『星に誓う日』~〈王子と護り人〉後編




「この辺で休もう」



 草の上の地面に腰を下ろし、彼は気持ち良さそうに伸びをした。



「ローゼも座って」



 隣りを促され、ローゼも腰を下ろした。



「今日はホントに気持ちのいい日だな」



「ええ、とても」




 爽やかな風の吹く中で、ローゼは隣りに座る彼を意識した。


 彼の物腰は柔らかく、落ち着いている。


 性格はのんびりしている方だと思う。


 それでも時折、只者ではない雰囲気を醸し出すことがあるのは、彼の身体に王家の血筋があるからだろうか。



(もしもこの人が……)



 エナシス王国の第三王子でもある彼が、玉座についたら。


 星読みでもある彼が玉座に。


 あり得ない、か。


 でも可能性はゼロではない。


 たとえそれが王位継承権から遠い位置だとしても。


 たとえ第一王子が、現国王陛下から次期王に望まれている現実があるとしても。


 政権はいつの御代も、揺るぎなく強固に続くとは限らない。


 月星を読み解き、天文に精通し、聖占術を駆使し、未来を読み解く力で国土を拡げてきたこの国でも。


 いつ破れてもおかしくない、そんな綻びがきっとあるのだ。


 それがたとえどんなに小さくても。


 綻びはじめたら、脆くなっていくのは早い。


 軍に身を置く者は、常にそれを意識するようにと、昔から指導を受けてきた。


 護衛や側近が主になる[護り職]の専属になってからは特に。



(まさか、わたしが星護りに選ばれるとは思わなかったけれど)



「それ、血が止まるまでしばらくそのままだよ。僕がいいって言うまで取ったらダメだからね。君に怪我させたらルアーナに怒られる」



 ローゼが星護りに決まる以前に仕えていた主の名を口に出し、彼は苦笑した。


 ルアーナ姫。


 彼女は彼の妹君でもある。



「姫様は怒ったりしませんよ。大切な兄上様に何かあったとなれば、わたしが叱られます」



「大切? ルアーナを大切にした覚えはあるけど、僕があの子に大切にされた覚えはないような気がするなぁ。いつもワガママ姫のおもりで大変だったのはローゼの方だろ」



「そんなことありません。わたしのような親もなく、貧しい生まれの者を、姫様は昔から可愛がってくださいました」



「だってローゼはホントに可愛いから」



 さらりと言ってのける彼に、ローゼは慌てて言葉を返した。



「あのっ、ルアーナ様だけでなく、殿下にもっ、とても感謝してます!」



「ルアーナにとってローゼは一番のお気に入りだったからな。僕の星護りに決まってからはあいつ、しばらく口もきいてくれなかったんだよ。そのうえ何て言ったと思う?」



 ローゼは判らない、というように首を振った。



「わたしのローゼはいつか必ず返してもらいますからね! とか言われたし」



「そうですか……」



「でも。ローゼはもう僕の星護りだ。そう簡単に返せるもんじゃない。返す気も無いしな。星読みも二年目からは星護りを経験者の中から指名できるって聞いたけど、僕はずっと君に……僕だけの星護りでいてもらうつもりだからね。誓約解除、する気はないから」



 ───これは命令だよ。


 と付け加え、彼は悪戯めいた微笑をローゼに向けた。



(今日の殿下は、なんだか意地悪だな)



「でも殿下」



「ほら、またそれも。もういい加減、殿下って呼ぶのやめてくれないか? 僕は星読みとして生きるつもりなんだから。

 王宮へは戻らない。天文院を卒院したら星見師として生きてくつもりでいたし、まさか祝福を得られるとは思わなかったけど。でも……これからはもう覇権の駒として動かされることなく生きてゆけるんだ。幸せなことだよ」



「でも、それを諦めていない者も多いと聞いてますが」



「諦めてもらうさ。これは僕の運命。月星の意思だからね。導きなのだから」



 運命。



 それは彼が月星の祝福を得てしまったあの日から……。




「でも、殿下は星読みである以前に、この国の王子でもあるのです。……それは忘れてはいけないとわたし、思います」



 もしかしたら。


 襲ってきたあの賊が、どこかからの刺客だったら……?


 他国?


 王宮……?


 そんな可能性が無いとは言えない。



「ローゼは昔から僕等のお姉さんだったね。たまにお母さんみたいな口調になったりさ……」



「も、申し訳ありません! 偉そうなこと言って」



「ダメ。許さない」



「そんなっ、殿下……」



「ほらまたそれ。殿下って呼ぶのやめたら許す」




 ……そんな。


 殿下、と呼ぶことがわたしの意地悪なのに。



 年上のわたしが何一つ適わない、年下のあなたにできる、たった一つの……そんな意地悪だったのに。



「ローゼ。僕はね、君が星護りに選ばれてとても嬉しかったんだ」



 彼の大きな手がローゼの膝に伸び、怪我をしたその手を優しく包んだ。



「ローゼ。僕を名前で呼んでほしい。そして、殿下でも星読みでもない……そんなふうに僕を一人の男として見てほしい。これからは、ずっと……」



「………ノエル……殿下」



「だから。殿下、外して」



「はぃ、ノエル、様」



「ん、合格。よくできました。僕の星護り……。僕だけの、大切なローゼ……」



 ゆっくりと唇に近付く彼のその優しい微笑みに、ローゼの胸は幸せで満たされていった。



 けれど……なぜなのか。


 幸せなのに。



 ほんの少し、せつなくて苦しくなるのは……どうしてなんだろう。



 ノエル様。



 わたしは月星に誓います。



 温かく大きな、あなたの手の中では、わたしはとても頼りない護り人かもしれないけれど。



 この命 果てる時まで。



 あなたの傍で護り仕えると。



 ノエル…… わたしの大切な星読み。



 わたしもあなたの傍にいたい……。



 共に生きていきたい。



 星護りに決まったときに、わたしが得たあの星に誓う。



 わたしの胸の中にある、あなたの星に。



 星珠に。



 星読みが持つ力の一部、あなたの魔法力の欠片。



「最初の光」に。



 約束し、この想いを捧げます。



 あなたの傍にいることを



 わたしの



 最後の



 その日が来るまで……









〈了〉


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る