第51話


『お前の大切な人のために、これからの人生を生きなさい。よって、対外的にはお前を病死扱いとする。生存を知るのは私と、宰相、近衛騎士団長ロイド、第一王女専属侍女レイラ、お前の側付き兼護衛の密偵、ルイスのみとする』


『お、とうさま……、セシルには知らせないのですか……?』


『お前は、セシルには知られたくないようだったからな』


 父との会話を思い出す。父は何でも私のことなどお見通しだった。この調子では私がセシルを愛していることも気づいているのだろう。気づいていての婚約関連についての発言だと、私は思う。


たしかに、父の言う通り私はセシルに知られたくない。大切な人のために人生を生きなさいと、自由を約束してくれたけれど、矛盾していることはわかっている。父は私が身分に囚われない、自由な人生を生きろと言ってくれた。それなのに私はセシルに知られたくない。


 自分が、セシルを置いて逝ってしまう可能性があることを、知られたくはない。まさか、という気持ちは、大きい。まさか自分が、伝承レベルとは言わずともめったに見かけない病に罹患するとは思っていなかったから。


もしかしなくとも、あの古書店の店主であろうおじいさんも、眠り姫に罹患しているのだろう。一人ではない、そのことが今の私の支えでもあった。そもそも絶対数が少ない未来視という異能、数少ない同じ異能を持つ人に出会えただけでも、奇跡というものだ。


『私はね、アイリーン。お前の幸せを、一番に願っているのだ。もちろん、ルドルフやアンジェリーナの幸せも。お前の選択した意思を、私は尊重する』


意思を尊重すると言ってくれた父の姿を思い出す。父は少し淋しそうな表情を浮かべていたのが、印象的だった。


「お父さま、ありがとうございます」


 私は、お父さまの娘であれて、幸せだと思う。未来視があるとわかった娘を、政治の道具にすることも利用することもなく、ただ自分の人生を歩みなさい、と応援してくれる。本当に素敵な国王陛下だ。


私はこの国を治める一族の一人ではあるが、その前に一国民でもある。父の治める国で、その政治の一端だけでも担わせてもらったことは、誇りだ。


「失礼いたします、アイリーン様」


「レイラ、どうかしたの?」


「アイリーン様宛に、お見舞いの品が届いております。現在、近衛とともに検品しておりますが、どうなさいますか?」


「ああ……、面倒くさい作業をありがとう。検品し終わったら、すべて私の部屋にお願いします。返礼返送くらいは、自分でしますから」


「かしこまりました、そのように手配します」


「ええ、お願いね」


 明日からは、また学院に通いながら公務をしなければならない。さらにお見舞い品へのお礼状などの動きも含めると、また忙しくなる。シルヴェスター教授にもいろいろと報告しないといけないこともある。


「まあ、大丈夫よね、まだ」


自分に残された時間がどこまであるのかは、わからない。だからこそ、怖いのだ。これから先、自分が何をするべきなのかを迷う日が来るだろう。それでも、私は前を向く。



「シルヴェスター教授、ありがとうございました」

「いいえ、アイリーン様。私の立てた仮説を、ご自身で証明されたその力はあなた様の力です」

私は何も、と謙遜する教授に、わかったことを報告する。未来視の不明だった部分はいくつか判明したため、そのことも含めて報告をした。その情報が、今後の未来視を持つ人たちに役に立つことを願って。

「セシル、ずいぶんと気が立っているようだけど……。どうしたのか、知ってる?」

「あ~……、姫殿下……。その……」

シルヴェスター教授との話が終わり、気が立っているセシルに近づきがたくて、近くにいるアリエルさんもとい、ルイスにこっそりと話しかける。すると、ずいぶんと歯切れが悪い。何かまずいことでもあったか、と不安になっていると、ルイスは意を決したように口を開いた。

「姫殿下、それはですね……。嫉妬と今まで姫殿下を軽んじてきた人間の手のひら返しに怒っている状態です」

「へ?」

まさかの理由である。たしかに、今まで私が魔法を使えないと知った人たちは、みんな陰で私を馬鹿にしていたのは知っている。しかし、それを覆したことに関して怒る理由が、私にはわからない。


「って、ちょっとまって。嫉妬?」


「ええ、そうです。姫殿下が急に他国から婚約申し込みが相次いでいるって知って、嫉妬してるんですよ」


ふんふん、と話を聞いていると、小声ゆえに自然と距離が近くなっていたようで、いきなり肩をつかまれた。驚いてしまい、何事かと思った瞬間には、ルイスと距離が離されている。


「ルイス、近い」


「はいはい、顔怖いよ~、セシル」


私はと言うと、しっかりとセシルに抱きしめられていて、二人のやり取りを見ることしかできなかった。本当にここが特別カリキュラム専用の教室内でよかったと思う。こんな姿見られたら、大事だった。


三人で仲良く話をしていたが、課題研究を提出した私とルイスはそのまま解散となった。セシルはまだ授業が残っていたので、護衛の前に授業を受けろと私が言った。そのため、帰り道はルイスの護衛という珍しい日になった。


