第十二話

 レストルームを出てすぐに、御伽は仁王立ちで待ち構える金森に捕まった。


「あれ、事情聴取は終わったんすか?」

 白々しく問う御伽に金森の額からいくつもの筋が浮き出た。漫画であればブチッと盛大な音が聞こえていたかも知れない。

「お前、いい加減に――」

「あ、唾飛ばさないで下さいよ。汚いっす」

 やはりというべきか、御伽は全く怯んだ様子もなく彼の怒りを適当にあしらった。


「済んだなら帰りますか。もうここに用はないんで」

 あっさりと出口へ向かっていく彼女の背を追いながら、金森は行き場のなくなった激情をどうにか鎮める。ここで怒鳴ったところで御伽には何の効力もないと、彼もそろそろ学習してきたようだ。


 駐車場に停車してあるシルバーのセダンに乗り込むと、運転席に着いた金森が改めて口を開いた。

「一応報告しておくが、死亡推定時刻には二人ともアリバイがある。今朝まで大阪に出張していたそうだ。使用済みの航空券も見せて貰った。あの二人には物理的に犯行は不可能だ」

「でしょうね」御伽は当然のように頷いた。

「はあ?」

 そんな返しが来るとは思わなかったのだろう。金森は素っ頓狂な声を上げた。


「いや、言ったじゃないすか。聞いても意味ないって」

 確かに言っていた。金森をあしらうための悪ふざけではなかったらしい。

 彼女には一体何が見えているのか。その表情に大きな変化はなく、相変わらず何を考えているのか分からない。目的が理解出来ないせいで不気味にすら見えてしまう。


 困惑を浮かべる彼にちらっと視線を向け、御伽は落ち着いた様子で問いかけた。

「金森さん、美紀さんを見てどう思いました?」

「は!? 何だよ、いきなり……」

「いいから答えて下さい」

「え、ま、まあ、凄く綺麗な人だったよな」

「いや、そういうのじゃなくて」

 赤くなって答える金森に冷めた視線を向ける。誰も見た目については聞いていない。


「金森さんが鼻の下を伸ばして美紀さんを見てたのは知ってますけど、まずそんな感想が出てくるとか凄いっすね。脳内どんだけピンク色なんすか」

 御伽の容赦のない言葉に、金森は冷水を浴びたような表情で固まる。だが、すぐに咳払いで取り繕った。

「冗談に決まってんだろ。あれだ、その、清純そうだって言いたかったんだ」

「はあ……」

「ずっと自分を苦しめてきた継母を許しちまうなんて、普通なら考えられん。あんなに純粋で、心が清らかな女性はイマドキいないだろう。意地悪な継母の死を心から悼む様子は見ているこっちまで辛くなっちまった」

 金森は腕を組んでうんうんと頷きながら美紀を褒め称える。


「金森さん、いつか女に騙されて身ぐるみ剥がされそうっすね」

「何だと?」

 随分な言い草に金森が心外そうに睨み付けるが、御伽は意に介さず懐からスマートフォンを取り出した。画面には顔文字付きのメッセージが浮かんでいる。


「あ、科捜研から連絡きました。頼んでたやつの結果出たみたいなんで、一度寄って貰えますか」

 話の途中で急過ぎる注文だ。結局何が言いたかったのかも分からない。

 最早自分はマイペースな御伽に振り回される運命なのだと確信したように金森は大袈裟に肩を落とした。


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