第十一話
応接室から出た御伽は、事前に目星を付けていた社員用のレストルームに入った。
迷いのない足取りで個室に入り、鍵を閉める。しかし、自動で開いた便座の蓋をどういう訳か御伽は壁のボタンを押して下ろすと、その上に座り込んだ。
左手の腕時計を見つめて数分、靴を踏み鳴らす音と、ガヤガヤとした声がレストルームに響いてきた。休憩時間に入った数人の社員が化粧直しに来たのだ。
華やかなスーツを着ているので、恐らく秘書課に在籍する者だろう。
「ねえ、聞いた? 月島グループの社長が亡くなったんだって」
この言葉が聞こえるなり、御伽の唇が微かに吊り上がった。当然ながら個室にいる彼女の様子が外に見えるはずもなく、鏡の前に立った彼女達は気付きもせずに会話を続けていた。
「あ、さっき流れてたニュースでしょ? スマホで確認してみたけど、マジらしいよ。自宅で亡くなってたんだってさ」
「自殺の可能性も考えられる、とか言ってたけど有り得なくない? だってあの月島君枝だよ?」
「絶対殺されたに決まってるよね。で、犯人は間違いなくあの女」
「えー? 決めつけとかやばくない?」
「決めつけじゃなくて推理と言ってよね。あの女じゃなきゃ誰がやるのよ。月島君枝を一番恨んでるのはあいつでしょ」
「まあ、確かにね」
あまり上品とはいえない笑い声が響き渡る。人が亡くなっているのに不謹慎だが、赤の他人の死など大抵の人間には他人事として受け取られてしまうものだ。彼女達に限ったことではない。
「それにあの女、相当性格が悪いわよ」
「え、何? 何かあった?」
リーダー格と思える女性の話に全員が身を乗り出した。御伽も個室から耳を欹てて聞いている。
「ほら、半年くらい前に義理の姉二人が事故に遭ったじゃない?」
「あ、知ってる。確か車とトラックの衝突事故よね。一命は取り留めたけど、下半身不随になったって」
「それよ。ちょうどお茶を運ぼうと向かった時に、あの女が執務室であのニュースを見てたの。ノックしたんだけど、こっちには全然気付いてなくてね」
真剣な声音に皆が息を呑んで聞き入る。
「ニュースを見て『ざまあみろ!』って大笑いしてた。あれには狂気を感じたわ。流石に怖くなって一度引き返したもの」
辺りが静まり返った。心なしか彼女達全員の顔が蒼褪めているかのように思える。
「思ったんだけど、その事故も彼女の仕業だったりして」
「え、やだ。シャレにならないよ」
噂話を楽しんでいたはずの彼女達の表情は何処か強張っている。流石にこれ以上は恐ろしくなったのか、そこで会話を切り上げ、逃げるようにレストルームを出て行った。
ただ一人残った御伽は、個室に閉じ籠ったまま腕を組んで考え込んでいた。
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