第19話 おれの影響
ヒカルはその後も次々にトラブルに見舞われ、ろくに食事もできずに帰国の日を迎えた。
イタリアメシの本場にいるのにレストランは怖くて入れない。店員さんが男ばっかなのは、なんで? まったくもう、お姉ちゃんどこにいる。
空港に三時間前に着くために夜明け前、チェックアウトした。それでも、空港行きの直通列車が突然キャンセルになった。そのアナウンスが分からず、駅の構内で一時間、ウロウロするはめになった。
やっと空港に到着だぁ。
広い空港の中、搭乗はどうもバスに乗っていく場所にあるらしい。もう一度ゲートや時間を確かめると、数時間ぶりに姉のことが心配になってきた。
どこに行ったんだ? スイスに戻ったん? いやいや、イタリア観光かも。考えながら歩いていた。
ふと気がつくと広い空間に人が少ない。何かおかしい。広大な建物の中を何キロも歩いた気がする。
英語の表示を遠くのも、近くのも、一生懸命に読んだ。
どうもこのターミナルは一般客用じゃない? プライベートジェットを持ってる会社や個人のための建物に来てしまった?
茫然としていると警備員が近寄って来た。「エクスキューズミー、サー」
その後は何を言っているのか、ティケット、しか聞き取ることが出来ない。恐る恐る搭乗券を見せた。それを見た警備員は腕を伸ばし遥か遠くを指差す。
ヒカルはその方向に軽く走った。
緩いカーブを曲がったとき、向こうから長身の男が歩いて来るのが見えた。
若いわりにいかにもプライベートジェットを持ってそうな、威厳というのか、偉そうというのか、姿勢のいい、背の高い東アジア人だ。
かっちょええ! あ、おでこにVの線がある。こんな高そうなスーツを着るビジネスマンだから刺青じゃないよな。
だいたい顔に刺青なんて縄文土偶じゃあるまいし。
どんな事故にあってあんなキズが付いたんだろ。
帰りの飛行機の窓から見る光景は驚きの連続だった。行きは夜で見えなかった。
今、眼下にあるのは広大な泥の平原のようだ。ところどころに池が見える。
座席についている画面で現在の飛行、というところをタッチすると、自分が乗っている飛行機が、地図上、アラル海の上にあるという表示が出た。
これかぁ、あの悪名高い……九州より広い湖が消えた。人間はなんてことするんだ。アラル海の周りがもっともっと乾燥して、暑くなって寒くなって、苦しむのは昔からそこに住む人たちじゃないか。
そう思いながら自分がシャワーでたっぷりの湯を使うことをほんの少し反省した。
いくら雨がたくさん降っても、淡水は地球上の水の三%もなく、そのほとんどは極地で凍ってるって教科書で読んだ。そのうえ清潔な水を作るための水道のシステムには、ものすごいエネルギーがかかるらしい。
でもさ、シャワーを好きなだけ浴びるからって、アラル海が無くなったのは自分のせいじゃない。
人類の経済成長のせいだ、誰だって自分は豊かになりたいんだ、と説得しながら、点々と残された池が、まるで島のように見えるのを凝視していて、はっとした。島だ、小さな島だ!
飛行機の窓ガラスに遠い記憶が甦った。
十歳頃の自分が、お姉ちゃんにエルフやドラゴンの説明をしている。「エルフは森に、ドラゴンは種類によって砂漠だったり、地下だったり」姉の目が輝いている。真面目に聴いてくれるから、身振り手振り、しゃべりたくて止まらない。
「そういう国ホントにあるといいね。アタシ、将来、小さな島一つ買って、そこにヒカルの理想の世界作ってあげる!」お姉ちゃんが本気の表情で言った。
島がたくさんある地域!
ヒカルは玄関に飛び込むと二十三インチディスプレーの電源を入れた。
すげえ、さすが国土地理院! 一見、地図帳と同じやけど機能が多い! 立体断面図! 等高線!
「ヒカルが無事に帰国した!」パパとママが安心して慰めてくれる声は耳に入らなかった。
お姉ちゃん、そもそも帰国してるんだかどうだか……でも、島、これだけある。気候も大きさも選びたい放題か。
見当をつけよう。橋で繋がってるとか、人が住んでる島は違うな。所有者はどうやって調べればいい? 国有とか県有とかはわかりやすいけど。
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