第14話 最期の瞬間
年が明けた。
誕生日前だけど、パパがクリスマスプレゼントとお年玉も兼ねて念願のマックブックエアを買ってくれた。やったぁ。おこずかい増やしたいからオンライントレード始めよう。株とFX、どっちがいいかな。
一月二十日、日曜はいつものように終わらなかった。
一年二組の教室でその日あった国公立大学用の入試を解いている途中、激しい揺れが襲ってきた。地球を丸ごと揺さぶっているような揺れで、机の下に潜り込もうとしてもできない。体が吹き飛ばされた瞬間、猛烈な頭痛に襲われ体中の細胞がバラバラになるような痛みに閉じ込められた。全身の筋肉繊維の一本一本が激しく主張し、意識が暗黒に引きずり込まれた。
意識が戻り周りを見回す。床に倒れているらしい。クラスの全員も倒れたままでいた。あんなに激しかった揺れなのに教室内にはヒビ一つ、無い。
何が起きた? 頭、痛い。全身、痛い。
一人ずつ、時の流れが細切れになったように動き始めた。体も動き始めた。窓の外に見える中庭の木も向こうの校舎も、いつも通り。みんな、うめいているけど怪我をしているわけではなさそう。
外に出た。どこも停電し、信号は消えている。自転車を押し、渋滞の車をよけながら家にたどり着くとママがガスも切れてる、と言った。
停電は零時前に復旧し、テレビはどこも世界中で同時に起こった異変を報道し始める。
「太陽フレア」「太陽の黒点活動がこの冬、周期上、活発なはずが例外的に少なかった、その反動」「二〇〇五年、五月から七月にかけ五回発生した巨大バーストで圧倒的な磁場が生じていた」「星振が起きると幾つかの磁場がまとまって莫大なエネルギー、エックス線やガンマ線が吹き出します」解説者は様々な説明を繰り広げた。「地球外部の問題ではない。地球の核では四千度の熱で溶けた金属が渦を巻いている。幾つもの渦が地球の自転で一つの巨大な渦になる。一つになった渦はコアを巨大な電磁石にする。そこで生じた力はマントルも地殻をも越え宇宙に飛び出し地球を覆う磁場になる。地下二千九百キロにある外核表面に影響する巨大な噴火がどこかで起きたのです」
深夜、二十一日、月曜になって数分後、端末に光が灯った。
通信の復旧、はやっ。弓道部で五組の友達からなんかきてる。
由希は親友になると勝手に思い込んでいた彼女を永遠に失ったことを知った。理解できない。実感がわかない。今日は次々に大きなことが起こる。地震のせいで彼女が……病気で入院してたって書いてある。地震と関係ないらしい。
次の連絡におわかれの時間と場所が書いてあった。
もう一度届いた。「今度の木曜が十六歳の誕生日だって」
うそ。誕生日まで同じ。
何かある。絶対、ある。彼女とアタシの間に。それを見つける。そのためにはどうすればいい? 何か変。
由希はその週の金曜日、秘密手帳に書いた。量子論のSF的要素が頭をよぎる。
量子とは。えっと、粒子性と波動性の両方の性質をもつ物質。ふぅん。電子、原子は典型的な量子。
まさか、だけど。その、まさか? 原子より小さな世界では人間社会の常識は通用しない。時間と空間をコントロール? じゃあ?
秘密手帳の最後にある数枚の白紙ページを横三つに分けた。マルチバース論、ユニバースじゃない、マルチなバースの考えを整理しよう。三つの要点。
その一、宇宙を動かしている4つの力、っとぉ、「重力・電磁力・弱い核力・強い核力」
その二、宇宙は六つの数に支配されている。 でもこの論文、古くね?
ε、イプシロン、0.00七、ビッグバンの核融合で水素がヘリウムになる際に、エネルギーに転換される質量の割合。
N、十の三十六乗、電気力の強さを重力で割った値、重力がどのぐらい弱いか。
Ω、オメガ、宇宙の相対密度。
Λ、ラムダ、宇宙定数、宇宙膨張の加速度。
Q、十のマイナス五乗、宇宙マイクロ波背景放射のばらつき。
D、空間次元の数、原子も太陽系も四つ以上の空間次元では存在できない。ホント?
その三、熱力学の三法則、うぅん、これは宇宙の終わりについてだから後回しにしよっと。
要するに、宇宙の全ては波? 波動性てか。
六歳のときタイムマシンに夢中になったなあ。本物を造るって決心した。その後パラレルワールド論を知ってアタマがぶっとんだ。次元は四つどころじゃない。うわあ。アタシの部屋の中にも無限数の宇宙が存在する。
由希は両目をぐるっとまわした。
アタシの分身かもしれない彼女が生きている、ああ! 生きていた?
宇宙が、アタシから一ミリのところにあるって、すごい! 問題は、行き来だけ、って感動。その、彼女が、同じ世界にいるってことかもしれない?
アタシが小学生の時に考えていたのは、パラレルワールドを行き来ができるようにすること。最終目標、ハーバード・ジョージ・ウエルズの「モロー博士の島」美ヴァージョンを作るってこと。
五組の、あの、彼女も、この平行世界を行き来してるなんて、ことはないよね、まさか?
後ろのドアが開く音がする。「ふぃぃ」
「あーっ! ヒカル! もう! 入っちゃいかん!」
弟がまた入ってきた。自分の部屋に収納がないからって、アタシの部屋の押入にあいつの服があるのはイヤ! 六年にもなれば遠慮をわかれ!
「お姉ちゃん」ヒカルは由希が睨んでも平気だ。
エルフやドラゴン、ギリシャ神話、古代生物に夢中な弟。ヒカルはストーリーを思い付いては姉に無理やり聞かせる。邪魔されて由希は怒る。が、毎回、弟の世界に引き込まれていく。
アタシにはない、アタシの夢中。
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