第9話 成長

 ゴールデンウィークが終わり五月に入った。クラスでは休みの間、どのように過ごしたのかで盛り上がっていた。一方で五月病にかかったのか、やる気がなさそうな生徒もいる。俺はずっと自宅で勉強していたので特にこれと言ったことはなかった。

 上位カーストの連中とつるんでいた優也はその場を離れると、俺のもとまで来て言った。

 

「蒼太は相変わらず蒼太だよな」

「言ってる意味がわからん」

「何も変わってねぇなってことだよ」

「一週間程度の休みで劇的に変わってる方がおかしいだろ」


 外見はいくらでも変えられるが、注目されるのは嫌なのでしない。する気もない。


「それより蒼太、放課後ボウリング行かねぇか? どうせ暇だろ」

「勝手に暇人扱いすんな」

「俺はぼっちの大半は暇人だと思ってる」

「……偏見すぎるだろ」


 世のぼっちを敵に回したな。


「マジで忙しいのは作家か学者ぐらいだろ。知らんけど」


 最後の大阪人がよく言う(らしい)やつだ。それより作家と学者をぼっちに含めていいのだろうか。確かにひとりで作業しているイメージ強いけど。


「中間テスト近いのに遊んでていいのかよ。ゴールデンウィークの間に充分遊んだんじゃないのか?」


 優也の学力は決していいとは言えない。中学時代は赤点こそなかったが、点数は学年平均より下回ることが多かった。高校に上がってから多少マシにはなったとはいえ、油断すれば赤点は免れない。


「テストって確か再来週だろ? まだ余裕あるじゃん」

「楽観的だな」

「俺はそれぐらいがちょうどいいんだよ。お前は普通に真面目だよな」


 それは普通なのか真面目なのかどっちなのだろう。


「で、結局どうすんの? ボウリング」

「行かない。どうせほかにも誘うんだろ?」

「あと五人ぐらい」

「そんな大人数で行ってトラブルとか起きねぇの?」

「まったくない、って言えば嘘になるけど、些細ささいなもんだし気にならない」


 さすがと言うべきか、なんで友達になれたのか不思議でならない。ふと、見覚えのある女子生徒が近づいてきた。優也をディスれるのは俺だけとか言ってた……名前は確か五十嵐いがらしだ。彼女は俺と優也を交互に見やる。


「相変わらず二人仲いいね~。高尾くんは今日も明石くんディスってるの?」

美幸みゆき、その言い方だと蒼太がドSみたいだろ」

「おい」

「冗談だっての。あ、そうだ美幸、今日の放課後ボウリング行かね?」

「ボウリング? 私は大丈夫だけど高尾くんは?」 

「さっき断られた。蒼太は陰キャだから」


 五十嵐は残念そうに「そっか」と呟く。そんな反応されたら俺が悪いことしたみたいで罪悪感があるんだが……。


「そういえば、葵ちゃんは誘ったの?」

「吉野はこういうの苦手そうなんだよなぁ。だから誘いにくい」


 そういえば、新学期になってから優也と吉野が話しているところはまだ見たことがない。というか、吉野が男子と交流していること自体少ない気がする。そう考えると、俺が書店で吉野に話しかけられたのは、かなりレアなんじゃないだろうか。

 ……まあレア度で言えば、あの振振がダントツトップだけどな。

 



「蒼太さん。おかえりなさい」

「ただいま」


 俺が帰ってくると初音が嬉しそうな表情で出迎えた。やはりひとりでいるのが寂しかったのだろう。


「ちゃんといい子にしてたか?」

「私を子ども扱いしないでください」

「年齢的にはまだ子どもだろ」


 まあ俺もだけど。


「それより蒼太さん! 今日は私が夕食作りました」

「え、マジか」 

「マジです」

 

 ドヤ顔が少しウザい。


「いつの間に料理教わってたんだ。さすがに独学じゃないだろ」

「ゴールデンウィークの間に。私から実里さんに頼んだんです。少しずつでも恩を返したいのが一番の理由なんですけど、料理には興味があったので」


 そういや母さん、今週ほとんど休んでたな。有給休暇を使ったんだろうけど、初音が居候してからライフスタイルが変わったというか、仕事から帰ってくる時間が微妙に早くなった気がする。


「蒼太さん、ずっと家にいたのに気づかなかったんですか?」 

「ほとんど部屋にいたからな」

「ああ。そういえば一日中部屋に引きこもってましたね」

「そんなに長くねぇよ。睡眠時間を除けば五時間ぐらいだ」


 六時間未満は引きこもりとは言わない。今、俺が定義した。


 初音は呆れたようにリビングに行った。納得できない。俺もリビングに行くとテーブルにはご飯と味噌汁、肉じゃがが置かれていた。俺が前に失敗したやつだ。……いや、ご飯は美味かった。味噌汁と肉じゃががダメだったんだ。


「これ、全部自分で作ったのか」

「そうです。二人分なのでそれほど時間はかかりませんでした」

「へぇ……」


 だいぶスキルアップしたな。例えるならスライムやゴブリンみたいな雑魚モンスターしか倒せなかったのに、経験値上げて中級モンスター倒せるようになったって感じか。ゲームはあまりやらないから例えが適切かわからんが……。

 部屋でさっさと着替えてリビングに戻ると、初音はすでに食べ始めていた。


「味は?」

「はひははひほうふへふ……」

「食ってからでいい」


 じゃがいもを咀嚼してから、初音は人差し指と親指で丸を作った。


「味は大丈夫です。問題なく食べられます」


 そうでないと困る。逆に不安になってきた……。俺は手を合わせてからまずは味噌汁を啜った。

 

