
むしろ龍王はこの状況で心の底から湧き上がる好奇心を感じていたのだ。
龍王はなんの躊躇いもなく電話ボックスの扉を押して、狭い電話ボックスの中に入れば、当然のように後ろの扉が閉まる。
そこでもう一度、龍王は下を向いて緑の公衆電話器を確認すると、また新たな事実を発見する。
公衆電話についた小さなポリゴン画面に黒く「414 」の数字が写し出されており、数はどんどん減っていっている。
これが意味することはこの公衆電話は今、どこかと繋がっているということだ。
龍王は左手に持つ手提げ鞄を公衆電話の脇にある小さなテーブルに丁寧に置いて、狭い空間の中でしゃがむと、ぶら下がっている緑色をした受話器を拾って立ち、その受話器を耳に当てる。
「もしもーし」
龍王は気の抜けた拍子で挨拶をした。
「いま、いえにいるよ」
受話器から女の子の声が聞こえた。
龍王と同じくらいの歳の女子高生の声。
しかし、その声はあまりにも弱々しく乏しい声をしていた。
「もしもーし、聞こえてますか? 」
龍王はもしもーしと返事をしないのが気に入らなくて、もう一度気の抜けたように言った。
「いま、いえをでたよ」
しかしながら、女子高生の弱々しい声は皮肉にも、もしもしとは返してくれない。
「聞いてんの? 録音したやつでも流してんの?」
龍王は受話器を耳に当てながらそう言った。龍王は今、イラつき始めている。相手がもしもしとは言わない無礼なやつなので、話す気が無くなってきたのだ。
「いま、こうえんにーーー
龍王はなんか飽きてきて、もう終わりにするかと、耳からその受話器を離して、銀色のレバーに掛けようとした。
「おかないで、コロスヨ」
龍王は咄嗟に後ろを振り返った。なぜなら後ろからあの乏しい声が聞こえたからだ。当然のように後ろには誰もいない。
あるのは扉に反射されて映し出された、飄々とした夏服の制服を着て振り返っている自分の姿だった。
龍王は前を向き直して、「はあ」とため息をついた。
龍王は飽きてきたのだ。
だから、龍王は躊躇なくレバーに受話器を置いた。
そうした途端、耳に張り付くような音とともに、龍王の左脇腹に抉られるような衝撃が走る。
龍王は恐る恐る左脇腹を見れば、真っ白くて木の幹のような細い腕が龍王の左脇腹を貫いていたのだ。
真っ白い手の爪は長く、紫色をしていた。
そして、龍王が貫かれた途端に後ろから相手を小馬鹿にするような嘲笑がきこえてくる。不気味でいて乏しい笑い声である。
真っ白い腕が龍王の左脇腹から引き抜かれる瞬間に、龍王は右手で真っ白い腕をがっしりと掴んだ。あえて真っ白い腕が抜けないようにするために。
龍王の判断は速かった。
龍王の果断に富んでいるところは天下一品である。
龍王は公衆電話の脇に置いてある手さげ袋の持ち手を左手で掴んでそれを手の甲に乗せれば、たちまち茶色い手さげ鞄は、赤黒い煙を帯びて、古代ローマの闘技者が使っていそうな、あの質素な茶色い盾へと変化した。
龍王は、自分の左脇腹を貫いている真っ白い腕を掴んだ右手を使って引っ張り出しながら、質素な盾が装備された左腕を、高々と上げて、勢いよく振り下ろした。
鈍器で殴ったかのような重い衝撃音。
龍王の肘に残る鼻っ柱を折る感触。
「ウギャアああああああああああああああ」
という先程の女子高生からは出ないような化け物のような断末魔が後ろから聞こえ、龍王はいい反応をするなと思い、また間髪入れずに肘打ちを彼女の顔面に埋め込んだ。
「イヤダ…イヤダ!!!」
少女がそう言った途端に、龍王は後ろに引き込まれ、後ろにある扉に叩きつけられれば自然と扉が開き、今度は白い石板に背中を叩きつけられる。
「いたたーー
龍王は背中を右手でさすって、起き上がろうとした途端、左脇腹に激痛が走り、ゴロゴロと転がって苦しみ悶える。
龍王は自分の左脇腹を見れば、あの血の気のない真っ白な手はどこかへ消えしまったことに気がついた。
龍王は傷口が広がらないように、左脇腹を右手で押さえながらゆっくりと立ち上がる。
それと同時に、左手に装備していた質素な盾が、赤黒い煙を纏って、茶色い手さげ鞄の姿に戻る。
そうして、龍王は左脇腹を押さえながら暗い夜道を歩いて行った。
龍王(たつお)の帰り道 縁の下 ワタル @wataru56
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