第九話
そんな美紀の姿に気遣うような視線を向ける金森とは対照的に、御伽は相変わらずの表情で「失礼っすが」と口を開いた。
「美紀さんはお母さんと折り合いが良くなかったと伺いました。亡くなったことにショックを受けるようには思えませんが」
「それは……!」
驚いた表情を浮かべた王地が咄嗟に何か言おうとするのを美紀が遮る。
「待って、幸成さん。彼女の疑問は尤もだわ」美紀は寂しげな笑みを零した。
「あなたの仰る通り、私と母の仲は決して良いものとはいえませんでした。姉達からも酷く当たられて、長らく辛い時を過ごしたのは事実です」
彼女は泣くのを堪えるように俯いた。同情したらしい金森が睨み付けてくるのを無視して御伽はじっと美紀を観察する。
「けれど、こうして愛する人と結婚し、家庭を持つようになったことで、彼女も辛かったのだと理解しました。再婚したばかりで夫を亡くしたのですから。幸成さんを失うなんて、私なら堪えられません」
「美紀……」王地が彼女の手をぎゅっと握る。
「それに、母に残されたのは父との思い出だけではありませんでした。遺産なんてないも同然で、会社の借金と、従業員、その家族、更にはしっかり者の姉達と違って世間知らずで愚鈍な私……。全てを一度に背負わされた母が当時どんなに苦しんだか、考えるだけで胸が痛みます」
彼女の頬から涙が伝い落ちる。金森が慌てている間に、夫の王地がハンカチを差し出した。それで目元を拭った美紀は刑事二人に儚い表情を向ける。
「過去を思えば、疑わしいのは分かります。けれど、私は母を恨んだことはありません」
「そっすか」
あっさりと引き下がって頷いた御伽に、彼らは拍子抜けした顔を浮かべた。
「まあ、形式的に話を伺いに来ただけっすから。今のところ自殺か他殺か断定は出来ないんで、参考までに聞かせて下さい」
「え、ええ。私達にお答え出来ることでしたら」
「それじゃあ、お聞きしますけど……」
御伽は勿体ぶったように一旦区切り、重々しく口を開いた。
「トイレ借りていいっすか」
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