「……美味いな」

「ホントですか!」

「これ、インスタントじゃないよな」

「い、いんすた? 何かよくわかりませんけど、ちゃんと味噌は入れましたよ」


 なぜか無性に写真を撮りたくなった。けど、食事中にスマホをいじるのはマナー的によくないだろう。


「肉じゃがは煮崩れしてないし、ご飯もまあ美味いよ」


 初音は「やった」と小さくガッツポーズした。彼女の手料理を食べるのはこれが初めてなので元の実力はわからない。まあそれなりに上達したのだろう。

 それにしても出来立ての料理を食べられるのは新鮮というか、いつも作り置きだったから特別な感じがする。

 今日は自分でも驚くほどに食が進み、俺は夕食をあっという間に平らげた。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」


 おそらく料理のレパートリーはこの三つだけだと思うが、今の初音なら独学でも充分できそうな気がする。


「もう少し経験積んだら母さん超えられるんじゃないか」

「そうでしょうか」

「俺はそう思うけどな。別に過大評価してるわけじゃねぇぞ」


 ほかの国は知らないが日本人は褒められると謙遜けんそんする癖がある。それを否定するつもりはないが、個人的には素直に受け取ってほしい。

 初音は頬をわずかに染めて「ありがとうございます」と軽く会釈した。そして俺の顔を見て笑みを浮かべる。思わずドキリとした。


「蒼太さんの笑った顔を見るの、初めてです」

「え?」

「いつも無表情じゃないですか。だから珍しいなぁって」


 確かに俺の表情筋は基本的に動かない。優也から「お前って感情なさそう」と言われたこともある。無論、俺だって感情の起伏はある。人間だもの。

 

「怒った姿も見たことないです」

「エネルギー使うからな。キレそうになったことは何度かあるけど」

「そうなんですか?」

「ここ最近だとお前と初めて会ったときだな。全然話が噛み合わなかっただろ」

「そりゃあ、生まれた時代が違いますからね」

「お前、よくパニクらなかったよな」

「それは自分でも思いました」

「あ、そうなんだ」


 それは初耳。


「蒼太さんは感情表現が上手くなれば、女の子にモテると思いますよ」

「余計なお世話だ。それに、俺はモテようなんて思ってない」


 女子にモテたところでロクにコミュニケーション取れないし、ほかの男子からねたまれるだけだ。何一つメリットがない。

 

「お前は普通に男子からモテそうだな」


 初音はどうでしょうね、と前置きして言う。


「私がいた時代と現代では異性の好みは変わってるんじゃないですか?」


 言われてみればそうかもしれない。二百年前も経てば、美少女やイケメンの基準は多少は変化しているだろう。やはり「誰もが認める」とか「百年……いや千年に一度」なんて謳い文句はアテにならない。吉原の話を振るのは少し躊躇いがあったが気になったので訊いた。


「吉原にいたときはどうだったんだ? 男子からナンパとかされたことあるのか?」

「私はありませんでした。そもそも、向こうでは同年代の殿方と会う機会があまりないんです」

「ああ、なるほど」


 見世に入れるのは金持ちだけ。ましてや十代となると数は限られる。まあ金欠でも金を借りて入る奴はいただろうな。

 

「百貨店に行ったときも学生って言うんでしたっけ。とにかく年の近い方には会いませんでした。不思議です」


 そりゃ平日だったからだろ。時間帯にもよるけどほとんどの学生は学校にいる。


「なんなら今度の休み出かけてみるか?」


 俺の提案に初音が「え?」と素っ頓狂な声をあげる。


「休みなら友達と遊んでる学生は普通にいるし、ずっと家にいても退屈だろ」

「それは……でも、ひとりは不安です」

「何言ってんだ? 俺が付き添うに決まってるだろ」


 初音ひとりで外出などとんでもない。今のままだと絶対道に迷う。


「初音、お前ここに居候してから外出した回数は覚えてるか?」

「一回だけです。実里さんと百貨店に行ったきり外に出てません」

「だろ。具体的な日時はこっちで決める。念のために髪たばねて帽子被っとけ」


 記憶が正しければ部屋にあるはず。ただ、サイズが大きめだから新しく買った方がいいか。


「……あ、あの蒼太さん。私、別に外に出たいとは思ってないですよ」

「そうか? じゃあ、休みは俺ひとりで出かけるわ。そんときは留守番よろしく」

「え、その……はい」

 

 初音は小さく頷く、というよりは俯いたと言った方が正確だ。俺は初音の頭に手を置いて髪をぐしゃぐしゃにしてやった。


「ちょっと、何するんですか」

「お前が一番引きこもってるじゃねぇか。せっかく苦界出られたのに家に居っぱなしじゃ意味ないだろ。たまには外出そとでて運動しろ」


 適応力を高めるという意味でも少しは外に出た方がいい。当分は俺が付き添うことになると思うが家に居ても暇だしな。俺は初音に背を向けて言った。

 

「今週の土曜日に漫画でも買ってくるわ。何か希望があるなら教えてくれ」

「そういうのは全然知らないんですけど……」

「じゃあ、俺が適当に買ってくる」

「じゃあ、私も行きます」


 少しだけ振り向くとむっとした表情で俺を見ていた。意地を張っているのだろうか。


「……わかった。そんなに気ぃ張らなくても大丈夫だっての」


 何が大丈夫なのか、と自分で疑問に思いつつリビングを離れた。なかば強引だったがもはや結果論だ。ただまあ、俺にしては大胆だったかもしれない。

 当日は何を着て行こうかと思案しながら俺は部屋に戻った。テスト勉強は明日でもいいか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る