星護りコルドの憂鬱(1)




 新年の大占で決まった『星護り』の名を聞いた途端、コルドもルセルも絶句した。



 父親代わりのようなコルドはつまんでいた菓子を喉に詰まらせ、母親代わりのようなルセルはティーカップに注いだお茶が溢れても気付かずに注ぎ続ける始末だ。



「うわっ、ルセルってば!お茶溢れてるっ」



 ルファは慌てて台所から拭き布を持って戻り、テーブルの上を拭いた。



「それ本当?」



 と、ルセル。



「……アルザーク・ジャスエンがルファの星護りだと!?……嘘だろ! 何かの間違いだろ………」



 コルドは蒼白になって言った。



「なによ、二人してそんなに驚くなんて」



 テーブルを綺麗にしながらニコニコと笑顔を向ける愛娘の質問に、ルセルもコルドも複雑な表情で顔を見合わせた。



「ルファは聞いてないのか? アルザーク・ジャスエンがどんな人物か」



 ルセルがルファのティーカップに花茶を注ぎ直して訊いた。



「うん。だってマセラ老師様はふたりに直接聞いた方が早いって言うから。特にコルドは詳しいだろうって」



「あのババア……!」



 コルドが苦い顔で呻くように言った。



 そして ダンッ───と、両手で強くテーブルを叩くと、



「俺は絶っ対、反対だッ! あいつが……あんなのがルファのっ……俺の大事な可愛いルファの星護りだとぉぉ!?」



 ドンドンッ!と、コルドが続けてテーブルを叩くので、ルファのカップからまたお茶が溢れそうになった。



「ちょっとコルドってば! どうしてそんなに怒ってるの? アルザークさんがどういう人なのかちゃんと教えてよ。私の星護りとして決まった人なんだから」



「ちょっと出てくるぞ!」



 コルドは舌打ちするとルファにもルセルにも顔を向けることなく部屋を出て行ってしまった。



「なによあれ……」



「行っても無駄なのにねぇ……」



 開け放たれた扉を見つめながら、ルセルが溜息をついた。



「コルドはどこへ行ったの?」



「そりゃ天文院でしょ」



「どうして?」



「大占の結果が不満なんだろ」



「星護りに決まったのがアルザークさんだから?」



 ルセルは苦笑しながら頷いた。



「どうしてなの?コルドがあんなに怒る理由って……。ルセルもアルザークさんに詳しいの?」



「僕はコルドと違って面識はないけど。彼は北軍の騎士団に所属してして「風鷲」の称号を持つ剣士だよ」



「風鷲!コルドと同じなのね」



「そう。でも別の異名もあってね、そっちの方が有名で。……恐れられてるって噂の男だよ」



「恐れられてる?」



「戦場の申し子とか『蒼き死神』という呼び名だ」



 蒼き死神。



 その名はルファにも聞き覚えがあった。



 ルファが暮らす王国「エナシス」がいくさに強いのは、国軍に死神がいるせいだと聞いたことがあった。



 灰青色の髪に青玉の瞳を持つ「蒼き死神」が戦場に現れたとき、敵国の兵士は皆、死神に狩られてしまうからだという………。



「でも死神と呼ばれていても必ずエナシスに勝利をもたらしていたんでしょ? なのになぜそんなに怖がられているのかな」



「それは彼の闘い方があまりにも冷酷だからと聞いてるけどね。でも異名は腕の立つ剣士故に、諸外国から名付けられたものでもあるから、あまり気にすることはないと思うよ。コルドは大袈裟だから」



「そうよね。なにも本物の死神じゃあるまいし。コルドってばあんなに怒らなくてもいいのに。せっかく星護りが決まったのよ。良かったな、くらい言ってほしかったなぁ」



 残念そうに頬を膨らませるルファを見つめながら、ルセルは笑みを浮かべて言った。



「まあ、でもさ。可愛い娘の相棒が物騒な異名を持つ奴なら、どんな親でも心配になるさ。……と言いたいところだけど。コルドだって昔はかなりの問題児だったわけだし。人のこと言えないんだけどねぇ。……きっとアレだな、寂しいのもあるんだろ。ルファがまたひとつ大人になったから」



 ルセルは柔らかな笑みを向けながらルファに言った。



 窓辺から差し込む西陽がルセルの薄茶色の髪を照らして淡く煌めいていた。



 男性なのに、ルセルは昔から〈美人〉という言葉が似合う人だった。



 優しい微笑みで いつもどんなときも、ルファを温かく包み込んでくれる人だ。



 真冬の荒野で泣いていた赤ん坊のルファを拾い、周囲の反対があったにもかかわらず引き取り、コルドと共に親代りになって大事に育ててくれた恩人だ。



 この優しい笑顔を見るたびに、ルファはルセルと出逢えたことを心から感謝した。



「ルセルも私の星護りが死神なんて嫌?」



 ルセルは首を振って答えた。



「僕は祝福するよ、ルファ。そりゃ驚いたけど、月星が導いた相手だからね。信じていいんだよ」



 春に輝くお日様のようなルセルの微笑みは、いつもルファを安心させてくれる。



「星護りも決まったことだし、いよいよ星読みデビューだね、ルファ。今夜はお祝いだ、ご馳走作ろうか」



「えぇ!? 今夜も? 年の暮れから食べ過ぎてない?」



「気にしない、気にしない。まだ新年祭なんだから。それにおめでたい事続きだからね、お祝いしないでどうすんのさ」



 さあ、何を作ろうかな~、と鼻歌交じりにルセルが席を立つ。



「ね、ルセル。今夜はシチューにしようよ。コルドの大好物だもん。ね?」



「えー。ルファのお祝いなんだよー」



「いいの。シチュー、私も食べたいもん。手伝うから。ね、いいでしょ?」



「はいはい、わかったよ」



 ルセルは 苦笑しながらも、仕方ないなぁ、と呟きながら頷いた。





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