視えるヒトが視るモノは

星浦 翼

プロローグ

第1話 プロローグ1


 田んぼに囲まれた舗装もされていない畦道あぜみちは、虫の音や蛙の鳴き声に囲まれている。


 口から零れた煙草の煙が夜風にさらわれ、昼間の暑さが嘘の様に涼しかった。


 平和にしか見えないこの世界は、どこまでも続いているように視える――が、それはただの錯覚に過ぎない。視えないものが、そのままこの世に存在しないことと同義ではないように。


 獅子堂ししどうは人差し指と親指でつまんだ煙草から口を離した。


「そういうセコいところは変わりませんね」


 獅子堂が振り返ると、そこには羽織に袴姿はかますがたで、片目を眼帯で隠す男がいた。


 こいつの名は、繊月せんげつまくら。


 女のように華奢な身体つきで、腰まで届く黒い長髪が傍から見ていても鬱陶しい。眼帯は怪我ではなく仕事のために付けているが、どこまでキャラ付けすれば気が済むのかと思う。


 本職の獅子堂よりも霊媒師に見える、いけ好かない優男だ。


「知らねぇと思うけどな、煙草って高いんだぞ?」


 獅子堂の指先につままれた煙草はこれ以上ないほどに短くなっている。


 今でこそ笑い話だが、この家業を継いだ当初は本当に貧乏だった。


「禁煙をお勧めします。煙草なんて百害あって一利なしでしょう? 獅子堂さんはご子息もいらっしゃるのですから、お身体を大切にされるべきです」


 獅子堂は煙を吐き出しながら思う。


 片目のくせに、よく見てるじゃねぇか。


「俺は禁煙の上級者だぜ? もう十回以上は禁煙に成功してる」


「……それは十回以上も禁煙に失敗しているということでは?」


 眉を寄せるまくらに笑みがこぼれた。


「でも、あながち嘘じゃねぇんだぜ? 俺は明の前でコレを吸ったことなんて一度もねぇ。それがダメ親父としての、俺の唯一の自慢なんだわ」


 ジーパンの尻ポケットから携帯灰皿を取り出して、最後の一服と別れを告げる。


「微力ながら、結界は私が張りました」


 まくらの表情が、いつの間にか強張っている。


「獅子堂さんのことですから万が一の事はないと思いますが、努々ゆめゆめご無理のなさらぬよう。そして、これが頼まれていた刀です」


 まくらが差し出してきたのは、まるで日本刀のだけを切り取ったように見えるモノ。


 これこそが鬼に対抗できるとされる唯一の武器、霊刀【鬼殺おにごろし】というらしい。


 獅子堂はそれを受け取り、軽く素振りしてみる。

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