第二十話

 本庁に戻った二人は、その足で取調室へ向かい、家政婦から話を聞き出すことになった。


 家政婦は伊吹いぶき菜々子ななこと名乗る四十代くらいの女性だ。目立った特徴はないが、強いていうなら大人しく、気弱そうな印象を抱かせた。

「そうです。私がやりました」

 二、三ほど問いかけたところで、彼女はあっさりと犯行を認めた。

「彼女、月島さんはいつも機嫌が悪くて、帰宅するなり意味もなく怒鳴りつけてきました。時には物を投げつけてくることも……」

 俯きながら語り出した伊吹をマジックミラー越しに観察する。テーブルを挟んで伊吹の向かいに座っているのは金森一人だ。新人である御伽も彼と共に聴取するべきなのだろうが、別室で観察する方を選んだ。

 隣には土屋が並んで取調室の光景を眺めている。犯人の目星がついたということで、責任者として様子を見に来たのだ。


「最初は我慢していたんですが、黙っていたらエスカレートしてきて、そのうちいつか殺されるんじゃないかって怖くなって……。紹介所の方にも相談したのに聞いて貰えなくて……あの日も何時間も罵倒されて、苦しくなって、気付いたら……」

 彼女は顔を覆い、泣き崩れた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。死にたくなくて。本当にごめんなさい」


「度重なる罵倒と暴力を受け続けたせいで追い詰められたか」

 土屋が憐れみを含んだ声で呟いた。取調室で金森が犯行の流れについて聞き込んでいるが、これといって矛盾はないようだ。

「決まりだな。まあ、精神的に参っている可能性もある。鬱状態だと判断されたなら多少は情状酌量の余地があるかもな。精神鑑定の準備を――」

「嘘っすね」

「は?」

 振り返ると、御伽が白けたように伊吹の泣く姿を見ていた。

「精神鑑定は必要ないっすよ。彼女のあれ、演技なんで」

「どういうことだ?」


 その時、控えめにノックの音がした。扉の向こうから顔を覗かせたのは芝だ。

「被害者の娘さん達がいらっしゃいました」

 土屋は怪訝として御伽を見る。

 当然だが、彼が呼び出した訳ではない。容疑者が絞られた状態で第三者を連れてくるなんてことは金森も考えないだろう。

 となると、残すは御伽だけだ。こういう突拍子もないことをするのは彼女しかいない。その辺りの信頼は誰よりも厚かった。

「あ、待ってましたよ。どうぞこっちに」

 案の定、素早く扉まで進み出た御伽が来客を迎え入れた。

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