第99話 鬼を殺せる刀4


 俺は【鬼殺おにごろし】を真っすぐに鬼へ向けて挑発するが――それは完全に虚勢きょせいだ。


 現状は有利に見えるが、実際は俺の劣勢れっせいだろう。


 なぜなら、俺の【鬼殺し】が鬼の右手を斬れたのは、鬼が俺を取るに足らない雑魚ざこだと考えていたからに他ならない。鬼に油断があり、騙し通せたからこそ、俺は鬼に一太刀ひとたち浴びせることができた。だから、先ほど鬼に止めを刺せなかったのはかなりの痛手だ。


 脳に対して、さらに【練磨れんま】を行い、知恵熱ちえねつが起こるんじゃないかと思えるほどに考える。


 鬼が俺を強者だと勘違いしている間に――次の作戦を立てなきゃならない。


 ……もしも、まくらさんなら、こんな時にどうするかな。


 ……もしも、親父おやじなら、こんな時にどうするかな。


 頭が回って、今までに考えてこなかったことがよくわかる。


 親父は結局、自分が死ぬというショックを与えたことでせんさんの自我じがを目覚めさせ、千さんを助けたが――それは千さんを助けただけじゃなかった。千さんを助けることで、そこから先に繋がる、鬼による被害を無くしたんだ。


 俺は親父の〝自分が犠牲になる〟って考え方を否定し続けていたけれど、他の人々を――例えば、それによって母さんや俺のことも親父が間接的かんせつてきに守っていたのだとしたら、それは俺が考えていた以上に、意味のある行動だったんじゃないだろうか。


 そこまで考えて、不意に思い出す。


 まくらさんは〝この十年間、私は瑠衣るいを助ける方法を探していたのですが、その先を東雲しののめ君にかすめ取られてしまいました〟と言っていた。


 この場に立って、ようやく気付く。


 あの時、まくらさんがくやしがっていた本当の理由に。


 考えてみれば、あんなにも瑠衣のことが好きな親馬鹿であるまくらさんが、瑠衣を殺すことなんてできるわけがない。まくらさんが瑠衣の育ての親になった理由は偶然なんかじゃなかったんだろう。まくらさんは、瑠衣とのきずなを生むために育ての親になったんだ。


 まくらさんが刀をきたえていた理由は〝鬼を殺せる刀ができた〟と嘘をついて鬼と戦い――自分が死ぬことで、瑠衣を千さんのように目覚めさせるためなんじゃないだろうか。


 推測すいそくだけれど、これなら納得がいく。


 まったく、なんて馬鹿な大人たちで、俺はそれに、馬鹿みたいにあこがれちまった。


 腹が、決まった。


 全力で、正面から――鬼と斬り合う。


 俺が勝てれば万々歳ばんばんざいだが、俺がこの戦いで死んだとしても、東雲しののめを目覚めさせることができるかも知れない。それぐらい、東雲の中で俺が大きな存在になれているかが不安だが、そこは少しだけ信じてもいいような気がした。

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