第27話 タイムトラベル・システム
「だから苔むす過程はこの島のシステムの一部」
「地球のシステムの一部でもあるんじゃね?」科学的な根拠は知らない。そうあって欲しいと思った。
丸太でできた壁には床と同じ木材で棚が一面に取り付けてある。棚のガラス扉の向こうにはビンや箱、何かの器具が整然と並べてあった。
昔のお姉ちゃんの部屋と全然違う。
机と本棚だけの整理は元々、完璧だったけど。小さいとき、試しに紙一枚抜いたらバレた。お姉ちゃんは自分のこと棚に上げて、おれの部屋のこと、熱力学第二法則、エントロピーの増大、って言った。片付けろ、って意味らしい。
部屋の中央に下がったカーテンを開けた。細いベッドと背の高い器具がある。ベッドには柵が付いてるけど足元の一部分だけ柵が無くて、座ったり降りたり、しやすそうだ。向こうにリクライニングチェアがある。
「何これ?」
「キリン」
「キリン? サバンナにいる動物?」
「ていうか、点滴の袋を装着する、ここに」
高い位置にフックがついて、おなかの高さには表示装置が固定してある。
ヒカルが腕を上げて器具を触った。「キリンて、言われてみればキリンに見える」
「アタシが入院してたとき、担当の看護師さんがキリン、て言った。点滴の鬱陶しさ、トイレに行くときの大変さ、想像して。その看護師さんの一言でちょっと気持ちが軽くなった。ペット連れて歩いてるってことで。アタシが動物好きって覚えてくれてたか……」
「で?」姉のセンチメントは無視することにした。
「ワームホールっていう、時間を通り抜ける宇宙の近道がある。エネルギーが作る時空のゆがみのこと」
「映画っぽい」
「うん。平らな空間にエネルギーを与えるとゆがみが生じる。エネルギーが強い程ゆがみは大きくなる。ワームホールは時空の極端なゆがみ。エネルギーが物凄いと二つの異なる時間、空間がつながるの。そのエネルギー量を計算するのに量子コンピュータが必要なの。時空の一部を歪ませ、人が移動できるように必要なもの、それは負のエネルギーでね」
「負のエネルギー? 中一でやったな、正と負の数。中学までは数学、なんとかなったんだ。でも高校でさぁ。なんでお姉ちゃん、あんときいなかったんだよ! いればおれの人生変わってたのに」ヒカルは怒って見せた。
「ここでいう負のエネルギーはね、まず、真空をゼロとして想像して。真空、って言ってもカラっぽじゃないんだよ。無数の素粒子が現れたり消えたりしてる。その量子エネルギーを取り除けば負のエネルギーになる。ワームホールを安定させるエネルギー」
「高一んときに言ってほしかった! おっそい! それで、具体的に、どうやってワームホールのなかを移動して時間を遡る?」
「全身を細胞単位にばらして。ここでの体は消えてなくなる。人間の体の六十%以上は極性溶媒でできてる。水ね。極性がある物質にマイクロ波があたると吸収される。マイクロ波は一秒に間に二十四億回、極性が反転する」
「は?」ヒカルはまばたきを何回もした。
「普通の人たちの常識は二十世紀以降も古典的なニュートンの世界だけど、科学技術の世界はアインシュタインで常識が変わったんだよ。アインシュタインの後もね。大きな世界は相対性理論、小さな世界は量子力学に」
「お姉ちゃんが言うとわかるな。昔から」
「っでっしょ! 近代の常識、原因が」声のピッチを変えて両腕を広げた。「結果を生む、だから人はその間にある法則を考えるでしょ。でも電子はモノじゃないから原因と結果の常識は通用しん。ぜえんぶが、タイムトラベルだって、量子論の世界では確率の問題。素粒子なら原子核の塀を通り抜ける」指をカーテンに充て、カーテンの向こうに移動した。「確率を上げるために、もう一つのマジックが必要だけどね」
「わかるような、わからんような。高一の秋、一学期までは、理系に行くつもりだったんだ、生物好きだし。でも数学ともう一個の理科がなぁ!」ヒカルは窓の外に浮かびながらこちらを窺っているセキセインコの妖精に気が付いて笑顔を向けた。「で、もう一つのマジックって何?」
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