星護りコルドの憂鬱(3)



 *****



「で? 天文院の老師衆には会えたのか?」



「あのババァども! 俺を門前払いしやがってっ……」



 吐き捨てるように言いながら、コルドは酒を呷った。



 時間はすでに夕刻を過ぎ、店主はもちろん、付き合いの古い馴染みの酒場にコルドは同僚で親友のレイルドを無理やり誘って来ていた。



「そりゃおまえー、当然だろ。聖占師の中でも老師衆の大占に文句つけるなんて。まったく、いい度胸してるよ」



 レイルドは呆れ顔で言いながらコルドに酒を酌んだ。



「文句もつけたくなるっての! ルファの星護りがあのアルザーク・ジャスエンなんだぞ!」



「んー、そりゃ驚くけどさー。仕方ないだろう、星逢わせで決まるんだから。

 たとえどんな相手でも相性最悪 ってことはないはずだから安心しろよ」



「だから余計に心配なんだよっっ!」



 コルドは声を荒げた。



「自慢じゃないがな、ルファは素直で明るくて性格もいい。ちょっとのんびりしてるが、料理も裁縫も人並み以上にできる。どこに嫁に出してもきっと可愛がられるし、いい奥さんになる! 嫁にやるつもりはまだないけどなッ」



「おいおい……コルドよ~。おまえ、なんか話の方向がズレてないか?

 なにもルファちゃんがアルザークの嫁になるわけじゃあるまいし」



「なってたまるか! 俺はそんなの絶対に許さんっ」



 ドスン! と、


 テーブルを叩いてコルドは息を荒めた。



「まあまあ、少し落ち着けよコルド」



「これが落ち着いていられるかっ。相手はあの死神だぞ!」



「でもそれあだ名だろー。誰だろうと、聖占の星告げで決まったんだ。きっとルファちゃんにとって意味のある相手なんだと思うよ。おまえとルセルがそうだったようにな。……彼、今いくつだっけ?」



 レイルドは指を折りながら数えた。



「戦場の申し子も……かれこれ二十四歳くらいかな?」



「十一年か……」



 酒を呷る手を休め、コルドは呟いた。



「十一年?」



「ああ、早いもんだ。奴の初陣がもう十一年も前になるのかと思ってな」



「……そうか。おまえはあの頃南方の戦さ場に駆り出されていたっけな。

 じゃああの有名な死神の初陣を見たのか……。ヤソガリの初陣を?」



「ああ、見た。奴は確かまだ十三歳だった」



【八十狩りの初陣】


 だった十三歳で。


 アルザーク・ジャスエンは初陣にして圧倒的な強さで功績を残した。



「十三歳の子供が本当に八十人殺したのか?」



「俺が数えたわけじゃないがな。……まだあどけなさの残る子供だと思っていたが、戦さ場に立った途端、顔つきが変わってな……」



 戦場の申し子。


 その名の通りだったと、コルドは話した。



「顔色ひとつ変えずに、まだ小柄な少年が体格のある大人を悠々と倒していく様を見せつけられた。

 あのときは俺も流石に背筋が凍ったよ。

 あれは………奴の動きは幼い頃から特殊な鍛錬でもしてないと出来ないものだ」



「ジャスエン侯爵もそんな子供を引き取るなんて、おもいきったものだな」



 ジャスエン侯爵家の家長、ライシス・ジャスエンはアルザークの養父だった。


 南に領地を持つ貴族で、若い頃は南軍の騎士団長を務めたこともあるという。


 由緒ある侯爵家の嫡男が、母国の子供ではなく異国出身のアルザークを、なぜ養子にしたのか。


 その経緯は知られていない。



「ジャスエン侯爵は変わり者らしいが、信頼のおける人物だという話はよく聞くなぁ」



「だからなんらっ、そんなことッ。オレはなァ、新米の星読みには経験者の星護りを同行させるべきだとぉ……オレは思うわけらよ!」



 酔いが回りだしたのか、呂律がおかしくなり始めたコルドに、レイルドは苦笑した。



「ほら、コルド。もうそのくらいにして、帰ろうぜ」



「あんん!?なんらとー!レイルドてめぇ、人の話は最後まで聞け!」



 ドンッ。


 コルドが両手でテーブルを叩いた。



「星護りはなにもアルザークだけじゃねぇ。俺もそうだし、東軍のルドーや南軍のカラヤとか……あ!カラヤはダメだ!

 あいつは女好きで有名だからなっ。……ぇっと、あとまともな星護り経験者っつったら……」



「よく言うよ、コルド。おまえルセルの星護り辞めてルファちゃんの星護りになれるのか?生涯ルセルの星護りでいるという誓いはどうした?」



「わかってるさ。俺はダメだが他の奴だっているわけだし……」



「あのなぁ。どんなに考えても、アルザークが選ばれたことは覆ったりしないぜ。ルファちゃんが心配なのはわかるけどよ、信じてやれよ。な?そんでそろそろ帰った方がいいって。飲み過ぎるとルファちゃんが心配するからさー」



「レイルドっっ!おまえそれでも親友か!? 俺は悲しいぞっ……オレはっ……俺はっ…………悲しい………うぅっ。ルファが星読みになっちまって………もうすぐ……きっともうすぐ巡察の旅に行っちまうだろ………だからオレは……オレはッ……」



 コルドは泣いていた。


 屈強な大男が子供のようにメソメソと泣いていた。



「泣くなよ……」



 レイルドはコルドの背中を優しく撫でながら言った。



「早いもんだな、もう十六年か。おまえもルセルもよく頑張ったよ、ルファちゃんを立派に育てて」



「俺は何も。一番頑張ったのはルセルさ。俺はほんの少し手伝って……支えてやることしかできなかった」



「そんなことないよ。風来坊で問題児のおまえが王都に家を構えるまでになるなんて。おまえの昔を知ってる俺には晴天の霹靂ってやつだったよ、ほんとに」



「………居場所を作ってやりたかったんだ。

 ルファもルセルも安心して暮らせる場所を。幸せに過ごせる場所をだ……。

 ルファの親代りとして、俺ができるのはそんなことくらいだったがな。

 守ってやるくらいしかできなかったから……。

 ───それに、

 今じゃ俺の方が感謝したいくらいだよ。

 いつの間にか俺の方が、帰りたい場所になっていた……あの家に」



 ルセルとルファがいる場所へ。



「鬼神とか呼ばれてたおまえがなぁ、まさか家族を持つとはね」



 レイルドは感慨深げに言った。



「俺だって、夢にも思わなかったさ」



 血は繋がらないが、自分に最愛の娘ができて、その娘のことで自分が泣くなんて。


 けれどそんな自分が……


 とても幸せだと思えるなんて。



「元気だせよ。なにも永遠に会えなくなるわけじゃないだろう、コルド。

 ルファちゃんだって、おまえとルセルのいるあの家が帰る場所なんだからさ。

 もっと応援してやれよ、ルファちゃんを。あの子の決めた道だろ」



「うぅっ……うヴ~。レイルドおぉ~!

 おまえって! おまえって……やっぱいい奴だなっ!

 おまえがっ……ゥうっ、おまえがルファの星護りならよかったのにぃ~っ」



 号泣するコルドに、レイルドは苦笑しながらも優しく言った。



「そっちの話の愚痴はまた今度ゆっくり聞いてやるから。とにかく今日はもう帰ってやれ。きっと二人とも心配してるぞ」



「………うん」



 レイルドが励ますようにコルドの肩を軽く叩いた。



 コルドは くすん、と鼻をすすりながら席を立った。







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