『星に誓う日』~〈王子と護り人〉前編




 それは奇現象調査のために滞在していた、東南地方でのこと。



 旅人を脅し、小銭を稼いでいるような賊の輩相手に、立ち回りをした後のことだった。



 三人で襲ってきた賊だったが、こちらの剣捌きに腰を抜かすように逃げ出し騒動は終えたのだが、連中が去った後で気付いた手の甲の擦り傷に彼は驚いたように駆け寄り、そして言った。



「あぁ……もう、こんな無茶したらダメだよローゼ」



 彼は跪き、血の滲んだローゼの手を労わるように撫でた後、鞄の中から血止めと殺菌効果のある薬草葉を当てその上から白い布を巻いた。



「薬なんて。平気です、このくらい」



「駄目だ。小さい傷でも甘くみない。ばい菌入ったら大変だ。嫁入り前の令嬢に、たとえ小さくても傷を負わせるわけにはいかないだろ」



「殿下……」



 目の前の彼を呼びながら、ローゼは笑っていた。



「そこ、笑うとこ?」



「だって、わたしのような歳の者が……。もう遠い昔に行き遅れた身ですし。お嫁にいくあてもありませんもの」



「僕より四つしか違わないくせに。ローゼの歳で結婚した娘、何人も知ってるけどなぁ。そんなことよりさっきの返事、ホントに無茶はしないでくれよ」



 ───無茶などしてないのに。


 無茶しているように見えたのだろうか。


 それはなんだか心外で、おもわずローゼは言ってしまった。



「無茶くらいしますよ。無茶くらいさせてください。わたしは殿下の星護りなんですから」



 言った後でなんだか拗ねてる子供みたいだなとローゼは思い、やはり言わなければよかったのかもと、後悔し始めた。



(そりゃ、殿下はわたしより剣術の腕前も素晴らしいし、【風鷲】の称号も得ている)



 そして尊い〈魔法力〉までも授かった身だ。


 そんな人から見れば、自分の立ち回りなど、とても不様に映っただろう。



 殿下は無敵だと思ったりもする。


 怪我の手当てをしてもらいながら、彼の気配がとても身近に……近い位置に感じることにローゼはソワソワして、どこか落ち着かない。



 そんなローゼの心理を見透かしたように、彼は微笑みを向け、そして言った。



「僕がいけなかったね。加勢しないといけなかったのに。ローゼの武術が舞踏のように美しい動きだからつい……見惚れてた」



「殿下……」



 そんなに。


(そんなにじっと……見つめられたら、困る)



「そ、そんな……。わたしの剣術など無敵の殿下に比べたら! ───は、恥ずかしいものですッ」



「無敵? 僕が?」



「はい。だから無茶くらいしないと。無敵の星読みにわたしのような存在は必要なくなってしまうと思って」



「そんなことないだろ。僕は悪い男かもしれないよ」



「殿下が?」



「そう。悪巧みをたくさん持っているかもしれない。心の中に」



「似合いません」



「そう? でもさ、ローゼの仕事は護衛だけじゃないだろ。僕を監視してないといけないだろ、僕が悪巧みをしないように。……いつか、魔法力を使って、もしもその悪巧みを実行してしまったら。そのとき僕を処罰できるのは君だけなんだからね、ローゼ」



「悪巧みだなんて。殿下には無敵が似合います」



「無敵ねぇ……。どこが、かな?」



 手当を終えたのに、ローゼの手を握ったまま、彼は立ち上がると、ゆっくり顔を近付けて言った。



「そ、それは」



 とても近いその距離にローゼは頬が熱くなるのを感じた。



「それは、風鷲の称号や魔法力とか……」



「風鷲なんて兄上だって持ってるよ」



「それは、そうなんですけど。あの、殿下、顔……近いんですケド」



「そうかな」



 彼は笑った。



「今日はさ、ローゼの顔をこんなふうに近くで、ずっと見てたい気分なんだ」



(そんなの、ずるい)



 そしてなんだか悔しいと、ローゼは思った。


 自分が、気持ちを顔に出しやすいタイプだとは思わない。


 彼がよく読むタイプなのだ。


 月星に限らず、他人の顔色までも読み解いてしまう人なのだ。


 きっとそう。




「もう少し歩いたら休もうか。あの丘の辺りで」



 彼は林を抜けた先に見える丘陵地を指差して言った。



 そこには眩い草原の広がりが見えていた。



「はい」



 先を行く、馬上の彼の少し後ろから、ローゼもゆっくりと馬で続いた。


 吸い込まれそうなくらい青い空と、初夏の陽射しを受けた彼の金茶色の髪が眩しくて、ローゼは思わず目を細めた。



 御歳十九才になったばかりのその容姿からは、雄々しいものが感じられ、いつの間にか少年から青年へと変化した様子が伺える。



 身長を追い越されてしまったのは、もう随分と昔のことだ。



 でも、彼の背丈はあれからまだ伸びてるような気もする。



 羨ましいなと思いながらも、頼もしさの備わった彼にローゼは幸せな気持ちになった。










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