第4話 強欲

ポストの中は空だった。

その魔女は別にため息をするわけでもなく、ただただその空のポストの中をぼんやりと見ているようだ。

「よお、憤怒! 元気してたか? 」

彼女にとって忌々しいであろう声が聞こえた。無論、忌々しいということは小悪魔と同じ類のやつだ。

彼女は振り返って言うことには、

「来客というのはあなたのことでしたか。強欲」

魔女はその姿が露わになったようだ。

その金髪男は彼女よりも背が高く、薄く髭を生やした好青年で、他の女性が見たら、大人の魅力? ってやつを感じるのかもしれないが、彼女は顔を赤面するでもなく俯くでもなく無表情のまま男を見ていた。

ここまで美化しておいて『かもしれない』で終わったのはとてもシンプルな理由だ。

金のピアスに金のネックレス、金の指輪に金の腕輪、金、金、金っ!!

というような悪趣味な装飾品を身体中に身につけていたからで、そのせいか輝きすぎて目のやり場に困る。

挙げ句の果てには鼻ピアスに口ピアス。

まさに強欲(宗教上においては金欲を示す)を体現した姿だ。

「ん? 何で知ってんだ? ってあの小悪魔が言ってくれたのか! そりゃあありがてぇ! お陰で門前払いされずに済んだ! 」

強欲と言う名で呼ばれた青年は満遍の笑みでそう言った。

「それで用件は? 」

「おいおい、まじか! 覚えてねえのか? 」

黄金づくし男はニヤニヤ笑いながら、そう言った。

ここが同窓会なら「俺だよ俺っ! 」っていう話が進みそうである。

「?」

首を斜めに傾けた。

何を言ってるかわからないみたいようだった。

「会議だっ! 会議!! 。 ったくよぉ…覚えておいてくれよ」

強欲でさえ冗談か何かと思ったのらしく、忘れらていたことにショックを受け、意気消沈をコクリと頭を下げる。

「あーそうでしたね、今から行くべきですかね? 」

その反応からして、この魔女、 本当に忘れていたらしい。

「当たりめぇだろ! サタン様の敵である神教徒を潰すためだ! 」

意気消沈したかと思えば、急に熱くなり始めた。

感情の起伏が激しい野郎だ。

「そのサタンとやらに私は忠誠を誓った覚えはこれっぽちもないのですが」

「いや、お前…。確かに…そうだけどよぉ」

どうやら正論だったらしく、男は何も言い返せない。

また頭を俯かせる。

「頼むよ! はっきり言ってお前しか憤怒は務まらねえ。 だから、この通り! 」

元気いっぱいに手の平を重ねお願いした。

「別に嫌とは言ってないでしょう、 それなりの等価がもらえるのでしたら、別に行っても構いませんよ」

喜怒哀楽の激しい男にめんどくさくなったのか鼻で笑いながら言った。

「なんだ、行ってくれるのか。よかった…本当に来てくれねえじゃねえかってヒヤヒヤしたぜ? それでいくらだ? 」

馬鹿者め、こんな鬼畜女の出す額なんかロクなもんじゃないだろう。

「そうですね、千ペーニヒでどうしでしょう? 」

ペーニヒとはドイツの旧通貨(銀貨)だ。

この時代の貨幣の価値は日本円と違い、一定しない。

ゆえに、『それじゃあ日本円に換算したらいくらなの? 』なんていう疑問を浮かべても質問しないでほしい。

「え、そんなんでいいのか? 。 金貨十枚とかそんなんでもいいぞ」

さすが、強欲。

農民の平均給与の十倍金額をさらりと提示してくるあたり、相当の金持ちらしい。

「馬鹿ですか? そのような大金を普通に出したら、人がたかってくるでしょうが」

金貨は基本、国際のやりとりで使われるのである。

それが故に小さな農村だったりに使うとその金貨を一目見ようと野次馬がたかってくる。

「あー、そうだな、そりゃあそうだ。それで行くのか? だったら、馬車で送っていくぞ! 」

金銭感覚が明らかに狂っている強欲は後ろにあるであろう馬車を親指でさした。

「ええ、そうさせていただきます。しかし、私も準備していません、何せ、私はこの中を確認しに来ただけですので」

と言った魔女はポストのような木箱を指しながら、踵を返して帰ろうと歩き出した。

「わかった、準備が済んだらまた来いよ…あと逃げるんじゃねえぞ」

「人聞きが悪いですね」

そう言って彼女は止まり振り返ると、

「私は逃げも隠れもしませんよ 」

相変わらずの狼のごとく鋭い目で睨むとそのまま歩いていった。

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