最終話 ♢ 詩穂と慶【そして5年目のふたり】

 ◇詩穂は日記を閉じながら思った。

「早いなぁ……もう5年目なんて」

 出逢いから、特にあの初デートのことを、こうして想い出しながら、少しずつ書いていく作業は楽しかった。


 この5年間、ケンカもしたし、すれ違いもあった。

 お互いの親の健康状態のこともあって、最近では逢えるのは4か月に一度、下手をすると半年に一度くらいだ。

 それでも毎日の連絡だけは、二人とも一度も欠かしたことはない。

 そして、どんな時も不思議に別れるという言葉は二人のどちらからも出たことがなかった。


 左手の薬指の指輪をそっと撫でる。

 純銀の指輪はコーティングも剥げて細かな傷が沢山ついている。

 どんな時も外さずにいるから、当然といえば当然だ。

 でも詩穂はそんな二人の歴史を刻んできたような指輪が大好きで大切だった。

 指輪は、あれから欲しいと思ったことがない。

「だってもうこんな素敵なのを持っているんだもの」


 詩穂は微笑んで立ち上がり、カーテンを開けた。

 窓の外には月。

 その柔らかな明かりを見つめながら詩穂は慶のことを考えていた。


 §


 ◆慶は風呂上り、窓を開けて風を入れながら月を見ていた。

 詩穂のことをふと想い出す。

「もう5年目なんだなぁ、オレ達」

 不思議な気持ちになる。


 ケンカもしたし、すれ違ったり、お互いに思うに任せないそれぞれの家のこともあって、逢う機会は昔よりも減っている。

 詩穂の気持ちに甘えすぎて彼女を泣かせてしまったこともあった。


 でもこれだけは言えるけど、詩穂とつきあいだしてから彼女以外の女性に心惹かれたことはない。

「昔よりも好きになってるかもしれない」

 面と向かっては今更、恥ずかしくていえないけれど、そう思ってる。


 一緒に暮らす、という選択肢はお互いにまだないけれど、このままずっと一緒に人生を歩いていくんだろうなという予感はある。


 そして いつかお互いにもっと歳を取って色々なものから解き放たれた時に、

「一緒に暮らさないか?」

 と、詩穂に言ってみたい気がしている。


 そう言ったら彼女は、どんな顔をするだろう。

 その時には、もう一度、純銀の指輪を贈ろう。


 詩穂の声が急に聴きたくなって、慶は窓を閉めてから電話を手に取った。

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