第7話 7人の魔女

馬車で向かった先はまた深い森。

その森を抜けた先、着いた場所は古い廃教会。

教会の後ろには隔てられた絶壁。

馬車から降りて教会の中に入ると、左右にベンチが均等に並べられ、そのベンチの上には薄く埃が載っているのがわかる。

「よお、 暴食に色欲! 元気してたか? 」

相変わらずの陽気な口調で挨拶をする強欲。

「マルゲリータはいかがですカナ?」

眼鏡をかけた少女はそうは言ったものの、手元にピザがあるわけでも無かった。

どうやらピザの好みを聞いているらしく、それが彼女にとっての挨拶みたいなものだろう。

そのため、別段、その一言に意味などない。

「エヘヘ、美味しそう…エヘヘ」

色欲は、はぁはぁと喘ぎながら、赤面していた。

思春期真っ盛りの諸君、今変な想像をしただろ? いやいや、隠さなくてもいい。多分私もそう思う。

しかし、彼は男だ、しかも美少年ではなく、見た感じ三十歳を過ぎたおっさんである。

「あと小悪魔に手下さんうっす、お疲れ様ですっ! 」

「ビビビ」

尻尾と角を生やした緑色の悪魔は挨拶をしたらしく、可愛くない目で強欲を見ていた。

「… 」

黒いローブの…女性か男性かはわからないがそんな格好している者が何も言わずに会釈した。

「傲慢はまだ来てないのですか? 」

憤怒は傲慢を確認するようにあたりを見回し、その姿が見当たらないことに気づいたのだろう。

強欲は歩いて一番近いベンチ座ると、足を組んで、

「傲慢はいつも遅れてやってくるからな、何せ傲慢だし 」

なぜか強欲は自分の自慢でもないのに誇らしげな顔でそう言った。

「傲慢だからと言って遅れる必要はないでしょう 」

苛立ちを抱いたらしい憤怒は眉間にしわを寄せていた。

? 」

強欲は憤怒をお構いなしに他の魔女に話を振った。

「えへへ、吹き飛んで面白かった。 えへへ」

色欲は笑みを含んだ笑いを…

悪い、これ以上は描写できない。

「それはそれとして、強欲、一つお聞きしたいのですが 」

「うん、 なんだ? ウンコでもしたいのか? 」

「えーと、憤怒さん?これはちょっとした冗談なんで、指をポキポキ鳴らすのやめてくれません? 」

強欲は両手で制した。

「…」

「えーと…すんませんした」

強欲は渋々謝った。

「ふん…それで、あの二人はどういうことですか? 」

憤怒が指をさした方向には例のディープグリーン小悪魔とブラックローブ魔女の姿が。

「あの二人? どういうことって? 見ればわかるじゃん 」

強欲は指しながら言う。

「わからないから聞いてるんでしょ? なぜ怠惰と嫉妬が来てないんですか? 」

「ああ、あいつら色々事情があって来れないんだ、 だから代わりに小悪魔だったり、手下だったりーー 」

強欲が言い終わる前に、憤怒がベンチを思い切り叩き、顔を近づけて言うことには、

「ほお、だったら別に私が来る必要も無かったんじゃないですか? 」

「… 」

強欲は目を逸らした。

「なんとか言ったらどうですか? ご、う、よくっ!!!! 」

これに対して強欲は憤怒の顔に指を突き立てて

「いやだってお前っ! いっつも来ないじゃんっ! しかも、使い魔だって寄越さないじゃんっ! いつも憤怒がいないのに、会議を始めようとする虚しさってどんな気持ちかわかるか?! 」

「知りませんよそんなことっ! だったら私にだって使い魔を出せとか言ってくれれば出しましたよっ! 」

「嘘つけよぉ、俺お前に会うたびに言ったけど、お前一度も出したことなかっただろうが!」

「言った?? 気のせいじゃないですか? 私の記憶にありませんし」

「そんなことねえしっ! 最低でも一回は言ったし! 」

強欲は勢いよく立ち上がりながら言った。

「一回だけでしょう? 一回は言ったのうちに入らないですよ 」

「あーもう、あったま来たっ!! 口でわかんねえんなら魔術で語り合おうじゃねえかっ! 」

指にはめてある金色の指輪を摘むと、どうやら臨戦態勢に入ったらしい。

「望むところですよっ! あなたに付いている金品ごと肉片に変えてタルタルステーキにでもしたあげますよっ!! 」

すると憤怒も爪を立てながらこちらも戦闘態勢に入ったらしい。

「そこまで」

その声は憤怒たちが入った入り口から聞こえてきた。

強欲と憤怒の両方はそれに目線が向いた。

それは金色の髪にカールがかけられており、右目に黒い眼帯をつけ、貴族を思わせる黒い刺繍の入った赤いドレスを着た女性だ。

「よお、傲慢遅かったなっ! 」

強欲、いつもどおりの陽気な挨拶。

「ええ、わざと遅く来ましたの、なにせ私は傲慢、遅れるくらい当然ですの」

そう傲慢が言うと憤怒が舌打ちをした。

「だから…傲慢だからといって遅れる必要はないでしょう?」

憤怒は歯を食いしばると傲慢を思いきり睨んでいた。

「あらあら、これはこれは珍客がいるじゃあありませんか? どう言う風の吹き回しですか? 」

傲慢は口に手を当てて嘲笑いながら言った。

「この俺が粘ったんだよ! 」

強欲は胸に拳を置いて、胸を大きく張っていた。

「あらあら、これはご苦労様ですの 」

傲慢は素っ気なく言うと、強欲が顔をしかめていることから、少し不貞腐れていることが読み取れた。

「つーかよ、サタン様も遅くねえか? 」

強欲はまた近くにあったベンチに座ると憤怒も不服そうな顔をしながらも椅子に座った

「それはそうでしよう 」

傲慢も埃の被ったベンチにお上品に座ると、当然のようにそう言った。

「ん? どういうことだ? 」

教会の大きな窓の外をぼんやりと眺めながら、そう言った。

「あ? …ああ、本当だ、チッ、気づかなかった」

強欲も何もないはずの天井を見回し、何かを悟ったような顔をしたあと舌打ちをした。本来怒りを表すはずの舌打ちとは裏腹に彼の顔は呆れているように見えた。

その瞬間、ガッシャーーンという音ともに純白の礼服を着た一人の男が天井の硝子を突き破って侵入した。

「動くなっ! お前らは今包囲されているっ! 無駄な抵抗はやめて投降しろっ! 」

散乱している硝子の上でちっぽけな聖剣を逆手持ちに構え、六人と一匹を威嚇しているようだ。

これに対する六人と一匹の反応といえば、

「強欲さん、やはりこのような会議は使い魔を用いて行われた方が良いのではなくて? 」

「嫌だね、だってお前ら信用ならねえもん」

「強欲、よくも私を巻き込んでくれましたね?」

「いや、巻き込んでねえよ、お前が行くって言ったから ーーごめんなさい、前言撤回しますんで、その拳下げてもらっていいですかねー?」

強欲は憤怒の殺気を帯びた拳が今自分に降りかかろうとしていることを視認したのか、顔を青ざめ、今まで言ったことを撤回した。

「貴様らっ! 自分たちの立場をわかっているのか? 」

礼服の男は叫ぶ声は彼らの耳に届いているのだろうが、返事をする必要性はないのだろう。

「よしっじゃ、誰がやる? 敵の数は100人程度だから先着2名様だな! 俺は悪いが戦闘派じゃなくて頭脳派だから無理だぞ! 」

強欲は席を立つと、自信満々に腰に手を当てて言った後に礼服の男(エクソシスト)の目が大きく開いた気がした。

「私は嫌ですよ、私は被害者ですので」

憤怒はベンチに寄っ掛かりながら、腕を組みながら言った。

