星護りたちの夢

ことは りこ

『夕闇の刻、戦さ場にて。〜蒼い眼の少年』(掌編)





「先にヤらなけりゃ、殺られるぞ」



 戦場から陣内の天幕へ戻った少年に、養父は言った。



「ヤられてないだろ。今日はもう三十人ほど片付けた」



一昨日おとついより少ねえじゃねーか。さっき何見てた?」



「あ?」



「空、見てたろ。敵斬りながら。ああいう油断が隙を作る。怪我したくなかったら戦の最中に空なんぞ見てねぇで、前から向かってくる奴だけ狙え」



「……わかってる」



 少年はムッとした顔で答えた。




 ───あれは星が……。



 あのとき星が流れたような気がして。


 それでつい、見てしまったのだ。


 流れ星。


 流星を見たのは初めてだったから。



 そういえば、この国では天の月星に祈り、流れる星にまでも願いを祈ると聞く。



 ───阿呆らしい。



 少年はそう思った。



 あんなものに願っても、祈っても。


 腹は満たされないし、


 身は守れないし、


 大切なものは……


 戻ってこない。


 永遠に。




「次は百人だ。いや、それ以上殺ってやる」


 青く美しい眼差しに、氷のような冷徹さを浮かべながら言う少年に、養父は苦笑しながらも頷き、そして言った。


「ま、頑張れや。二年前のおまえの初陣が「八十狩やそがりの初陣」って呼ばれてんの知ってたか? あのときの気持ちを思い出せ。そしてあの数を超えてみせろ。

 そんでもって、俺を喜ばせてくれよ、アル」


 養父はくしゃりと顔を歪ませて笑った。


 嫌な笑い方だと、出逢ったばかりの頃は思ったけれど。


 最近は、あまり嫌いではないと思い始めていた。


「今夜はしっかり食っとかないとな。なんか調達してきてやるから待ってろ」


 養父は少年にそう言い残して天幕から出て行った。



 一人になったその中で、少年は敷物の上にごろりと寝転び、そして想った。



 月星などに願わなくても


 そんなものを信じなくても


 ずっと……


 己の力だけで生きてきた。


 たとえ


 死ぬまでこの国で


 戦場の中に身を投じ、生き続けなければならないのだとしても。



 この先、自分が月星を見上げ、何かを想うなどということは、絶対にないだろう。


 安らげるとも、美しいとも思わない天になど……。



 殺した敵の返り血を浴びた身体のまま、濃い血の匂いの中で、少年は目を閉じ闇色の浅い眠りにその身を委ねた。





〈了〉







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