「ねえ、ルイス」


「なんでしょうか、姫殿下」


「ルイスは…………、私の今後の予定を知っているでしょう」


「はい、姫殿下。俺はすべて陛下より今後のことを知らされております。それと同時に、あなた様の護衛も引き続き任を受けております」


「ルイス、父に言われたからと言って、無理にこの先、私の側にいなくても構いません。あなたの主は、父なのだから」


せっかくの、ルイスとの時間なので最近考えていたことを伝えた。すると、とても大きなため息が聞こえてきた。


「はぁ……。セシルの言っていたことも感じていた気持ちも、今とても俺は理解しましたよ。姫殿下、あなたはご自分の周りを勘違いしていらっしゃる。みんなあなただから付いていくんです。それから、俺は姫殿下にお仕えしたいと直接、陛下に申しましたので、現在の主はあなたですよ」


「ん? うん、うん?」


いまいち、言葉の意味が入ってこないが、私がルイスの主になったことだけは理解した。


体調がずいぶんと回復した私は、お見舞いの品に対するお礼状を書いたり、過度なものはお礼状とともに返送したりなど、忙しく身の回りのことをこなしながら、隣国へと出立する準備をしていた。


なぜなら、隣国から正式にこちらでプリメラ草の採取をさせてもらうにあたり、私の同行が条件として出されたからだ。


余談だが、その条件に対しての理由はすべて開示されており、それを見た父が判断をして今回の隣国訪問が決定しているので、おそらく事件などはないだろう。


「にしても、どうしてこうも胸騒ぎがするのかしら……。最近、変な夢みたいなものを見るし、あれは未来視という感じではないから……」


学院に通いつつ、公務を行いつつ、なんて多忙を極める生活をしているのに、私は不思議な夢を見る。何かを私自身が言っているのだ。鏡合わせのよう向かいにいる自分が何かを必死で伝えようとしているのに、それを聞き取ることは叶わない。声が聞こえないからだ。でも、その私はとても必死で、泣きそうな顔をしていた。


「私は、何を伝えたいの……?」


泣きそうになるほど、顔を歪めて。今にも涙をこぼしそうな顔。それに、古書店でおじいさんに言われた言葉も気になる。もしかしたらこの二つの内容は繋がっていたりして、なんて思う。


「代償って言ったら……、それは……、未来を変えることの代償でしょうね……」


もう、代償と言えばそれしか思いつかない。おじいさんの言葉の意味はあとでゆっくり考えるとよくわかる。でも、自分の伝えたい内容に対して見当がつかない。そもそも、あの私は未来の私なのかさえも、わかっていないというのに。


「まさか、別の世界線とか、言う感じ……? いや、まさかね」


私自身が転生ということをしたためか、世界線がいくつもあっても動じないくらいには、考え方が広がった。だけどさすがにほかの世界線に干渉するような魔法はなかったから、十中八九、あの私は未来の私だろう。


「まあ、今は考えたって仕方がないわよね」


わからないことをいつまでも、ああだこうだと悩んでいても解決はしない。いったん、どこかに置いておいて、また考えたらいい。


「あ、そういえば、荷物しとかなきゃ……」


隣国へと正式に訪問するにあたり、その支度をある程度は自分でしなければならない。何せ、薬草とも毒草とも言われるプリメラ草を扱いに行くのだ。それなりに事前準備は自分でしておくべきだし、勉強ももう一度しておくべきだ。


「アイリーン様、こちらの支度は以上です」


「ありがとう、レイラ。あとはやっておくわ」


「はい、失礼いたします」


支度自体はレイラが手伝ってくれたおかげで、だいぶ早く終わりそうだ。以前に使った古書や書物から書き出した内容を思い出しながら、また私は考えこんだ。


プリメラ草、大群で咲いているのを見かけることがないとまで言わせたほどの、希少価値の高い花。ゲーム上では、その花によって引き起こされた疾病をヒロインがレオンハルト皇太子と一緒に解決していくという、皇太子ルートでのイベントだ。


私は、転生したと気が付いて変わる努力をしてから、ずっと気づいていた。ここがゲームの世界に限りなく近いだけの現実だと。この世界に生きる人たちが、現実を生きる人たちであるというのも、わかっていた。


だから、攻略対象者の一人であるルドルフと、ヒロインのお助け役に当たるアンジェリーナが、弟妹としてゲームとは異なる年齢で生まれても、現実として受け入れた。だって、それが私の生きる世界の現実だから。


ゆえに、私は気になっていた。別にこの世界がゲームと同じ展開があるところがあっても可笑しくはないけれど、それでも個人ルートでしか開かれないイベントが、本当に起こるとは思わなかった。


この世界に、ヒロインはいない。そのおかげで私は穏やかに暮らしてきた。でも、今回みたいなイベントが起こると、不安になる。私はやっぱり予定調和のように消されるのではないのかと。


今まで積み上げてきたものが、崩れ去るのなんていうのは、あっという間だ。そんな私が必死になって作ってきた努力の結晶が、ある日突然、すべてなくなってしまったら?


私という存在が、消されたら。それこそ、私がこの世界に存在したことの証明さえもできなくなってしまう。


「まあ、なるようになるわよね」


「姫殿下?」


「なんでもないわ、ルイス」

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