第3話
***
夕日の沈み始めた空を見ながら、あかりは教室へと急ぐ。思った以上に会議が長引き、気が付けば六時になっていた。
さすがに、もう補習も終わっている時間だろう。待たせている二人に申し訳なく思いながら、あかりは教室のドアを開けた。
「ごめん! お待たせ!」
けれど、教室の中に二人の姿はなく――代わりに、あかりの席に座る倉科の姿があった。
「おかえりー」
「倉科君……? 美和と榊君は?」
「それなんだけどさ、まだ補習終わらないんだって」
あかりの席を立つと、倉科はあかりの下へとニコニコと笑顔を浮かべたまま歩いてくる。
「だから、俺と一緒に一回家に帰って、着替えとかを取ってきて欲しいって」
「倉科君と?」
「そう。沖野の家に泊まるとしても着替えとかいるだろう? 一人で行かせるのは危ないからついて行くようにって、沖野から連絡があったんだ」
倉科はポケットからスマホを取り出すと、美和から届いたメールの画面を見せた。そこには確かに倉科の言った内容が書かれていた。
「それから、遠藤さんのスマホに連絡が取れないって、沖野が言ってたよ」
「え?」
あかりはポケットからスマホを取り出して、電源ボタンを押した。けれど、モニターに光が灯ることはなく真っ暗なままだった。
あかりは昨日の出来事で気が動転して充電するのを忘れていたことを思い出す。通りで、今日一日スマホが鳴らないはずだ。
「それで、俺のところに連絡が来たの」
「そっかぁ。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「迷惑なんかじゃないよ」
ニッコリと笑う倉科にあかりはホッとしながらも、だんだんと暗くなってくる外に怖くなる。昨日の恐怖が、まるでついさっきのことのように蘇って、背筋が冷たくなる。そんなあかりの不安な気持ちを感じ取ったのか、倉科はあかりの肩にポンと手を置くとそっと微笑んだ。そして「じゃあ行こうか」という倉科に促されあかりは教室を出た。
外は相変わらず薄暗くて、一人で歩くには不安だった。けれど、倉科が隣にいてくれると思うと少しだけその不安が晴れたような、そんな気がした。
***
教室を出たあかりは、途中で先生に呼び止められた倉科を昇降口で待っていた。
そういえば補習はまだ終わらないのだろうか。あかりはスマホを取り出して、電池が切れていたことを思い出す。ポケットの中にスマホを戻すと、小さくため息をついた。
いったいどうしてこんなことになってしまったのか。たった三ヶ月とはいえ一人暮らしを楽しみにしていたのに。
「はあ……」
「どうした? 遠藤」
「え……?」
あかりは、自分の名前を呼ぶ声に振り返るとそこには秋津の姿があった。まだ仕事が残っているのだろうか、秋津の手にはたくさんの紙が挟まったファイルがあった。
「先生」
「まだ残ってたのか」
「えっと……」
「どうした?」
秋津はニッコリと笑ったままあかりに近づいてくると、壁にもたれかかるようにして立っていたあかりの前に立った。一五〇cm少々しなかいあかりよりも三〇cm以上高い秋津があかりの前に立つと、すっぽりと覆い隠されてしまう。
「遠藤?」
「な、なんでもないです」
「そうか? 最近、様子が変だぞ? 何かあるんだったら先生に相談しろよ?」
「ありがとうございます」
小さく頭を下げたあかりに微笑むと、秋津は日の暮れた外を見て、それからあかりに言った。
「そうだ。もう少しで仕事終わるから、送っていってやるよ」
「え、あ、でも……」
「遠慮することはない。先生の家に帰るのに遠藤の家はちょうど通り道だからな。だから――」
「遠藤さん!」
秋津の声を遮るようにして、倉科があかりの名前を呼ぶ声が聞こえた。
「倉科君」
「お待たせ。帰ろうか」
「……君は確か、一組の倉科か。そうか、二人で帰る約束をしてたのか。なら、安心だな」
ニッコリと笑う秋津の表情が、なぜか能面のように見えて、思わず顔を見返した。けれど、そこにいたのはいつも通りの優しい笑顔を浮かべた秋津の姿で――さっきのは見間違いだったのだと、あかりはそう自分に言い聞かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます