第52話
王族専用の馬車での移動中、同乗しているルイスにつぶやいた言葉が聞こえたらしく、不思議そうな顔をされた。さっそく、プリメラ草の件で隣国を訪れており、今日は件の花の採取の日だった。
皇太子に出迎えられて、皇帝陛下と皇后陛下に謁見し、同行してくれる研究者たちに挨拶をし、いろいろスケジュールが詰められた状態で昨日が終わった。
今日の朝も慌ただしく森へと出発し、休憩を取ってはいたが朝から夕方まで採取を行い、その場でできることは全てした。花粉を水源に落とさないように気を付け、残す分以外は丁寧に採取し。
「感謝している、アイリーン王女」
「いいえ、私の力など些細なものです」
「それでも、この国は救われたんだ」
「レオンハルト様……」
今日が終われば明日にでも国へ帰るために出立しなければならない。一日の疲れをお風呂で流し、対処を終えたという小さな打ち上げパーティーで、レオンハルト様に話しかけられた。
「あなたも、忙しいお人だな」
「何も言えないくらいには、忙しいスケジュールだったのは同意です」
「はは、あなたでもそんなことを言うのか」
「皇太子殿下、私も人間ですから……、たまにはこういいたくもなります。もしこんなことがなければ、ゆっくりと観光なども……。欲を言えば、少しばかり自由と言うものを知りたかったものです」
「アイリーン王女……?」
「あ、いえ。すみません……。忘れてください」
「わかった、聞かなかったことにしよう」
ポロっと零れ落ちた本音を、レオンハルト様は聞かなかったことにしてくれた。その表情は悲しげにも見える。
「そういえば、今日はあの者を連れてはいないんだな」
「あの者……?」
「ああ、黒い髪の近衛とは少し制服が違う者だ。彼と同じ制服を着ている者が、もう一人いただろう?」
「あ……。彼は……別件で、その……」
最初、レオンハルト様が誰のことを言っているのかがわからなくて、首をかしげるも、制服の特徴を言われて気が付いた。
「あなたは常に彼を連れていたから、意外だなぁと思ったんだ」
「え……?」
レオンハルト様がセシルと正式に顔を合わせた機会というのは、アイゼリア王国訪問の時の案内を仰せつかった、あの時だけ。それもあの時は私だって途中まで気づいていなかった。
「俺は、人より目が良くてね。魔法を使った変装なんかは俺には効かないんだ」
声の大きさを落として、小声で教えてくれたレオンハルト様の顔はいたずらっ子が浮かべるかのような笑みだった。
それが理由でセシルがずっとそばにいたということを知っていたのか、と納得した。しかし前世で設定資料集なんかも読み込んだけれど、レオンハルト様がそんな目を持っていたとは書かれていなかった。
「彼……セシルと言うんですけど。セシルは陛下の命を受けて国内で別の仕事を受けているみたいで」
「すごく、嫌がったんじゃないか? 何よりもあなたを大切にしている人だろう」
「たしかに……、嫌がりはしました。大切にも、してもらっているのでしょうね……」
「自信を持っていい。あの人は、あなたを大事にしている」
壁際で二人、くすくすと笑いながら話をする。王女と皇太子の間に割って入ろうなんていうアホはいないので、誰にも邪魔されずに話ができる。
レオンハルト様としばらくそうして話をしていた。セシルがいないことが不安で少し気分が下がっていたけれど、レオンハルト様のおかげでそんなことはもうない。彼だって仕事があると自分にようやく納得させることができた。
「さて、夜ももう遅い。明日は早いのだろう?」
もう休め、と言外に、外へ連れ出してくれるレオンハルト様。その後ろからルイスがやってきて私をルイスに引き渡した。まだまだこの宴会は研究者たちの話し合いで使われるから、と閉会はしないらしい。
「途中退席をお許しください」
「構わない、誰もが明日のあなたを知っているからな。それでは、また明日」
「はい、失礼いたします」
レオンハルト様とは別れて、ルイスに連れられて貸してもらっている部屋まで戻る。
その道中でルイスが話しかけてくることはない。やはり隣国の宮殿内ということで、警戒しているようだ。
「姫殿下、あまり匂いが移るほどの距離でお話をされるのはよくありません。セシルが知れば大変なことになりますよ」
「ルイス……?」
そんなに近い距離で話していたかしら、と首をかしげるとルイスは苦笑いで頷いた。ルイスから見てそこまで近い距離だったのであれば、今後、変な噂が立たないためにも気をつけなければならない。
「セシルは、案外やきもち焼きです」
「わ、わかったわ……」
ルイスと少しだけそう言った話をした後、彼も退室したため、一人で眠る支度をした。なぜ一人なのかと言うと、私も一人になりたいということで、侍女を断ったからだ。
「ふ、あ……」
軽く伸びをしてあくびを噛み殺し、ベッドから起き上がるとまだ夜が明けて一、二時間と言ったところだった。出立まではまだ時間があるものの、あまりゆっくりもできない。レイラが呼びに来るまでに自分でできることはしておこうと、本格的に起き上がった。
「よし、準備はできたわね」
「失礼いたします、アイリーン様」
「おはよう、レイラ」
「おはようございます、遅くなってしまい申し訳ございません」
「良いのです、私が早く起きただけなのですから」
「では、朝食の前に服のお支度を」
「ええ、お願いします」
ほどなくしてやってきたレイラに服のチェックをお願いし、髪の毛までしっかりとまとめてもらう。
「いってらっしゃいませ」
「ありがとう」
レイラと別れて朝食の席へ行き、挨拶をする。この朝食が終われば出立し、国へ戻る。昨日の研究者たちを労うという意味が大きい、小さな打ち上げ以降、研究者たちは夜通し何かをやっていたようで、皇帝陛下よりほぼ発生した疾病に対して落ち着き始めたと言われた。
