第32話

「そんな、顔で……、そんな泣きそうな顔で言われたって説得力皆無だよ」


「そんな顔してないから」


「言いたくないなら、いいけど。アンタがまだ耐えられるってんならな」


俺は手を出さない、そう言って彼はひらりと退室していった。限界など、とうの昔に超えた。自分のキャパシティを超えているのもわかっている。わかっていても、止まれない。今更、立ち止まるなんて必要はない。


「ああ、やることなんて腐るほどある……」


 ため息をつきながら机に向かう。お茶会を終えた次は、自分の王立魔法学院への入学準備。あまり日はないし、できればそれまでに先取りできる内容はしておきたいところ。


『なんで、こんなに頑張ってるんだろう』


そんな素朴な疑問が頭をよぎる。でもそれを考えてしまえば、今頑張っている意味を見出せなくなると本能的にわかっているから考えない。


「自分の入学に対して、問題なのは……。ヒロイン、セシル・イディアがいるかどうかよね」


自分の側付きであるセシルと同名の、物語のヒロイン。私は物語でいうところの悪役で、セシル・イディアは正義の人。誰を選んでも結ばれる、心優しい美少女。魔法の才能にもあふれ、私とは正反対の女の子だ。


「アンジェリーナやルドルフは王立魔法学院の中等科に本来であれば在籍するのに対し、現実ではまだ六歳ほど。原作上と年齢が大きく違っている。すでに未来は変わり始めている、という認識をしていいのかしら」


アンジェリーナとルドルフが学院にいないということは、ゲームでいうところのお助けキャラと攻略対象キャラが一人ずついないということ。その分だけあったはずの未来も消えてしまうだろう。私がルドルフのルートで悪役であれば、殺される。その未来はなくなる。でももしかしたら、その未来に変わるまた別の未来が起こる可能性だってある。


「とりあえず、警戒を怠ってはいけないわね。ヒロインがいた場合には、特に……」


 椅子に座ったまま、軽く肩の凝りをほぐして立つ。さすがに寝なければこれ以上は頭は回らない。さっさと眠って頭も身体も休めたほうが、きっといい。


さっさとベッドに潜り込んで、無理やりに目を閉じる。考えない、考えない、そうやって頭で考えてしまいそうになるのを追い出す。


「私は、アイリーン。頑張れるところまで頑張るの」


すうっと眠りに入っていく意識。また、夢を見た。


*************


『頑張ったって、結果が出なくちゃ意味がないのよ』


わかっている、そんなことは。


『何をしても、失敗すればそこで終わり』


言われなくても。


『本当に、あなたの周りに人がいるのかしらね』


いてもいなくても、私は前に進む。


*************



「っは!」


 たった一人の空間で、私は泣いていた。それ以上聞こえる声から逃げたくて、走っても走っても、出口も見当たらない。


「なん、だったの……」


何かから逃げている夢、そのナニカが分からなかった。わからないままに聞こえてくる声から逃げて、逃げて……。そして目が覚めた。


「もう明け方……。全然眠った気がしないわ……。かといって眠れるほどの時間も残されていないし」


 側においてある時計を見やれば、すでに明け方の時刻を示しており、二度寝ができる時間でもない。そのまま起き上がって軽い身支度をし、カーテンを開けた。


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