第5話 神木イチョウ

 

 門柱代わりであったかのような若いイチョウが二本、生き残っている。

 見つかったら水汲みだと言おう、竹筒を五本、持って来たし。

 しかしヒカルは途方に暮れた。


 周辺には戦闘の湯気が残るかのように、この村を作った男たちがそのまま横たわっている。

 見たくないものは見えませんように! 見ません!

 しかし臭いが鼻を突く。その肉の臭いがそよ風に乗って素肌を撫でていく。


 大きな鳥が骨をかじる音が聞こえる。骨の中にある髄液をついばむために集まり、増え続けているのが視界の隅に入ってしまい、いや、入れてしまい、震えが止まらなくなった。


 幻想さえ見え始めた。数百の魂が白昼に漂いながら、一つ、一つ、火の山に吸い込まれるように去る。

 幽霊なんか、いるわけない! 真昼間だ! でも鳥に襲われそう? 

 夕べ、オオカミの群れかクマが来た跡がある。昼間も来るのか?


 体を隠す森は元々、火山灰が積もってできたこの盆地には少ない。農業を始めてから、水を得ることができる平地の木は、伐採して田「もどき」に換えてしまった。水路から遠くの林も、生活のために次々と切り倒しちまった。


 足に巻いた革の隙間から何かが滲み込んでくる。血を吸い込んだ土が怖くなってつま先立ちで歩くことにした。


 横たわる勇士たちの中に、戦闘が始まる以前に片脚を失ったらしい年かさの男もいた。脚の切断部を包んでいたはずの粗い麻が風にはためく。

 原始時代にも、不自由になった仲間を大切にする社会があったことが、発掘調査でわかった、って模試の現国で読んだことを思い出す。


 お姉ちゃんは火山のどこか、でも、もしかしたら、崖沿いに茂る森の中かも。ヒカルは盆地の中心にそびえるデコボコした火山と、盆地の周りを囲む外輪山を交互に見た。

 どっちだぁ。


 ヒカルは隠れる場所が多そうな外輪山に向かった。が、オオカミの群れが互いに呼び合う声が恐ろしい。小さな泉を見つけ、竹筒を満たすと、姉を見つけることなく人間が集まる村に戻った。


 新参者たちが焚火のために、壊れた塀をもっと壊している。

「あの木を切り倒せ」支配者が命令した。「我の統治を示す、立派な門を作るのだ!」


 死闘を見届けたイチョウのうちの一本が切り倒された。そこから水分がほとばしり、それが小さな竜巻になり辺りをなぎ倒した。


 ヒカルも新参者たちも、その水色の渦巻きに目を奪われた。竜巻は外輪山の密林へ飛んで行く。

「おい、これ、神木ってやつじゃないのか? もう一本あるが、切るのは止めよう」命令された一人が、もう一人に話しかけた。

「ああ、その辺の板を使うほうが早くできるぞ」


 ヒカルもその二人と壊れた塀の中に入った。


 侵略者たちが先住民の幼い男の子たちを母親たちから引き離している。その男の子たち、母親たち、どちらの顔にも悲痛な恐怖が浮かぶ。男たちは昨日かき集めた食料と水、皮や革を藤ツル製の籠と竹筒に入れ、その男の子たちに背負わせ、一列に並ばせ、一定間隔で結びつけた。新しい村長が翌朝、ニニギ達を東に見送るために準備をしているのだ。ヒカルは火の山に目をそらしながら、見ているだけの自分を責めた。

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