第11話 お出かけ2

 百貨店を後にして、俺たちは昼食を取ろうとファミレスに寄った。外食など滅多にしないので、メニュー表の価格を見ても高いのか安いのか正直わからない。とりあえず俺はハンバーグを、初音はおもむくままに「私もそれにします」と同じメニューを頼んだ。店員が去ってから俺は息をついて言った。

 

「お前、何も考えずに決めただろ」

「仕方ないじゃないですか。こういうところに来るの初めてなんですから」


 初音はそう言って不満をあらわにする。帽子は煩わしくなったようで取って膝の上に置いている。顔が大っぴらになったせいか、客の視線が度々たびたび初音に向けられる。様子を見る限り当の本人は気付いていないが、その方がいいだろう。

 

「それにしても、このハンバーグって食べ応えありそうですね」

「味は期待できないけどな……」

「何か言いました?」

「いや何も」


 初音は訝し気な表情で俺を見て、すぐにメニュー表に視線を戻した。また何か頼むつもりかと思ったが杞憂だった。俺から言い出したとはいえ、あまり注文されると財布がピンチになる。バイトしようかな……。

 料理が運ばれてくると、初音は皿に載ったハンバーグを見て目を見開いた。


「間近で見るとやはり大きいですね」


 そう言ってカトラリーケースに手を伸ばし、なぜか途中で止めた。


「どうした?」

「……お箸がない」

「フォーク使えよ」

「私はお箸じゃないと食べづらいんです」

「そんなこと言うのお前ぐらいだぞ」


 仕方なく俺は店員から箸をもらって初音に渡す。


「お前ってマジでわがままだよな」

「いや、別にもらってきてほしいは言ってませんけど……お箸ありがとうございます」

「俺が放ってたらどうするつもりだったんだ」


 俺が訊くと、初音は何も答えず視線を逸らす。嘘を吐くのが下手なタイプだな。


「まあいいや。とりあえず食べよう。腹減ってるだろ」

「はい」


 初音は手を合わせて「いただきます」と呟く。俺もそれに倣った。日本人たるものこの行儀は欠かせない。

 彼女は箸を手に取り丁寧な仕草でハンバーグを口に運ぶ。シュールな光景だな。

 

「……なんとなくわかっていましたけど味が濃いです」

「洋食はそういうもんだよ」


 俺はそう言ってハンバーグを口に運んだ……スーパーで売られてるやつと大して変わんねぇな。


「でも、たまには変わった料理を食べるのもいいですね」

「変わった料理ねぇ……」

「蒼太さんは共感できないかもしれませんけど、私が吉原にいたときにハンバーグなんてなかったんですよ」

「それは知ってる」

「そうなんですか? 私、言った覚えはありませんけど」

「イメージ的になかったのはわかるよ」


 てか、明治時代まで肉食は禁止されてたんじゃなかったっけ。こっそり食べてた奴はいただろうけど。


「……蒼太さんというか、現代の方はなんでもわかるんですね」

「過大評価しすぎだ。現代人は生き字引じゃない」

「でも、蒼太さんは私より多くのことを知ってるじゃないですか。吉原が『苦界』と呼ばれてることだって……」

「それはネットで調べて知ったんだよ。あ、正確にはインターネットな。聞いたことあるか?」

「実里さんから聞きました。『わからないことがあればインターネットを使えばすぐに知ることができる』と」

「……まあそうだな」


 それは間違いない。


「ただ『限界はある』とも仰っていましたね」

「限界?」

「私がこの現代にタイムスリップ……でしたっけ。その原因はインターネットではわからないと。タイムスリップはそんなに難しいのですか?」

「難しいってレベルじゃない。現代の技術で実現させるのは不可能なんだよ」


 そう。本来は不可能なはずだ。そのはずなんだけど……。


「ではなぜ私は現代にいるんです? はっきり言いますけど私は蒼太さんと出会うまで吉原遊郭にいました。これは間違いありません」

 

 初音は俺の目を見据えてそう言った。今更彼女を疑う気はない。確かに初音は吉原遊郭の振袖新造だ。それを示すものはないけど、俺は初めて会ったときの彼女を知っている。廓言葉で江戸時代の少女を演じるのは練習を積めばできなくもないと思う。それでも、アドリブで演じるのはさすがに厳しいだろう。

 

「そんなムキにならなくても、お前が嘘をついてるなんて思っちゃいねぇよ。ただ、タイムスリップは空想って認識だったから、すぐには信じられなかったんだ」


 ガチのSF好きでも、初見で彼女がタイムトラベラーだと思う奴はいないだろう。いるとしたらそいつの頭を疑う。

 

「私だって信じられませんよ。江戸がこんなに変わってるなんて……面影がまったくないです」

「タイムスリップしたことに関しては特に何も思ってないのか」

「そう言われても実感が湧かないんですよ。何も知らない状況で誰かに『ここは外つ国です』って言われたら素直に信じたと思います」


 確かに。俺は江戸の街並みは書籍やネットでしか見たことがない。でも、東京と比較するともはや違う国だ。ふと初音の表情が強張る。


「どうした。喉に何か詰まったか」


 初音はかぶりを振る。


「お腹がいっぱいになってきました」

「そこそこボリュームあるしな。無理なら別に食べきらなくていい」

「でも、捨ててしまうのはもったいないです」

「気持ちはわかるけど、外食チェーンなんて毎日大量に食べ物捨てられてるぞ。スーパーとかコンビニもそうだな」


 俺の返答に初音は絶句した。江戸時代は現代と違って飽食文化じゃないからなぁ。


「私の知らないところでそんなことが……江戸では考えられません」


 確かに江戸、というか江戸時代の人には理解できないだろう。武士がいたら切りかかってきそうだ。

 初音は複雑そうな顔でハンバーグを口に運んでいく。テンションが食べる前とえらい違いだな……。違う意味で初音の顔を見れない。なんでこうなった。

 いや、俺が余計な事を言ったからなのは重々承知しているが、言葉一つでこんなに雰囲気が変わるもんなのか。

 結局、初音はハンバーグを食べ切り満足そうな表情を浮かべた。今日は感情の起伏が大きいな、と俺は他人事ながらに思った。

 

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