第32話 霧山村と僕

霧山村には、8月に入った。別荘地はないが避暑地の様。

アスファルトの上は暑いが、一歩山に入ると木々が生い茂っているので、

とにかく涼しい。


しかし、山に入るのは注意されていた。

整備された遊歩道や登山道以外を歩くと地元住民でも迷うらしい。

大丈夫なのは、猟師さんくらいだ。


今まで何人も遭難した。

そんな時は地元の消防団が駆り出される。消防団の人も迷った。運良く道路に出て助かったらしい。

遭難して見つからなかった人も数人いる。

「自殺じゃないか?」と噂されていた。


そんな怖い面もある自然だが、僕にもお気に入りの場所が出来た。

吊り橋の近くの遊歩道で、少し広くなってベンチがあるところだ。

そこは、木々に囲まれ涼しく、車道から、だいぶん離れた場所なので、愛犬のリードを外してあげる。人にもほとんど会わない。二週にひとりくらい観光客と会うくらい。愛犬は、喜んで山の中に入っていく。しかし、しばらくするとちゃんと帰ってくる。


そして、僕は、青年団にも呼ばれるようなり、だんだん馴染んで行く。


その頃、もう一人の女の子が東京から来る日がやって来た。

僕は昼くらいには着くだろう。と勝手に思っていた。

引っ越し当日の山での寂しさを知っているので、いろんな住民の人に頼んでサプライズで歓迎会をセッティングしていた。


その子は19時くらいに着いた。

ぼくは、クルマ一台分の荷物で来たが、その子は、引っ越し業者の2tトラックで来た。僕らは、荷物運びを手伝う。

20時くらいに終わり、とりあえず、「寝床だけは作っておいた方が良いよ」と言い、宴会会場へ。

その子は、なんだか迷惑そうだった。


僕は、地域に馴染もうとしていた。

その子は、都会の生活を田舎に持ち込もうとしていた。

さらに「かまってちゃん」の様で、地元の若い衆からチヤホヤされるのが当たり前の様に思っていたみたいだ。


僕は、同じ廃民宿に住んでいる事もあり、必要以上に接しない様にしていた。


しかし、それが気に入らなかったのか。

僕が、実家に帰るとき、その子がバイクを取りに行くので、少し遠回りになるが、市内までクルマで送ってあげた。じっと黙って、着いてからお礼もない。


その子は、仮面ライダーに憧れてバイクを買ったらしい。

ほとんど乗ったことが無い。住民からはクルマ一台しか通れない山道で初心者のバイクは危ないので、運転を止められる。

その子は公用車を使っていた。


霧山村は、冬は極寒で、多いところで、50cmくらい雪が積もるので、四駆とスタッドレスは、欠かせないらしい。

そこで、僕は、貯金をはたいて5ナンバーの四駆を買った。予算面もあったが、狭い山道で大きい車は慣れた人じゃないと危ない。


その頃、住民に馴染みすぎて、飲酒運転にも慣れてしまっていた。

ある日、飲みすぎて、一瞬寝たら、山にぶつかり、跳ね飛ばされ、ガードレールに激突して止まった。エアバッグは開かなかったので軽い衝撃だったようだが、前輪がイっているので、もう、動かない。

一番仲が良かった人に電話する。十数人皆さんがやって来てくれて、一番大きな四駆に乗っている人が、事故車を引っ張って、とりあえず、邪魔にならないところまで動かしてくれた。その人は、民宿の人だったので、「今日はウチに泊まると良いよ」と言ってくれた。もちろん無料だ。


なんて良い人達なんだ。当たり前のことだが、数人の人には説教された。

ちょうど、新車の納車が近づいていた。車屋には、車載車で来てくれる様に頼み。

住民からは、「ちょっと居眠りして」と言うんだよ。と言われていたので、そう伝え、潰れたクルマを持って帰ってもらった。


それから、しばらくして、何やら、新聞記者が事故現場の辺りをウロウロしているという話が耳に入る。

僕のケータイに電話が入った。

「飲酒運転して事故したでしょう?こちらには、事故車の写真もあるんですよ」

地元住民は絶対他に漏らさない。写真なんか撮らないし、新聞社へ渡すことなんてない。


誰かがリークしたに違いない。

証拠は無いが考えられるのは、ひとりしかいない。


ぼくは、新聞記者から追い込まれ、病気のようになってしまう。部屋に引きこもり、愛犬の世話もできない。もう、どん底。

最終的に新聞記者には

「地域の方は、呑んでいない方と乗り合わせたが、僕は最後にひとりで出たので、飲酒運転したのは僕だけです」

新聞記者は、地域全体を祭り上げようとしていたので、不満そうだったが、そう記事にするしかなかった。


最後に地域の方には、迷惑をかけない様にし、その地を去ることになる。

一ヶ月後、若い女の子も村を出たらしい。




数年後、霧山村の民宿の人からリーフレットの制作依頼が入る。打ち合わせと撮影でカメラマンと伺うと優しく迎えてくれた。神楽も見に来てくれと言うので、御樽を持って神社にも伺った。酒を呑んだが、その時は、「撮影があるから」と呑んでいないカメラマンに送ってもらった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る