「気を付けて、帰るように」
「はい、ありがとうございます」
「こちらこそ、世話になった」
あっという間に朝食を終えて、宮殿前に停められた馬車に乗り込む前に、皇帝一家と握手を交わす。また会えるといい、そんな願いを込めて私たちは別れた。
「レイラ」
「はい、アイリーン様」
「私は、間違ったことを、しているのでしょうか……」
「おそれながら、アイリーン様。あなた様は大勢の罪なき人々を救われたのです。そこに間違いなどあるはずがございません」
「……、そう、かしら」
「はい、アイリーン様」
「私は……」
「アイリーン様……?」
「いいえ、なんでもないわ」
レイラと話をしていたが、不毛な自問自答に入りそうだったから、無理やり話題を終わらせて別の話をすることにした。急いで国へ戻っているので、景色はすぐに次へ次へと変わっていく。
移り変わる景色を見ながら、私は思いをはせる。もしも自由になれたのなら、とか。私のしていることの正しいのはどれなのか、とか。私の見ている景色がすべて正しいとは限らないから。
もうそろそろ寝そう、と思えるくらいずっと馬車に乗りっぱなしで疲れたころ、ようやく王宮についたらしく、本当にほぼノンストップで走ったなぁと思う。
「アイリーン様、お加減は……」
「大丈夫よ、レイラ」
「降りられますか?」
「ええ、ありがとうございます」
エスコートしてくれる騎士の手に、己の手を重ねて馬車から降りる。足が疲れて歩くのが大変だったが、普通に見せかけてしっかりと歩みを進める。そのままの足で父に帰還の報告をし、少し二人だけで話をする。
「アイリーンよ、よく無事で戻ってきてくれた」
「今回の件についてきてくれた方々のおかげです」
「うむ。して、アイリーン。お前をこの件以降、表に出すことはしない。郊外の離宮を整えさせたからな、すぐにそちらへ移動しなさい」
「わかりました、お父さま」
セシルが帰ってくるまでの間にさっさと準備して行きなさい、と言外に伝えてくる父に頷く。
「案外、あっけないものね……」
プリメラ草の件を父がすべて引き受けると約束してくれて、私が抱えている仕事は何もなくなった。そしてちょうどその間にセシルは意図的に長期任務で隣国へと行かされている。そのタイミングで、私は眠り姫によって急逝したこととなった。
「アイリーン様……」
「レイラ、私ね」
周囲がバタついている間に王都の郊外にある王家所有の離宮に移り住んで、これからは過ごすことになった。今日はその出立のためにいつもの自室ではなく違う部屋で待機していた。一緒に待っていたレイラに自由になったら、やりたいことがあるの。そう言おうとしたとき、慟哭が響いた。
『おひいさんが、死んだ……? そんなわけないだろう!? あのお方は俺を置いて逝ったりしない!!』
『セシル、現実を受け入れるんだ。俺だっていまだに信じられないけど、もうアイリーン王女はここにはいない』
『なん、で……、あ、ああああああぁぁぁぁああっ!!』
心が引き裂かれるような気持ちになるほどの叫び。セシルに言わなかったことを後悔していた。でも、もう遅い。私は、セシルを愛した私は死んだのだ。
『セシル、もう一度だけ言う。姫殿下は、ここにはいない。俺の言いたいことはわかるな?』
セシルの叫び声が、ふと、止んだ。そしてやけにルイスのその言葉ははっきりと聞こえた。ルイスは、もう私がこの場にいないことを再度通告していて。生きているということを隠している、その事実に胸が痛んだ。
そのあとに交わされた言葉に私は気づかなかった。ルイスと父が共謀していたことに。
アイゼリア王国第一王女、アイリーン・レインヴェルクが奇病である眠り姫によって急逝したと、国内国外に向けて正式に情報発信された。
亡骸に会えるのは王族のみであるが、第二王女と第一王子はまだ幼いということで実際に会えたのは父である国王だけだった。棺は少し細工をして重さを演出し、国葬された。
そして私はアイリーン・レインヴェルクという名を捨てて、セレスティアという名を、父より与えられた。父によって新たな身分を与えられた私は、表向きはアイリーン・レインヴェルクとして死に、セレスティアという病弱な貴族の娘として療養していることになった。
「セレスティア様、一週間後に来客ありますよ~」
「来客? お父さまかしら?」
「うん、だね」
「わかったわ」
ルイスに世話を焼かれながら、次の予定を知らされる。なんだかんだと、王女ではなくなったものの、父一人では王宮内の仕事を回すのは大変なので、父と談笑するというお仕事をもらった。それ仕事なのか、と首を傾げたけれどあとで騎士団長のロイドさんに息抜きのためのお仕事だと言われて納得した。
レイラは今、買い出しに行っているのでここにはいない。ルイスは笑顔で話をしているものの、どこか門扉の方へ意識を持って行っているのがよくわかる。
「ルイス、今日……、誰か来るの?」
「あ、あー……。その、ええ、まぁ。あっ、レイラさん帰ってきたみたいなんで俺、ちょっと行ってきまーす」
「あ、ちょっ」
気になるので、ルイスを問い詰めると明らかに彼は逃げ出した。でも警戒しているという感じではないので、大丈夫か、と納得するあたり、私もなかなかではある。
庭先でゆっくりと椅子に座って日向ぼっこをしていると、後ろで足音がした。ルイスかレイラが戻ってきたのかな、なんて思って振り向こうとして所だった。
「お、ひい、さっ」
「え?」
私の耳に、恋焦がれて諦めた人の声が、したんだ。
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