第35話
「アイリーン・レインヴェルクです。どうぞよろしくお願いいたします」
「私のようなものにまで……、ありがたきお言葉にございます!!」
可愛らしい顔は、明らかに私の覚えているヒロインではない。アリエルという名前も聞き覚えはない。そもそもレイフォード子爵家自体、あまり関わりがないから、この子が本当にレイフォード子爵家なのかすらも判別がつかない。
セシルはどこか笑顔が引きつっているようにも見える顔で挨拶を交わしていた。知り合いなのか、とも考えはしたが密偵と貴族が知り合う機会など早々ない。全くないわけじゃないけど、はっきり言えば陛下に近しい人間でさえも密偵の存在は知らない。だから出会うとすれば、プライベートで知り合うくらいだろう。
アリエルは、非常に明るく優しい人で、王女としての私のことをいい距離感を保って接してくれる貴重な存在となった。担任の先生にあたる、攻略対象者のシルヴェスター教授も、教え方が上手でとても勉強になる。
そんな彼女とは「アリエルさん」「アイリーン様」と呼び合う関係に至るなど、貴族位の垣根を越えて仲良くしている。アリエルさんは子爵家のご令嬢ということだったが、所作は上流貴族にも近いものなので、教育は厳しく受けているのかもしれないと思ったことが何度かある。
「アリエルさん、今日の課題はこれですわ」
「アイリーン様、私のほうでもこちらが出ました」
よきクラスメイト、友人として、切磋琢磨しあう関係性は、とても心地の良い物だった。これが普通の貴族令嬢の生活なのか、と公務のない時間を満喫する。王族としての公務がある以上、普通の貴族令嬢には逆立ちしたってなれない。
「よい関係ですね、お二人は」
「シルヴェスター教授!!」
「ありがとうございます、教授」
二人だけの教室にひょっこりと顔を出したシルヴェスター教授は、研究が忙しいのかちょっとやつれ気味だった。しかし笑顔を浮かべているので、疲れ切っているわけではなさそうだ。
「アイリーン様、この課題……、結構意地悪な問題が多いです」
「あら、本当ね……。苦労しそうだわ」
「でも、アイリーン様と二人ならきっと!」
「そうね、アリエルさん」
王女の身分がある限り敬語も敬称も取れはしないけれど、これが前世でいうところの友人関係と言えるのならば、私たちは親友くらいの関係性だ。毎日、登校するのが楽しいし、クラスの違うアレックス様、ギルベルト様ともお昼ご飯時には話をすることも多い。セシルもクラスは違うが、登下校なども一緒なのでクラスが違うという感じがしない。
「アリエルさん、ちょっとシルヴェスター教授に質問があるの。行ってくるわ」
「ご一緒します。そろそろお昼ですし、そのまま行きましょう」
「それがいいわね、行きましょうか」
セシルがいないときは、護衛ってどうするんだろうと思っていたが、常にアリエルさんが一緒にいるので一人になることはなかった。アリエルさんはそういった事情にも詳しかったのかもしれない、なんて思ったりもする。
「失礼いたします、シルヴェスター教授」
「どうぞ、アイリーン様」
「質問があって参りました」
「私に応えられる範囲であれば、何なりと」
実はシルヴェスター教授は、私の魔法が使えない理由を違った視点から、教えてくれた人なのだ。ただ仮説だと言っていたので、本当にその話で使えるようになるかはわからない。
「以前、魔法が使えないのは私の内面の問題だとおっしゃいましたが、それは自信がないとか、そういったことが関係するのでしょうか?」
「そう、ですね……。もしかしたら、という仮説の一つにすぎません。私にはもう一つだけ仮説を立てているものがあります。あなたにはそっちのほうが近いのではないか、と思っていますが、なにぶん、デリケートな話なので……」
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