第三話
途中で声を掛けた鑑識官に案内されたのは寝室だった。床にブルーシートが掛けられた箇所があり、人間の大きさくらいの膨らみがある。
素早く手袋を嵌めてシートを捲ってみると、壮年の女性が横たわっていた。まずは手を合わせて黙祷した彼女は遺体の確認に取り掛かった。
遺体に向かっていうのも変な話だが、稀に見る美女だ。
化粧のせいか三十代くらいに見える。少しばかりきつめの印象を抱かせるが、スタイルも良く、男を惑わせるような色香を纏っていた。
「
御伽の隣に誰かが並んだ。端正な顔立ちの男性で、きっちりとスーツを着込み、銀縁の眼鏡を掛けている。
「死因は?」御伽は遺体から視線を逸らさず問いかけた。
「まあ、状況からして自殺だな」
彼が天井から吊るされた電源コードを指差す。
それをちらっと見た御伽は再び遺体に視線を落とした。白い首にぐるりと付いた痕は首吊りによるもので間違いない。
「遺書もあるようだ」
「そっすか」
返事はしたものの、彼女は納得していないようだった。
「自殺ね。こんなバリバリ化粧してんのに」
「ん?」
「これから死のうって時にこんな余所行きの顔作りますかね」
死後も他人に見られる可能性を考えてのことだとしても不自然だ。身綺麗にしてあの世に渡ろうとする死化粧というにはあまりに濃い。
「どれどれ」
御伽はブルーシートから遺体の手を取り出し、指を確認する。綺麗にマニキュアも塗られていた。削れた様子がないことからも、恐らく塗り直したのは、最低でもここ二、三日の期間だ。
立ち上がった御伽はドレッサーを調べ、マニキュアのボトルを数個開けてみた。ブラシを明かりに翳したり、匂いを嗅いでみたりしている。
「何をやってる?」
「彼女がしてるマニキュアと同じものを探してます」
御伽は数個選んだボトルをポケットから取り出したビニール袋に入れる。
「これ、科捜研で照合して貰っていいすか。あ、あと
遺体のことを“ガイシャ”と言った。彼女の中では既に今回の事件は他殺という線で固まっているようだ。
「好きにしろ」
許可を取り付けた御伽は「ども」と軽く礼を言い、相変わらずの気だるげな表情で部屋を出ていった。
残された男性はマイペースな彼女に大きな溜息を吐き出す。これから皆で第一発見者である家政婦の話を聞く予定だというのに、興味すら湧かないらしい。
「
近くにいた制服警官が問いかけると、彼はゆっくりと立ち上がり、微かに笑みを浮かべて振り返った。
「あれで御伽は鼻が利く。暫くは思うようにさせればいいさ」
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