第十話

 何とも言えない沈黙が落ちた。

 呆気に取られる王地夫妻を正面から見据え、御伽は生真面目な表情で座っていた。


「お、お前! 何言ってんだ、バカ!」金森が咄嗟に声を上げた。

「すみません。こいつ空気読めない奴で……。ガキじゃねぇんだからトイレくらい我慢しろ!」

 不躾な発言をした後輩の代わりに謝りながら、金森は彼女を小突こうとする。だが、御伽はひょいっと身を屈めて彼の手を避け、夫妻を見据えた。


「いや、こんなとこで粗相しちゃう方が失礼じゃないすか。悪いんすけど、トイレ貸して貰えないっすかね?」

「え、あ、もちろん構いませんよ」

 戸惑いを浮かべながらも王地はすぐに了承した。

「すいません」御伽が立ち上がる。

「あ、案内を……」

「大丈夫っす。ここに案内される前に確認したんで」

 退出しようとする御伽に「おい!」と金森が呼び止めると、彼女は一度振り返ってやる気なく手をひらひらさせた。


「金森さんは残って事情聴取の続きしといて下さい。ほら、テンプレ的な『死亡推定時刻にウンたら~』ってのがあるじゃないすか。ぶっちゃけこれってあんま意味ないすけど、まあ、適当にお願いします」

 好き勝手なことを言い捨てた御伽は、周りの唖然とした顔などお構いなく、そのまま部屋を出てしまった。夫妻は言葉もなく視線を合わせる。

 居心地の悪い空気を振り払うように金森が咳払いをした。


「あいつのことはもう放っておきましょう。ひとまず形式的にお伺いします。死亡推定時刻の午後九時から十二時の間、お二人は――」

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