第4話 ◆慶の独白(1)本サイトでの出逢い

最初にあの、本のサイトを覗いたのは、まったく気まぐれだった。


僕の家は家族で小さな鉄工所をやっている。

元々、親父と僕が工場の方を、母と妹で経理の方をやっていた。

その親父が病気で亡くなってから、工場は僕一人で回すことになった。


工業高校を卒業した後で家業を継いだわけだが、元々、自営業というのはサラリーマンの様に時間に縛られていない分、全てのスケジュールを自分で組んで管理していかないといけない。

一見、自由な様でも、時間管理ができないと仕事にならない。


それに自宅=仕事場なので、オンとオフの切り替えがハッキリしてなくて、そこはキツイなぁと思う。


家業を継いで、暫くして親父が亡くなってからは、友人達と遊びに出かける事も減り、付き合いも、たまの連絡だけになり、今では、すっかり家の側に建つ工場と自宅を行き来するだけの生活を送っていた。


学生時代の過去に彼女、と呼べる人はいた事はいたけど、数少ないその恋愛は、いつも自然消滅で終わった。

僕自身、無口ではないけど饒舌じょうぜつとはいえないし、グイグイ一方的に距離を詰められるのも、ちょっと苦手なんだよな。外見的なコンプレックスもあるし。


なんていうか、そこまでして恋愛する情熱がなかった僕は、本当の意味で人を好きになったことがなかったのかもしれない。


日曜日は車を出して、母と妹を連れて食料品の買い出しに行く。

一週間の食料品まとめ買いのついでに本屋などに寄ったり、模型屋をささっと覗いたりするのが唯一の息抜きだ。


夜の仕事終わりに、自分の部屋に戻り、パソコンを立ち上げる。

仕事で作る部品の設計図などを作成した後、気分転換にネットサーフィンする。


あの本のサイトは、そんな時に見つけた。

本にも色々な分野があるが、僕は推理小説ミステリーが好きだ。

謎解きやどんでん返しにも惹かれるけど、そこまでの過程というか、登場人物が揃って事件が起こり、謎の糸が絡み合っていくのを、どうなっているんだろうと考えていくのが面白い。

そして、個性豊かな探偵たち!


本の感想サイトでは作品についての色々な人の意見や感想が見れて、そこにコメントをつけることで、交流もできるのが楽しかった。


僕はそこで”タンタン”という名前でコメントをしていた。

これはタンバリンのリズムから思いついたんだけど、中には外国の漫画の主人公からだと誤解する人も多い。

まぁ、それならそれでもいいかなと大抵はそのままにしてるんだけど。


そして、そんな時に、”ムーミン”という名前の人のコメントを見つけた。


ムーミン……昔、アニメであったよなぁ。

懐かしい!

ムーミンさんのコメントは僕の「そうそう!」と思った事や、探偵の魅力……確か最初のコメントはアガサ・クリスティのミス・マープルについてだった、が書かれていた。

それにネタバレありコメントが多い中、ネタバレなしにこだわっているのも良かった。

僕もネタバレ無し派?だからね。


好きな小説の傾向も似ているようで、いつの間にか僕はサイトでムーミンさんのコメントを探すようになっていた。


女性だというのはわかっていたけど、丁寧で落ち着いた知的な受け答えに「この人、根っからの本好きなんだなぁ」と好感がもてた。


それが詩穂さんだった。

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