「同じく、私(わたくし)も嫌ですの」

「憤怒は許せるとして、傲慢、お前はやれよ」

強欲は傲慢を指差してはそう言った。

「今日は気分が優れませんの」

ぐぅ〜

と、突然、何かが鳴ったと思ったら、暴食がふらふらと立って礼服の男の前に立つと暴食の顔を見ているであろう男の凛々しい顔が暫時、歪んでいた。

「暴食? 」

強欲が苦笑いしながら、様子を伺うためか暴食に問う。

「今日一食逃してしまったセイでお腹がすいているんデスヨ 」

地面には水溜りができておりポタポタと何かの液体が垂れていた。

「もう食べていいデスカ? いいデスカ?ね、いいデスカ? 」

暴食は強欲に顔を向けると、綺麗に並んだ前歯の隙間から唾液が垂れ流れている笑顔を見せた。

「ああ、もうお姉さん我慢出来ないぃぃっ! 」

ベンチに這い寄るように出てきたのは色欲。

「身体が疼いちゃいちゃうぅぅぅっ!!! エヘヘ、エヘ、エヘヘへっ!! 」

さあ、想像してみよう!

30代前半のおっさんが足を内股にし、喘いでいる姿を。

「ああ… 変態二人が盛っちまった」

強欲は苦笑しながらも呆れた様子で言うと、ベンチに座りながら足をクロスさせ、

「他の奴らは自分の身は自分で守る方針でいいだろ? 」

と言って周りを支持し、

「あのう、私も戦闘に参加しますよ 」

黒いローブの女性が手を挙げて伺うように強欲に聞いた。

「いや、いいよいらないいらない、むしろ巻き込まれたらろくなことにならないぞ 」

間髪入れずに強欲は答えた。

「貴様ら、自分たちが今どんな状況にいるのかわかってーー

なんだか、礼服の男はもううんざりしているようで今にもため息が出そうだった。

しかしその言葉は最後まで言い終わることはなく、

「ああ、そういうのいいから」

たった一言だった。

強欲は、一介の祓魔師(エクソシスト)ごときとは鼻からまともな話などするつもりはないのだ。

「俺たちなんでか知んねえけどよくこの会議バレるんだわ、なんでか知んねえけど 」

強欲は席から立ち上がり、ベンチの外側を歩きながら言い、

「ていうかさ、お前らみたいな奴ってなんで同じセリフしか吐けねえわけ? もっとこう創意工夫してくんないかな? 」

強欲は指をさしてはエクソシストを煽った。

強欲達にとってこれはなんの捻りもない駄作の映画を見ているのと同じなのだろう。一回ならまだしも何回も見せられたら誰だって飽きる。

「飽きる、つまんない、 ベラベラ同じセリフばっかり吐きやがってさ、こっちの立場も考えてくんない? 」

「まあ、別に良いんだけどなあ、だってお前らいつもこの美食野郎と変態野郎の餌とオカズにしかなってないだもん 」

そう言うと、祓魔師に一番近いベンチに座り、踏ん反り返った。

「「それ程でも〜」」

暴食と色欲の声が被った。

「いや、褒めてねえよ」

彼らの余裕そうな会話している中、礼服の男の持つダガーは怯えているようだった。

「というわけで逃げるだったら今のうちだぞ」

強欲は前かがみになり、両手を握りながらそう言った。

それは彼にとっての最後の忠告だった。

「断る! 私は主にこの身を捧げたのだ! そのような者が逃げるわけにはーー

祓魔師(エクソシスト)のセリフは最後まで言い終わることはなかった。

彼は気づくのにどれぐらいの時間を有したのか、

ダガーを持っていた左腕が、肩から食い千切られたということに。

衝撃が走りすぎて悲鳴すら上げられず、無様に尻餅をつき、動転して目は正常な働きをしているかもわからないような虚ろな目をしていた。

食いちぎられた左腕はというと暴食がタンドリーチキンを食べるみたいに美味しく頂いてる。

「そうかよ 」

強欲は歩み寄り、祓魔師の目の前で止まると、

「なら、助けてくれるといいな。

お前の、顔も出させねえ神とやらに」

暴食と色欲の地獄の晩餐が始まった。

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