第40話
「ちっとばかし、おいたがすぎるぜ」
音もなく近寄ってきたセシルは、私の手首をつかんだ。わずかな痛みを訴える手首に、顔を顰めると彼は怒ったような表情に顔を変えた。
「おひいさん、アンタはもう危険な目に遭ったことを忘れたのか?」
「わ、忘れてはないわ……。ただ……、気になっただけよ」
「何が」
「その、他のクラスが、かしら……。だって、アリエルさんは私と同じクラスなのに…、情報通じゃない……。自分のクラス以外もちょっとくらい、見るべきなのかなって思っただけよ」
「おひいさんが、それをする必要はない。アイツはアイツだからだ」
「アイツ……?」
セシルに厳しく問われ、その厳しさに反論できない。しかしセシルは一つミスを犯した。それは、アリエルさんのことをアイツと呼んだこと。セシルはそこまで彼女と知り合っていないはず。さらに言えばその呼び方をするということは、彼女とかなり近しい関係性を結んでいる可能性がある。
「わ、忘れろ、おひいさんには関係ない」
「セシル、私がそう言われて素直に忘れるとお思い?」
そういえば、彼女が必ず成果を上げると言った時の表情。もしや、彼女はセシルと同じ密偵なのでは?
「おひいさん、これはアンタが首を突っ込んでいい案件じゃないんだ」
「セシル、あなたは少し喋りすぎたようね」
答え合わせをするようにセシルに今、考察した内容を伝えれば正解、と小さくつぶやかれた。やはり、アリエルさんは密偵だった。密偵だったがゆえに情報が少なかったようで、レイフォード子爵家の中でも彼女の存在は秘匿されているとみて間違いはないだろう。
「おひいさん……。頼むからこれ以上は首を突っ込むな……」
「……。自分の引き際くらいはわかっているわ」
「わかってねぇよ……」
大きくため息をつきながら、私を守るように歩き始めたセシルに引っ張られる形で教室へ戻った。アリエルさんはそこにはいなくて、私とセシルだけの空間。それがなんだかひどく気まずい。そんなこと、セシルに自己紹介をしてもらってから今まで思ったことなんて、一度か二度くらいしかないのに。
「ねぇ、セシル。私はね……」
死んだって、別にいいのかもしれない。その言葉を言うのはやめた。守ってくれている彼に失礼だし、まだやりたいことはたくさんある。
「おひいさん、次馬鹿なことを言ったら、その口を塞ぐからな」
ぎろりと私を睨んだセシルは、そのまま私に顔を近づけた。もうすぐで口が触れ合うというような距離だ。さすがにそこまで近づかれたことはなくて、まずいと思い、私はセシルを突き飛ばした。
「セシルこそ、おいたがすぎるわ。ダメじゃない、こんなことをしては」
「おひいさん、アンタに警戒心はないのかと思ったが、そうじゃないらしいな。それがわかっただけでも上々だ」
「そ、そう……」
どこか嬉しそうに笑うセシルは、何事もなかったかのように私から離れて、すぐ隣あたりに控える。その距離はさっきよりも遠い。心臓がバクバクしている。セシルの顔立ちは目立つ派手なイケメンではないけど、整っている。そんな人に近距離でいられるとさすがに、緊張はする。
「アイリーン様」
「アリエルさん!」
「申し訳ありません、長時間、席を外してしまいました」
「良いのです。私がお願いしたことですし」
長い間、席を外していたアリエルさんが戻ってきたことによって、セシルは自分のクラスへ戻ると言って今度はセシルがいなくなった。
「アリエルさん、少し確認なのだけれど……、いいかしら?」
「はい、なんなりと」
セシルに伝えた考察をもう一度、アリエルさんにも同じように伝える。すると、アリエルさんは上品な笑いではなく、本当に心の底から面白いと言い、バシバシ手を叩きながら笑い始めた。
「あ、アリエルさん……?」
「ああ、すみません、姫殿下」
「ひ、姫殿下……?」
私を姫殿下と呼んだ彼女は、私にとんでもない爆弾を投下した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます