第20話◆慶の独白(9)ホテルにて①
僕らはホテルの部屋に戻ってきた。
詩穂さんが持病の薬を飲んだり荷物を整理したりしている間に僕も自分の荷物を整理する。
終わってから、やれやれとソファに座った。
さすがに色々歩いたりしたので、汗ばんでいる。僕は汗かきだから尚更だ。
汗臭くないかなぁと気になる。
けど、彼女だって汗ばんでて気持ち悪そうだから、先にシャワーしてきてもらおう。
詩穂さんに
「良ければ先にシャワーして汗を流してサッパリしてきたら?」
と、声を掛ける。
詩穂さんのバスルームへ行く背中に
「ゆっくりで大丈夫だからね」
と、言いながら、僕の心臓は既に早鐘のように打っていた。
これからが大事だ。
せっかく楽しかった時間、詩穂さんに嫌な思いは間違ってもさせたくない。
せめてキスしたいなぁ。
でも……
そうだよ、弱気の原因の一つは、オレのこの毛深さだよ。
汗かきなのは気遣ってくれるくらいで、ホッとした。
手を繋いた時にも嫌がられなかったし(これは気が付かなかったのもあるかもだけど)
実はトラウマは、かなり根深い。
いい感じになった女の子から『キモチワルイ!何、その毛むくじゃら!』と言われた時に、そうなのか、と愕然となった。
オレはキモチワルイのか?
頭を振ってネガティブ思考を追い払う。
せっかくこんなに楽しいのに、そんな風に考えるなんて詩穂さんにも失礼だ。
色々考えているうちに、詩穂さんが出てきた。
「シャワーお先にありがとう。遅くなってごめんね」
無地のスミレ色の部屋着?パジャマ?を着た詩穂さんは、すっかり素顔で可愛いかった。
元々、あんまりお化粧しないからだろう。
そんなに変わった印象はない。
色白の顔にソバカスが目立つくらい。
なんていうと失礼だけど、それも嫌な意味じゃなくて。
とにかく、とにかく、それからこの笑顔だよ。照れたように笑う顔は、ほんのりと紅潮している。
「慶ちゃんも良かったらシャワーどうぞ。汗かいただろうし」
詩穂さんが言ってくれるから、僕も着替えを持ってバスルームに行く。
やっぱり熱いお湯で汗を流すとサッパリして気持ちいい。ふぅーと思わず声が出るよ。
頭と身体を拭きながら、嫌でもまた考えてしまう。
腕から指までも、胸から背中まで。
足は太腿から脛、足の指までも。
そりゃ、これだけ毛深いとなぁ……。
髪をガシガシと拭いて鏡の中の自分を見る。
歯をしっかり磨いて口臭ケアのサプリを飲む。よし!
何いつまでもグジグジ考えてるんだ。
決心したから、ここにいるんだろ。
ありのままのオレを好きになって欲しい。
パジャマを着て部屋に戻る。
詩穂さんは、ソファに座ってテレビを見ていたけど、
「スッキリしたぁー!」
と言うと、うんうんと笑った。
並んでソファに座る。
今日の楽しかった色々。書店で見つけた探していた本のこと。模型屋が初めてだったから面白かったとか、レストランのハンバーグのふんわり感についてとか、また他のメニューも食べてみたいね、などなど話は弾む。
そうして、瞬間、会話が途切れた。
目と目が合う。
僕は精一杯の勇気を振り絞って
「キスしてもいい?」
と聞いた。
詩穂さんがコクリと頷く。
桜色に染まった頬に触れると、温もりが伝わってくる。
心臓がバクバクしてるのが自分でもハッキリわかる。
詩穂さんが恥ずかしそうに目を瞑る。
そっと唇に唇を合わせながら僕は、フワフワした頭で、まるで初恋の二人みたいだ、なんて考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます